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第十六話:IQが二十違うと

 せっせと妻たちのマッサージを頑張っていると、藤堂みなみに声をかけられた。


 あれ、このパターンどっかで見たな。遠い昔……うーん、元の世界での出来事だろうか。デジャブってやつかな。それともつい最近かな。つい最近だった。


「綾子、ちょっと三津谷さん借りる」

「お、ついにみなみも決めるんだ。よーし、頑張って」

「い、いや、ちょっと会計処理教えるだけだから。ほら行くよ、三津谷さん」


 ここまで有無を言わさずである。お気づきだろうか、俺の発言が一切ない。そのままみなみの居室まで襟を掴まれ引きずられていく。


 最近の定例イベントのなかでもかなり辛い時間の始まりだ。できれば佳苗の太もものマッサージをずっとしていたかった。あっちなら無限にできるのに。だが……実は頑張らないといけない理由がある。


 みなみが定期的に教えてくれることとは、会計処理。それもトリバレイ町や支配地のアオタニ、ニェルガド周辺を含めた、広範囲の財務を教えてくれている。よくよく陣営を思い出してみても、俺未満の処理能力の人材は一人も居ないのだが、この子は俺に作業をさせたがる。


 適材適所とは真逆の行いだ。困るよ君ィ、俺はアホなんだからサインするだけの状態にして持ってきてくれないとねぇ、と正直言いたい。トリバレイの経済流通なんて今や大都市に匹敵するそれだ。


「はい、三津谷さん。先週与えた課題はやってきた?」

「ええっと……はい、これです。先生」

「ん」


 ばしっ


 とぶっきらぼうに俺の書類を受け取り、みなみは採点を始める。採点と言っても彼女はわざわざペンを使ったりしない。概算で俺の二倍強のIQを持っみなみは、わざわざ意識しなくてもこの程度の文書・数値は暗記している。


 以前どうやって暗記しているのかコツを聞いたのだが、別にうんうん唸らなくても自然に覚えるし引き出せるとのこと。派手な佑香たちに比べて陰に隠れることが多いが、こいつも我が陣営の化け物の一人だ。


 現に、コンデンサとか半導体どころか電気そのものすら未実用化のこの世界で、魔術でコンピュータの代替品を作り上げようとしているのだから意味が分からん。しかもそのモチベーションが、『スマホないと不便だから』。今時のJKかよ。


「んー、間違ってる」

「う」

「ここも、ここも間違ってる」

「うう……」

「これも、これも。ちょいと、前教えたこと全然出来てないじゃん」


 簿記の内容に目を滑らせるたびに、つまり俺の処理ミスを見つけるたびに、みなみの眉がつり上がっていく。これだからこの時間は嫌だ。どう頑張っても叱られるから。


「何回教えれば理解できるの」

「ごめんなさい……」

「……大丈夫。三津谷さんなら出来るはず。もう一回最初からやってみて」


 無茶な期待をかけられるのもつらい。が、落ち込んでいるところにタイミングよく励まされるとやる気が戻る。みなみはきっと将来、立派な教育ママになるだろう。


「んーと、まずは王都から運んできた麦がこれで、ええっと西方諸国から輸入最大量の麦がこれ。ここで西方諸国の分を全部買っちゃうとニェルガドの資金が局所的にショートしちゃうから……この例題だと七.二割にとどめて、あとは王都からの予算分で賄う」

「よく出来ました。そ、王都から借りているばかりだと他の予算が目減りするからね」

「ふひ」


 やったぜ、褒めてくれた。いい調子だ。


 ……俺だって、これでも最近は女性と話す機会が増えた。振る舞いを見ても、みなみの本心はなんとなく察しているつもりだ。


 多分、この才女は俺のことを好いてくれている。


 みなみは比喩抜きに国で一二を争う頭脳の持ち主。企業運営は綾子たちと競っても高頻度でトップ。一回くらい命や貞操を救ったからって、それで俺達の格差が埋まるわけないのに。それでも好いてくれている。


