二十六封 見切り発車なサプライズ。
「テーブル広いね、沢山料理乗せられるじゃん」
今日は食堂に来ていた。まだまだ期間があるとはいえ、早めに探しておいて損はない。ので、一番最初に散策した食堂に、久々に足を運んでいた。いつ見ても広いし大きい。長いテーブルにかかる白のテーブルクロスには皺一つないし、小さな汚れさえも許さぬよう。
テーブルの裏を見て、椅子の裏を見て。壁沿いに歩きさらりと撫でる。家具の引き出しを覗く。花瓶の中に手を入れる、花を刺す、水を入れる。何をどうしても、何も起こらなければ見つからない。
「ここにはないのかな。だとすると次は……キッチンか」
食べ物を扱う場だからと、散策の時は避けていたキッチン。今日は物探しのためだからと、自分に言い聞かせた。
鉄製のドアノブを下す。木のテーブルの上、籠の中に入っている様々な果物。上の扉には読めない、色が凄い、匂いが凄いなど。沢山の調味料。
下の扉にはフライパンや鍋などの調理器具。数も多くて、私一人なんかは余裕で入れる大きさ。ライトで照らして奥も見る、鍋の中も見る。いきなり出てくる包丁やナイフに腰を抜かす、フライパンに頭をぶつける。何かしでかす度に、後ろで小さく「カー……」と、心配の声色が聞こえる。頭にこぶを作りながら漁っては見るが、めぼしいものは何一つ見つからない。
頭をさすりながらシンク下から顔を出す。痛い思いをしたのに、何も収穫なしとはいただけない。冷蔵庫の中も見る。卵にミルクにチーズなどなど……。
「フューレン、私良いこと思いついちゃった」
卵と牛乳と、あと紅茶の茶葉もいるよね。砂糖とココアパウダーと、あと何がいるかな。型も必要か、えーと、あったあった。ボウルと、泡だて器と。確か色んな種類の粉がいるんだよね。
次々に大きなテーブルを埋め尽くしていく。
「――あれ、これだけなんか重くない?」中を開けてみると、銀色の輝きが目に入る。おそるおそる手を入れ、取り出す。
「これ! 探し物リストにあるやつじゃない!?」急いでリストの紙を広げる。
指でつたる先にあるそれ、銀のネックレス。じゃらっとしているそれは、一見普通のネックレスだが、垂れ下がる部分の裏を見れば文字が彫ってある。それを読み解くことは叶わないが、少し短い文章? のように見える。でもとりあえず、一つ目の探し物が見つかった。大きな喜びを小さく噛みしめ、そして丁寧にポケットへ入れ、私は「良いこと」を続行した。
片手に大きなお皿を持ち、もう片方の手で扉を開ける。
「あら、おかえりなさい。随分時間がかかったようだけれ……ど」
魔女さんがそれに気づいた。
「いつも作ってもらっているお礼に、クッキー焼いてきちゃいました!」
じゃじゃーん、という効果音が後ろで鳴り響くくらいに、これ見よがしに笑顔でお披露目する。前には開いた口が塞がっていない魔女さん。――いいサプライズになっただろうか?
「ふふ」
「これはこれは、とても嬉しいサプライズですわね。驚きましたわ」
微かに頬に紅がみえる。良かった、喜んでもらえたみたい。
「それで、材料は大丈夫でしたか?」
「……あ、すみません! 無断で使ってしまって」見切り発車で許可を取るのを忘れていた。
「いえそういうことではなくて。材料は足りましたか? と言いたかったのですが……」
「はい! それは問題ありませんでした」
椅子に座り、テーブルの真ん中にお皿を置く。さっそくそれを魔女さんが一つ摘み、口の中に消えた。――そういえば、魔女さんは普段紅茶しか口にしないけど、食べられるんだ。本当に見切り発車過ぎる、反省しないと……。膝で拳を握り、チラチラと上目遣いで顔色をうかがう。
「えぇ! とても美味しいですわ。お上手ですのね」
その笑顔に魅せられて、私の緊張も、自然にほぐれていく。このひとといると、本当に楽しい。
「ささやかなお返しに、わたくしもこのクッキーに合う紅茶をご用意しましょう」パチンと一つ。数分後にやってくるパレードの合図が鳴った。
紅茶が注がる。ただ二人見つめ合い食べ進めるその時、忘れていたそれに気が付いた。
「そういえばこれ、キッチンで見つけたんです。探し物リストにあるもの、だと思うのですが」ポケットから出して、差し出された手の上に乗せる。
「おや、お早かったですね。どれ」指でつまみ、ぶら下がる様子を見つめる。
「ネックレスですか。ありがとう、ふふ。確かに、受け取りました」
そういうと、どこからともなく現れた箱の中にひょいと沈んでいった。とりあえず、一個目。――あれ、確かあのネックレス、文字書いてあったような? 聞いていいやつだろうか? いや、聞いちゃえ。
「あの、それ文字が書いてあったんですけど、なんて書いているんですか?」
クッキーを黙々頬張る彼女にそう尋ねると、あれそうだっけ? みたいな顔をした後、はっと思い出したかのような表情に戻った。かと思えば次はにやりと意地悪な表情に。
「内緒ですわ。最後の探し物を終えた後で、教えて差し上げますわ」そしてまた次にクッキーを口に入れる。
最後の探し物を終えた後か。なんだか少し寂しいけど、如何せんやる気が湧いてきた。もやもやしたままなのは嫌だし、貴方をもっと知りたいから。その為なら私、多分頑張れると思う。
そうして後にしたお館。私はもう一つの楽しみをまだ思い出せずにいた。ただその日を優雅に過ごし、やることを一通り済ませ、家族に何も悟られず聞かれず、最後にはベッドに身を投げひと眠りと。静かに目を閉じる。そう、最後まで思い出さずに。
あんたにあたしの声は届かないってか。生意気な奴、ほんとに。
君に私の声は届かない、永遠に。そうだろう?
見当たらない目覚まし時計、よく見える差し込む太陽の光。聞こえない母の声、聞こえる鳥のさえずり、感じられない眠気、感じる身体の軽さ。
「今日は夢、見なかったな」――そうか、昨日魔女さんに加護を貰ったんだっけか。起きるまですっかり忘れていた。
けど、夢を見なかったことで得た利益は大きい。ただ少し、心にもやがかかる、後ろめたさがある。いや、後ろめたさを感じるものでもないが。なんというのだろう、言語化できない何かの感情が、胸を苛む。
夢を見ないのはいいことだろう? なのに何故後ろめたさを感じる? 別の何かが原因かもしれない、そうだろう。
そう自分に言い聞かせた。これ以上、意味の分からないものに悩まされていたくない、そう強く思った。――今日も休日。さて、お館に行く準備をしよう。
それから一週間、何も見つけることができずに、魔女さんの加護が消えた。ただ私は、それを魔女さんに申告はしなかった。まだあの時の後ろめたさの正体がわからずにいたからだ。
また変わらない夢の中に沈むだけ、ただそれだけだから。




