十四封 街灯と私。
ぽつん、ぽつん。聳え立つ街灯は私よりも存在が大きく。コツ、コツ。生命の速度というのは私の方が早い。そういえば、今は何時だろう。最後に時刻を確認したのは、薔薇のアーチをくぐって初めてお館を目にしたときの一時。冬が近いこともあるのだろう、空はまだ暗いが、朝だということはないだろう。歩みを止め、バッグの中をまさぐり、スマホを手にして画面に触れる。
――時刻一時二十分。
どういうことだろう。スマホが壊れてしまったのだろうか。確かに数時間、経ったと思うのだが。茨の道を進み、森に戻ってから此処までの道のり、数十分。そして彼女と話した一、二時間は――一体どこへ消えてしまったの?
思えば、不可解なことしかなかったじゃないか。アーチの先の謎のお館。消えた帰り道。風もないのに独りでに開く門。突如として変わる彼女の服装。茨の先の帰り道。どれもこれもそれも、全て。
――何故私はそれに、数多くの不可解な出来事に。疑問の一つも抱かなかったんだ?
分からない分からない分からない分からない、分からない。あのお館は何。彼女は何者。私の身に何が起こっているんだ。そう思い始めたが最後。頭をパンクさせるほどの電気は、勝手に足を走らせていた。
一刻も早く離れないと――あの場所から。
無我夢中で走り続け、何もかもを失い、何もかもを追い求め、走り続けた。途中で何が私を遮り、何が見えたか、何が聞こえたか、そんなのはどうでもよかった。もしかしたら声をかけた者がいたかもしれない、躓く何かがあったかもしれない。だがそれがどうしたっていうんだ、私はただ前に進めばいいだけなのに。
気付けば家の玄関の前に立っていた。何にも邪魔されることなく、足が止まることはなく。荒く乱れる呼吸が絶え間なく吐き出される。口の中は血の味がして、頭には酸素が足りず、心臓はうるさく鼓動する。落ち着きのない体をどうにか縛り上げ、辺りを見渡すもフューレンの姿はなかった。私が走り出したあたりではぐれたのだろうか。でもフューレンのことだ、きっと主人のもとに帰ってるだろう。そう、主人のもとに。
バッグの中のカギを取り出し、差し込み回す。家族を起こさないように静かにドアを開け、静かに閉める。靴を脱いだあと、何も考えることなく、自室に上がった。いや、考える体力すら今はもう。
ドサッと床にバッグが落ちると同時に、私はベッドに沈み込んだ。あの館がどうとか、彼女が何者だとか。考えたいことなんて山ほどある。けどあの瞬間、警戒し続け飲まなかった紅茶に、無意識に手を伸ばした時。私は彼女に警戒を辞め、気を許してしまったんだろうか。答えの出ない問いからの悔しさか、気を許してしまった悔しさからなのか、私は唇を嚙むことしか出来ない。
一体私は、これからどうなるのだろう。




