十三封 肩の勇気に魅せられて。
お館の中のキャンドルもシャンデリアも背景も、何一つ変わりなく薄暗く輝いていた。明日にはこんな所を散策して道具を探さなきゃならないのだ。先が思いやられるというか、薄暗くて怖いというか。コツコツ、と。自分の足音だけが反響し耳に入る。かと思えば、奥に奥にと廊下の暗闇の先に消える。成すもの全てが不安を波立たせる。この空間も、いつかは好きになれるだろうか。好きにならずとも、早めに慣れたいものだ。
足音から意識を遠ざけ、なるべく不安を持たないようにと、そう思う間に玄関のドアの前についた。ここも大きなシャンデリアがあり、少しは明るいが。それでもドアの模様が薄く把握出来るのみ。外からみたら一目瞭然なのだが、触って確かめるほかない。するりと撫でる、の次に重く閉ざされたドアに身を任せる。先に見えるは、広く見渡せる箱庭と、明るくなることなく、青黒く、星一つない夜空のみ。風も無ければ音もない。さっきまでの不協和音一つないクラシックが恋しくなるほどだった。
苔の生え揃った階段を降りながら見渡しても、見えるのは赤、赤、赤。赤い花ばかり。此処は何故こうも赤が多いのだろう。黒のお館に暗い雰囲気に合わさればもう、怖すぎる。一度潜り込んでしまえば見つけることも、出ることも出来ないような。そんな赤い花が蔓延るこの庭は、とてもじゃないが良い場所だとは言えない。赤が苦手な私にとって、この場所というのは、こんな状況でもなければ二度と近寄りたくはない。
錆び切っている目の前の門が、音を立てながら開く。さっき入ってきた道は変わらず塞がっていた。でもあのひとが言うに、ただ突き進めばいいと。その言葉を信用してないわけじゃない、彼女の家だし。けど、目の前に見えるのは茨。あんなものに突き進もうもんなら、体中引っ掻き傷が出来る。
立ち往生する私を見かねたのか、さっきまで肩でくつろいでいたフューレンが、その茨目掛けて飛んでいった。するとどうしたものか、そこにはもうフューレンの姿はなかった。先に進んだフューレンに、少し勇気を貰えたような気がした。あの子はきっと主人の命令に従っているだけなんだろうけど、その行動は確かに、私の肩に勇気を残していった。
一歩、また一歩と茨に近づく。そしてあと一歩、一割の恐怖が目を瞑り、九割の勇気が足を進めた。
次に目を開いた先は森の中で、空はまだ暗く星が散りばめられていた。バサバサという音と共にフューレンが肩に再度乗ってきた。
「ありがとう、フューレン」
そういい頭を撫でると、初めて、気持ちよさそうに手に擦りついてきた。今日初めて名前を呼んで、フューレンとも距離が縮まったんじゃないかと、頬を赤らめ、口角を上げてしまうほどには嬉しくなった。
帰り道だからかなのか、指環の導きは光を失っていた。だが幸い、来たときに草をかき分けた後が残っていたおかげで、帰り道を見失うことはなさそうだった。
髪を引っ張る風と、耳をかする音は健在。少し肌寒さを覚えるくらい。やはりあそこは何かがおかしい、気がする。ここと同じ要素と言えば、恐怖で背筋を走る雷霆が止まなかったことぐらい。肌寒さは森を出ると一層増した。草木という障害物は、時に恐怖を与え、時には味方になった。当然のことながら人の影も気配もなく、私が警戒すべきなのは見回りをしている警察ぐらいだろうか。




