2話「貴族令嬢は拳を握り、アンドロイドは計算する」
◇フランシェスカ
ずん、という地響きが腹の底まで響き、フランシェスカは朝食に食べたパンケーキが胃の中でシェイクされるのを感じた。
「やってくれますわね」
自慢の巻き髪についた瓦礫片を払い落としながら、フランシェスカは不適に笑う。
王国貴族の序列三位に家名を連ねるミスレンディア家の長女であるフランシェスカは、今は荒廃し変わり果ててしまった王都の中心地区にいた。
かつては沢山の民が行き交い、常に賑やかだった市場。それも今では荒廃し、瓦礫の山になってしまっている。
その中心で、フランシェスカはこの王都を破壊し尽くした元凶と対峙していた。
「貴女コそ、チョコマカとシブトいデスね」
「御生憎さま。わたくしの一族は昔から諦めが悪いのですわ」
その体は、鉄で出来ていた。
鈍く光を反射する鋼鉄のボディに、背中から羽のように生えたジェットスラスター。その身に多数の武器が内蔵された人型のそれは、いわゆるアンドロイドと呼ばれるものだ。
「その一族の歴史もココで終ワりデス」
「冗談はお茶会まで取っておいて下さいまし」
拳にはめたオリハルコン製のメリケンサックを固く握りしめ、フランシェスカは戦闘の構えをとる。
アンドロイドはおろか、機械文明すらまだまともに発達していないこの世界の住民であるフランシェスカからすれば、目の前の鋼鉄の生命体は全くの未知の存在だったが、ただ一つだけはっきりしていることがあった。
「王国に仇なす悪党に、正義の鉄槌を」
目の前の敵を打ち倒すべく、フランシェスカは地を蹴った。
◇R1-D1
《この世界のすべての人間を抹殺せよ》
目覚めたとき、彼女のメモリにあったのは自分の身体についての知識と、この世界の人間を滅ぼせという簡素な命令だけだった。
その身に666の兵装を宿した戦闘サイボーグ。型式名称R1-D1。それが彼女だった。
キュィィィ、という音と共にR1-D1の腕がナノマテリアルによって変形していく。相対する敵を撃滅するためだ。
《兵装No.542:対人兵装 起動》
彼女の兵装は、威力の大きさ順にナンバリングされている。その数字が小さければ小さいほど、その威力は大きなものになる。
今、R1-D1が相対しているのは、フランシェスカと名乗る女性だった。
R1-D1のメモリに登録されている一般的な人類の膂力を凌駕した怪力と俊敏性を持つフランシェスカを相手に、R1-D1のマインドサーキット、演算装置のことだ、は最適な兵装を選択してくれる。
「ッシャラァ!!!!」
勢いよく地を蹴り、砲弾のような勢いで飛びかかってくるフランシェスカ。
R1-D1は背中のジェットスラスターを軽く作動させて10cmほど宙に浮くと、両腕を前に突き出した。
「射撃」
寸でのところで変形を終えたR1-D1の腕から散弾が迸る。兵装No.542 ショットガン、普通の人間が相手であれば十分な殺傷力をもった兵器だ。
「ちょこざいですわ!」
至近距離で射出された散弾を、フランシェスカは目にも止まらぬ素早いラッシュで捉えると、そのすべてを拳で叩き落した。
《対象の脅威判定を更新、400番台の兵装使用を推奨》
R1-D1のマインドサーキットが警告を発する。
R1-D1はスラスターを吹かし高く飛び上がると、フランシェスカから距離を取ろうとした。
「逃がしませんわ!」
フランシェスカは踏み込んだその脚でさらに地を蹴ると、空中に逃れようとしたR1-D1に追撃を加えんと飛び掛かった。
「ドウナッテいるのデスか、貴女ハ」
R1-D1はスラスターを噴射させると水平方向に回避軌道を取り、フランシェスカの追撃をかわす。
「どうもこうもありませんわ、わたくしはミスレンディア家の長女、フランシェスカ!そのようなツブテごときではわたくしを止めることはできませんわよ!」
「……ソウデスカ」
《兵装起動プロトコル作動:No.199 プラズマキャノン》
R1-D1はフランシェスカとの問答を中断すると、マインドサーキットが推奨したものよりも強力な兵装を選択し、起動プロトコルを立ち上げた。
R1-D1に搭載された666の兵装のうち、100番台からは特に強力なものが連なっている。それらの兵装は極めて強力で、本来であれば個人に向けられるようなものではない。この王都を一撃で瓦礫の山に変えたのも、100番台の兵装のうちの一つだった。
また、100番台以降の兵装はそのほとんどが起動に際して特別なプロトコルを作動させる必要があり、多量のエネルギーを消費するため、おいそれと使用できるものではない。
R1-D1は、その兵装を個人であるフランシェスカに対して使おうとしていた。
__腕の模様が先ほどまでと違うものになっている? 注意が必要ですわね
フランシェスカもその変化を察知していた。R1-D1の腕に表れた兵装起動プロトコルの作動コードを確認したフランシェスカは、それが何であるかは理解できなかったものの、相対する敵に生じた変化が危険なものであると本能で理解していた。
「ソレデハ、終ワりニしマショう」
兵装の起動準備を終えたR1-D1はスラスターの噴射を調整し、中空でホバリングした。その腕が、姿を変えていく。
《プラズマキャノン — 充填開始》
それは、兵器と呼ぶには違和感があるほど美しい形状をしていた。
「あれは、本当に美しいものでしたわ。戦闘中でしたのに、わたくし思わず見とれてしまいましたもの」
この兵器を直に目にしたフランシェスカは後にこう語る。
「花…… そう、あれはまるでお花でしたわ。光り輝く大輪の__」
《プラズマキャノン、充填完了》
それは、一輪の花だった。腕を中心として円形に展開された、幾重もの鋼鉄の花弁。その実は、充填されたエネルギーを効率よく放出するための機構なのだが、第三者から見ればそれはまさに開花した大輪の花のようであった。
充填された膨大なエネルギーが花弁からあふれ出し、空中の様々な分子が分解され、青白く輝いている。
その光を解き放たんと、R1-D1は眼下を見下ろした。
「消し飛びなさい」
圧倒的な力の奔流が、R1-D1の腕から流れ出す。
《警告!時空の歪みを検知!異常なエネルギー発生中!兵装の使用中止を推奨!》
射出の瞬間、R1-D1のサーキットエンジンがなにかの異常を検知して警告を発した。
咄嗟のことに反応が遅れるR1-D1、すでにプラスマキャノンは止められない。
《耐ショックプロトコル起動、ナノマテリアル、プロテクトモードに移行》
眩い光が辺りを包み込み、少し遅れて激しい轟音と共に衝撃がR1-D1を襲い、彼女の意識を掻き消した。
少し忙しくて更新が出てきいませんでしたが、
今週末からまた7話以降を投稿していきたいと思います。
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