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手紙と魔女と御茶会と  作者: 野花 智
第三幕 貴方を救うために。
32/36

二十九封 薔薇の香りの優しさ。

 ――長く、夢を見ていたみたい。

 

 密着する冷たい石を撫でながら、ゆっくり瞳を開けた先に見えたのは、明るい光に包まれるフューレンの姿だった。

 酷く重たい体を起こす。小さく鳴きながら見上げられる。かと思えば、目の前がまた暗くなった。フューレンの声が、一層近くなる。


「待ってフューレン! 顔にしがみつかないで!」


 いきなり飛びついてきたフューレンに慌てふためいた。そんなに長い時間気絶していたんだろうか?


 「――とりあえず、離れて!」両手で体を包み、ベリッと剥がす。それでもまだ小さく泣き続けるその姿に、私は少しの笑みをこぼした。


「今日はもう帰ろうか」

 手の中のフューレンを肩に乗せ、落とした荷物を拾い上げ、魔女さんの部屋に戻ることにした。



 

 少しふらつく足を懸命に動かし、長く高い階段を上る。落とした衝動で壊れたライトに一度は絶望したが、フューレンが持っていたランプのおかげで、足元をすくわれる心配はなかった。

 あれだけ揺れたのに一つも落ちていない本に感動し、ポケットにしまっていた鍵を取り出す。


 そしてゆっくり、暗く深い闇に――。

 

 また、いずれ、それに触れられるようになったときに、私に勇気が出来たときに。それまでどうか、安らかに眠っていて。

 

 ――蓋をした。

 

 また大きく揺れる。ガタガタと本棚が戻っていく音、揺れる音。そのどれも、心の奥で受け止めた。臆病な私への、手向けとして。

 

 最後にこの本を、差し込むだけで――すべて元通り。そしていつもの書庫に戻った。



 

「ただいま戻りました」

 いつもより疲れる身体を、扉に委ねる。

 

 すると顎に手を当て、部屋をふらふら歩きまわる魔女さんがいた。音に気付き、私を見るなり一目散に走ってくる。

「わっ」という声と同時にドレスを一思いに踏んづけ、足がもつれた。自分より身長の高い魔女さんの体を受け止めきれるわけがなく、二人仲良く床に倒れた。

 本日二回目、床に頭をぶつけたかと思えば痛みはなく、魔女さんの手がクッションになったのが分かった。


「ご、ごめんなさい。勢いあまって……」上から退き、手を引かれて起き上がる。


「それより! 書庫で怪我に合いませんでしたか? 幻覚とか、ほら変なものに憑りつかれたりとか!」


 予想外の勢いと質問に、私は目を丸くした。私の周りをぐるっと回り、頭からつま先までくまなく見渡される。なんとなくソワソワしていたのはそういうことか、心配してくれていたんだ。



 

「あはは! 慌てすぎですよ魔女さん」


「はい、怪我は特に。でも何で知ってるんですか?」

 あの場に魔女さんはいなかったし、書庫にも入れないって、言ってたと思うんだけど……。


「フューレンがもの凄い形相で部屋までやってきて、説明を……」


「とりあえずランプと、治癒効果のある品物を持たせたのですが……」指を合わせ、チラチラとこちらの様子を伺う。


「ありがとうございました! 私ならこの通り元気ですので」道理で頭を打ち付けたのに、痛みがなかったんだ。身体のだるさだけ。


 ――手を広げ、くりと回り、笑顔でそう言って見せる。

 するとふわっと、薔薇の良い香りに包まれた。


「本当に良かった……。()()()()()()()()()()()()()()()()()……」


 力強く、それでいて繊細に。行き場のなくなった腕を、同じように背中に回す。ここまで心配してくれるなんて――本当に、優しいんだから。




 「あそこはわたくしじゃ干渉出来ませんから、出来れば行って欲しくはないのですが……」

 椅子に座り、いつも通り紅茶を飲む。


「そうですね、今後は控えようかと」


 ごめんなさい。貴方が私を傷付けたくないと願うなら、私も同じ気持ちでいさせて。


「探し物は半分を切っていますし、儀式の日までもあと三か月」


 「順調のようですね」さっきまでの不安そうな表情とは裏腹に、とても暖かな微笑みを向けられる。


「ですが、そうですか……。あと三か月で、もうお嬢さんには会えなくなるのね」



 

 ――――え?



 

「さて、今日はもうお疲れでしょう? あとの時間は、おうちでゆっくりお休みなさいな」


「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて……」


 引き留められるわけでもなく、背中を押された。書庫でのことがあったからなのか、今日はいつもより早めに返された。

 確かに、いつもより疲れたけど。貴方との時間が癒しだと――伝えられやしないよね。



 

 家に着き、覇気のない背中をフューレンに向けたまま、無機物が私達に一夜の終わりを告げた。

 洗面台で手を洗う。目の前に写る鏡の自分が、なんだかいつもより暗く感じた。目にハイライトはない、光を取り込むこともない。赤が、より一層深みを増す。

 自室に上がり、バッグを傍に置き、ベッドに身を沈ませた。明かりの付いていない照明。締め切ったカーテン。この場所に光は存在しない。ゆっくり、ゆっくり、沈んでいく。

 

 いや、元より手伝いだけしに行ってるんだ。

 

 私達はただ、()()()()()()()


 「のはずなんだけどなぁ……」

 


 

 たった三か月、されど三か月。それだけの日数が過ぎた。それだけで――ここまで名残惜しくなるものか。


 人は誰しも失い続けるもの。人間はそういう生き物だ。それに抗おうなどと、考えてはならない。


 こんな日々が、関係が、時間が。永遠に続けばいい。――そんなもの、願うだけ無駄なのだ。

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