一封 十月三十一日、ハロウィンの夜。そこにて待つ。
十月三十一日、ハロウィンの夜。そこにて待つ。
その手紙が全ての始まり。いや、もう何百年も前から始まっていたのかな。でもこの日を境に、私の人生は大きく狂う。
あの頃は何もかもが楽しかったな、退屈な日々から抜け出せて、やっと毎日が楽しくて。今ではすっかり退屈な日々にもどってしまった。あの時、私の選択がもっと違うものだったなら、私はまだ彼女と一緒に居られたのかな。――何もない暗闇に入り、何もない闇を見つめながらそう呟く――でもいいんだ。彼女は確かに、「私」と永遠に一緒だから。
ハロウィンの二週間前、私のもとに一通の手紙が来た。
いつもの学校の帰り道。仲のいい猫ちゃんたちと空き地で戯れていたら、視界の端に音を立てて黒いナニカが映ったのが分かった。しゃがんだまま見上げると、それは一羽のカラス。塀の上に立ち、こちらを見下ろしていた。
口には赤いシーリングスタンプに黒い手紙? のようなものを加えている。威嚇する猫たちとは相反して落ち着いている様子で、首を小刻みに揺らし、受け取るよう促されているみたいだった。私が受け取るまで立ち去る気が無い様子で、ただこちらをじっと見つめるのみ。
しばらくお互いが目を逸らさず睨み合ったが、先に折れたのは私だった。瞬きはするものの、真っ黒なその眼に見つめられていることに、なんとなく居た堪れなくなって耐えられなくなった。噛まれないか心配になりながらも恐る恐る近づき、手紙をそっと受け取った。私が中身を読む間も無く、カラスは一言「カー」と鳴いて、満足げに学校の方向へ飛び立っていった。
なんだったんだろうと立ち尽くす私と、ゴロゴロと足に絡みつく猫たち。手首を返し一周グルっと見てみても、とてもシンプルで、本当にただの手紙のようだった。一つだけ疑問に思うなら、名前の一つも書かれていない。今時文通なんてものは珍しいし、長いこと見ていなかったからよく分からないけれど、普通どこかに名前が書いてあるものなんじゃないだろうか? これでは誰宛なのか、誰からなのかが分からない。
その場で封を切って、読んでしまおうと思ったのだけれど。今日は風が強く、運悪く吹き飛ばされたくなかったため、家に帰ってから読むことにした。
折れないように丁寧にスクールバッグの中に入れ、一匹一匹頭を撫でて、猫ちゃんたちに別れを告げ、私はそのまま塾に向かった。
塾に着いて、教室に入ると、友達はもう先に着いていた。隣になんの躊躇もなくドカッと座り、私はさっきの出来事を話した。
「さっきカラスからよくわかんない黒い手紙渡されてさ」
「えなにそれ怖。捨てたら? 変なもの入ってたら怖くない?」
「いや、そうなんだけど。これが仮に別の人宛てだったら、捨てたらなんか悪いじゃん? だから一応帰ってから読んでみようかなって」
「ふーん、あんたほんと優しいね。気を付けなよ? 中に虫とか入ってるかも」
――もー、怖いこと言わないでよ。クスクス笑う友達。そういえばさ! なんて雑談を続けてくれる友達のおかげで、恐怖というものはスッと糸をひいて消えて行った。そうこう話して、談笑に花が咲いたころ、先生がやってきて授業が始まった。あくびをして、伸びをして、ペン回しをして、真面目に授業を受けて。私の記憶の中から手紙のことは消え失せていた。
頬杖をつき、窓の外へ目をやる。外は真っ暗で、見えるのは町や家の光のみ。その景色に色はついていなかった。
――蠢く赤い目を見つめてはならない。




