第十七話:非公式会談
ニェルガドの町は近頃、複雑怪奇な情勢へと移っている。
今まで通りバルトリンデや西方諸国籍、その他海洋国家の船が慌ただしく入港するのはもちろん、非公式に我々ミッドランド陣営の人々も出入りする。
新設された外交館は公式には一度も使われていないことになっているけれど、俺が入るのはこれでもう三度目だ。対バルトリンデの交渉テーブルに付き、微笑みを作っている目的は――
「我が国が略奪した品の返還、ですか」
「略奪、というと語弊がありますが……」
「ご安心を。非公式な場です。議事録は残りません」
「ふむ。ええ、三津谷殿、仰るとおりです。我々は現在戦争状態にありますが……こうして交渉の場につく機会を持てる以上、戦争に無関係な文化財のやりとりを、ぜひしておきたく」
「なるほど。戦争に無関係な、ね。そういうことなら品目の用意があります」
「ふ、流石にお耳が効く。今回は返還方針の合意に留めるつもりでしたが、目録までご用意いただけるとは」
今回は占領時に確保した文化財の返還売却。アオタニ町由来のものは返せないけれど、バルトリンデ南方が主に所有していた文化財は高値を付けて売り返してもいい。
さて、テーブルの向こうの使節はバルトリンデ人らしくない。心の奥底が読めず、一癖も二癖もありそうな男性。ニェルガド町長を煮詰めて濃厚にしたらこんな感じかな。こういうやつを相手にするのマジで疲れるので代わってほしいんだが、代わりが居ない。外交官をどっかで登用しないと駄目だな。
それにしても白々しい。こちらが返還品目をまとめて来たのを先読みして、購入用の金貨をたんまり持ち込んできているではないか。耳が敏いのはどちらだ。
と突っ込む代わりに、俺は承諾を告げる。
「構いません。どの品をお望みでしょうか」
「亡きユナダ・ケイシュロー保有の名槍バルトラント。かの品は五代前の我らの王からユナダ家へと下賜された由緒ある――」
「あれは駄目。軍事転用どころか武器でしょ」
それにあの槍はギディオン・ギラン大尉が気に入っているしね。大尉のやつ、最近はメチャメチャ訓練積んでて、そろそろ元の持ち主に匹敵するほどの槍の使い手だ。由緒のことを考えると槍に値をつければ金貨万枚もありそうだが、ギランとの友情を優先しておく。
即座に断ると、使節が口だけを吊り上げて笑い顔を作る。俺の表情も似たようなもんだろう。
「はは、失礼。冗談です」
「ふふ、お上手な」
冗談、ではない。
交渉術の一つ。
最初にありえない選択肢を見せて以降の選択肢を容易いものに錯覚させる。一度断らせることでこちらの償いの心を無意識に起こす。一手目の品目を冗談で塗りつぶすことで、二手目、つまり実質的な一手目をそれほど欲しがっていないように見せかける。
ざっと挙げてもこれだけの効果、こいつは手強いな。めんどくせーんだよなー……こういう腹の探り合いしてくるやつ……真面目に外交官が欲しいです。
「では……そうですな、このあたりから。バルトリンデ国教の経典、写本二十五点」
「む、全部揃っているかちょっと確認してきます」
「お願いします」
向こうの使節に断って後ろの控室へ。そこに控えてくれていたのは妻の藤堂みなみだ。俺が背負って運んできたソファに、片肘ついてくつろいでいる。
地味目のゆったりとしたローブ。せっかく見た目はいいのにファッションに一切気を遣わない女性だ。その方が他の男に見られても安心できるからいいけど。
「みなみさん」
「んー?」
「経典の写本だって。全部で二十五」
「ああ、やっぱり。それを優先するか」
「こんなボロっちい本、渡しちゃっていいでしょ?」
「んー……いや。鑑定してみけど、駄目だね」
藤堂みなみ。最近では三津谷みなみを自称するようになってくれて超嬉しい、この才色兼備の少女の特技は――
鑑定。
彼女は通常の魔法使いクラスのスキルに加え、手に入れたアイテムの価値・本質を明らかにする特技を持っている。それを頼りに、最近のトリバレイでは骨董品や美術品の管理を任せているのだ。
そしてその特技を応用し、今日のところは略奪品をバルトリンデ側に返還しても良いかの判定役。すごく頼りになるのである。
「そのうち、この章とこの章と……あと、この降臨の章。これは召喚術の応用に使えるね」
「……! じゃ、じゃあうっかり返したら」
「手ごわ~い化け物を戦場に呼ばれちゃうかも」
「あっぶねえ……」
みなみに礼を言って該当の章とそれ以外もいくつか除き、使節が待つ部屋へ戻る。
「お待たせしました。見つかりましたよ」
「おお……!」
「ただ、全部は揃っていません。どうも散逸したか……まだ見つけられていないのか……」
「む」
バルトリンデ使節の顔に微かな焦り。こちらが向こうの狙いを把握していなければ、見逃していただろう微妙な表情の変化。やはり、軍事転用が効く部分を狙っていたか。
