十一封 身体を貫く花びら。
「あの、其の人達はどうなったんですか……?」単なる好奇心と、全てを話そうとしないとしない彼女への少しの苛立ちが、考えなしに口を滑らせた。正直、何を言ってしまったんだと思った。わざわざ挑発するようなことを、まだ得体のしれないこのひとの前で。
――その瞬間、彼女の顔が曇ったのを、完全に理解した。さっきまで優雅に飲んでいた紅茶の手も止まり、ぶわっと薔薇の花びらが舞い散った。目を瞑っている間に、さっきの人間離れした――あるいは人間ではない――姿に戻っていた。数秒、花びらが床を這う音と、それをなかったことにする静寂が流れた。発言を後悔する私は眼中になく。こちらを見つめる花が二つ。ふふっと一言。
――――本当に、お聞きになりたくて?
その瞬間、見えないはずの、無いはずの、彼女の本当の目に見つめられていた。確かに花が開花したのだ。咲き切っていて、もうこれ以上が無いはずの薔薇の花は、確かに開花した。
蠢く赤い目に今、殺される。
謎の圧と風が後ろに通り過ぎ、酷く尖った刃が私の首筋と胸元を貫いた。そこに映る私は、赤く血濡れた枯れた花。
「あら、酷く怯えてしまって。ごめんなさいね、少しお痛が過ぎましたわ」
「ですけれどね、聞き返したのにはちゃんと意味がおありよ。知ってしまえば、貴方はきっとここから逃げ出したくなる」
もうすでに逃げ出したいんですけど。そう言ってしまうのは、野暮だろうか。
その気持ちを汲み取った彼女はまたくすりと笑って、紅茶を一口。また一つ二つと語り始めた。
「そうね……。決して良い終わりではないですわ。そこまで気の悪い終わりでもないけれど」
「でもまだ語る時ではない。いずれわかりますわよ」
私にはその言葉を理解できなかった。良い終わりではないけれど、気の悪い終わりでもない? いつか語ってくれた時、その意味を理解できるのだろうか。
「お嬢さんを呼んだのにもちゃんと理由があるの。なに、些細なことですわ」
――私の手伝いをして欲しい。
「手伝い、ですか?」
「そう、簡単ですわ。このお館のどこかにある、とある道具。それを持ってきて欲しいの。自分で取りに行きたいところなのだけれど、生憎色々事情があってかなわなくて」
「そこでお嬢さんを呼んだってわけですわ。如何かしら?」
「まあ、そのぐらいなら……」聞いた感じ嘘でもなさそうだし、薄暗くて怖いとはいえ、物探しならと、すぐさま承諾した。すると彼女はぱぁっと顔を明るくさせ、テーブルの上に乗り上げ、私の両手を握りしめた。
「本当かしら!! あぁ嬉しいですわ、恩に着ます」
先ほどまでの彼女とは大違いの表情に、私は目を丸くさせるほかなかった。その彼女はというと、手を離した後もふふふと緩む口元を隠しきれずに立ち上がり、椅子の後ろで優雅に踊っていた。片方の手は腰に、片方の手は高らかに華麗に伸ばし。後ろで流れる円舞曲に合わせステップを踏んで、くるりとターンをして。その景色は、小さな仮面舞踏会を見ているかのようだった。そんな能天気な彼女に少し呆れながらも、心底嬉しそうなその姿に私も不意に口角を上げてしまった。
――はっ、いやいや、気を許したとかそういうのではない、決して。私はここに着いてから一度も口を付けなかった用意された紅茶に、すっと一口、喉を通した。
「あ、美味しい」




