十六封 華奢な手に包まれて。
暗い森の中に足を踏み入れた時、見覚えのある光が目に入った。それは指環からの導きだった。暗いところでは見えるのか、妙に納得した。数時間前に通った道だけれど、森の中というのはやはり不安を煽る。私が通った跡がしっかりある、導きもあればフューレンだっている。けれど怖いものは怖い、普段森の中になんて入らないし。数十分進んだ先に、それはある。今度は目を瞑らず、投げやりにならず。くぐりたくない、なんて弱音は吐かず。私は色々、彼女に聞かなくちゃならないんだ。拳を固く握り、しっかり目を開き前を見やる。一歩、確実に一歩、進む。こちらとあちらの境界線を、超える。
――――え?
ここにきて二回目。空を見るのは三度目。こんなこと、予想できただろうか。摩訶不思議な出来事が続いて、何もわからなくなって、でも憶測を立てた。のにこれは、一体何が起こって……?
空が、暗いのだ。光り輝く星の位置や数は変われど、暗く淀む空は変わらず。昨日と何一つ違わない景色に、私は驚愕した。さっきまで昼前だったはずなのに、何故? 積み重なる疑問に、私はどうしたらいいのだろう。
いや、それを確かめるために、私はここへきたはずだ。全部、全部気になること全て、洗いざらい聞き出すために。
本当に、何一つ変わらないんだな。ゆっくり、舐め回すように辺りを見渡すが、数時間前の景色と、変わらない。お館の中もそう。不気味な薄暗さも、それを照らすキャンドルでさえ、変わらない。
コンコン。扉をノックする。恐る恐る開けた先には、椅子に座り紅茶をそそる影。
「お待ちしてましたわ、美しいお嬢さん」
扉を後ろ手にパタンと閉める。どういう顔で接していいか分からない。このまま普通に椅子に座って聞けばいいんだろうか。するとコンと、カップを置く音が聞こえた。
「色々聞きたい。って顔ですわね。分かっておりましたわ」
「でもとりあえずお座りなさいな。お昼ご飯はお済み? まだでしたら一品いかが?」
拳を固く握りしめ、ついうつ向いてしまう。彼女のその声を信じていいのだろうか、一体何から聞けばいいのだろうか、私はここにいていいんだろうか。何一つ考えがまとまらない。決心が、つかない。
ふわっと、花を愛でるように、蝶に触れるように、頬を手で包まれた。ひんやり冷たく、それでいて暖かい温もり。その華奢な手が、私の頬を包んだ。そしてゆっくり、上を向くように促される。
そこには昨日までの彼女の姿はなく、赤い目をした、白い髪の美しい女性。目を覆う薔薇も無ければ、腕や足に巻き付く茨も、指先足先から染まる赤もない。最も、ただの人間の様に見えた。それが微かな安堵を呼ぶとともに、余計彼女を、私を分からなくさせた。