そしてそこは弾いても、それ以外の無害な部分も由緒ある品だ。無視するわけには行かないだろう。本命をこちらが後々見つけるかもと思えばなおさらに。
「見つかっている分を分割でお買い上げください。残りが見つかり次第、それぞれ同額でお返しします」
「で、では……一章につき金貨一万枚でいかがか」
「ふ、お上手な」
「……わかりました。一章につき金貨十万枚。合計で百十八万枚」
「結構」
バルトリンデは海洋の交易網を発達させた経済大国。だが、流石にこれは無視できる額ではない。国家予算を脅かす規模だ。あとは軍事転用できる分を解析してこちらの力にすれば、まずは一勝といったところ。
俺一人だったらガバガバ返還して後で泣いていたわ。みなみさん半端ねえ。
「お次の品は」
「そうですな、次は……銅造光女神ノ像。こちらは我が国の信仰に深く関わっている品で、全く代えが効かない。極めて貴重な品です」
「女神の銅像……あー……確かあったような。ちょっと見てきますね」
「お願いします」
これまたいそいそと控えの部屋に引っ込んで、みなみの意見を拝聴する。これじゃあもう使っパシリじゃん……という気づきは脇においておく。
「みなみさん、女神の像。銅製のやつ」
「ん、いいね。これは売っちゃっていい」
「どんくらいふっかける?」
「金貨、うーん。三百万枚ってところかな」
「そ、そんなに? これ一体で?」
「文化に値をつけるって凄い額になりがちなんだよ」
金貨一枚で一日遊べる、という目安なのだが。(おおよそ一万円ってところだろうか。つまりこの場合、アバウトに像一体で三百億!)
「はい、売っちゃっていい品のリストと金額。それよりも大幅に値上げしてこない限りは、裏がないから売ってオッケー」
「了解」
これ、普段の交易に比べて頻度は全然少ないけれど、一撃で儲けられる金額が尋常じゃないな。追加勝利で二勝目。人を殺さずバルトリンデを攻撃できるし、なかなか我ながらいい考えだ。
と、言い切るには少々考えが浅かったか。
部屋に戻って使節に金額を伝え、懐の寂しさから脂汗が目立ってきた彼に続きを促す。この様子なら今日のところは次で最後だな。
「三品目は」
「そうですな……では黒塗金細工大鎧・ミルナモルド八甲」
「はは、それは軍用品ですな。それに、ミルナモルド由来の品はむしろ我が国に縁あるものに」
「そこをなんとか」
「出来ません」
「言い値を付けていただくとすれば」
「む」
おや、食い下がってくるな。
諜報部門の事前の調べでは、目の前の男に許容された金貨は残りせいぜい三十万枚。最後の取引は小規模になると思ったのだが。ふむ……みなみ謹製のファイルにある注意書きによると、この鎧の装着者は疾風の如く駆け、獅子の如く戦場で奮迅する。そういう魔法的な効果があるとのこと。
欲しがるのは分かるが……こりゃ、やっぱり渡せないな。
「まぁ、あえて値をつけるとしたら金貨二千万枚といったところか」
「……手持ちが足りません」
だろうね。
「では、今日のところはこれで――」
「今日のところは人質との交換でいかがかな」
「人質? ……我軍の士官に目立った捕虜のものは居ないはずだ。なんてったって先の戦で我々は圧勝したからね。圧勝」
「だが、士官以外はどうでしょうな」
「……?」
「いくら大陸最強と謳われる第一軍団、アリシア・ミッドランド殿の直属部隊、通称『戦乙女』でも――」
「!」
「千人規模のぶつかり合いで一人も傷つかずというわけにはまいりません。捕らえるのに苦労しましたが、戦乙女を十二人」
「き、貴公……」
「しかし彼女らが苦労するのはこれからです。野蛮な兵士どもの魔の手から、麗しき彼女らを守って牢に留め置くにはなかなかに困難が――」
ズドム!
と机を叩いて黙らせる。
しまったな。この手があったか。俺の女性に甘い欠陥を調べ上げている。
外交で感情を見せたら負けだが、どうにも抑えきれない。
「分かった。鎧と捕虜十二人。交換しよう」
「ふ、いい取引でした。なんならこちらから金貨三十万をおつけしましょうか。そちらの上司への面目も立ちましょう」
「不要だ、その代わり」
「……?」
「その代わり覚えよ。次に女の貞操を交渉材料にしたら、もしくは女性捕虜を害したら、私がお前の首を刎ねる。ミッドランド軍少将三津谷葉介が、全勢力を持ってお前一人を殺す。憤怒と憎悪をもって殺す」
「……き、肝に銘じましょう」
「では詳細は追って。いい取引でした」
最後のは敗退。今日のところは二勝一敗といった結果か。金貨を大量に稼げたが、最後はもう少し冷静になるべきだった。我ながらまだまだガキだな。
女王陛下にいいニュースを報告できることだけでも、よしとしておこう。