 嬉しいことだ。絶対に全身全霊で幸せにしてあげたい。そう、このくらいの女心は読めるのだ。(※アンナや皐月の時は読めなかった。それでめちゃめちゃ叱られたので反省を大いに活かしました)


 ただ……残念なことに一つ障害がある。


「では次の例題」

「はい。ええっと、んー……ニェルガドへの品目と船便が増えた場合……えー……、これだと荷降ろし・積みが六回転で資金ショート。だから七回目は本拠地からの資金供給を待って――」

「違う」

「あ、れ……?」

「六回目までの交易の時の、香水を代品にした時の差額分がキャッシュで残るでしょ。このシチュエーションだと十八回目までは資金供給要らない」

「あ、そっか……」

「もー、しっかりしてね」


 障害とは俺の頭脳スペック。


 おつむの出来だ。


 他の子達に聞いたのだが、みなみは元の世界に居たときから、「自分の才覚に釣り合わない男は興味がない」と言ってはばからなかったらしい。


 当然だろう。彼女のような逸材が、つがいにバカな男を選ぶことは人類の損失だ。優秀な者は優秀な相手を選ぶ義務と責任がある。世界が変わろうともそれは変わらず。


「きっと三津谷さんなら出来るようになるよ」

「ああ、任せて。もう一回解く。ええっと……」

「きっと、きっと出来るようになる。そうじゃないと……私、と、とっても困るの。ちょっと事情があって……」


 悲しそうな表情になると、男として頑張らざるを得ないだろう。


「困らせないよ」

「ん……。そ、そもそもあなた一人に決めているのに、あなたが基準を満足しないと……一生、独り身に……」

「みなみさんのために、解く! できた!」

「……はぁ、間違ってる」

「あれ?!」


 びしっとペンを置いて仕上げた書類、完璧のはずだが。あ……そうか、資金バーンアウトに季節変動を織り込み忘れた。


 呆れて独身を決意しているみなみの隣で、今日もせっせと課題を解く。うかうかしていると他の男に取られてしまうからな。


――


 それからみなみとの勉強会をすること三回目。


 課題クリアのご褒美に口づけのご許可を賜った。三回目のデートだから普通である。


「ん……よ、よし。と、とりあえず第一段階はオッケーね。一応恋人として認めてあげます。私の頭脳に追いつくように、日々精進すること……。これくらいでいちいち調子に乗らないこと。ちょっとでもマシな男が居たらすぐ乗り換えるのでそのつもりでいること。ほ、他の子より出遅れた分を埋め合わせるので協力すること」


 余韻も何もない。くちびるを離した次の瞬間からめちゃめちゃ早口である。


「みなみさん、今のもっかいしたい」

「……じゃ、じゃあ、これ。こっちも解けたら、いいよ」

「ふーむ何々」


 課題 品目Aの一月分の利益が金貨一万枚の時、一年の利益はいくつか。ただしこちらの世界でも一年は十二ヶ月であるとする。


「十二万枚!」

「ごっ、合格っ……♥」


 妙に難易度が低い気がするが正解だ。やったぜ、舌までオッケーだった。腰も胸を撫でさせてくれた。普段ゆったりした服をきて分かりにくいが、実に着痩せするタイプらしい。


 探究心をくすぐられ、直で目視確認しようと服を剥ごうとしたら弱々しく止められた。それでも蠱惑的な両脚を大きく広げ、みなみは寝具の上から動こうとしない。よって当然、次の問題。


「みなみさん、第二問欲しい」

「っ……、だ、第二問」


 課題 手持ちが金貨二万枚。麦を買うために金貨一万枚使いました。いくら残りますか。一万枚くらいですか。


「一万枚!」

「せ、いかい……」

「わーい!」


 服を剥ぐ手を制止する力が、もともと弱かったけれど微弱未満に変わる。


 凄いな。こっちにこんなに栄養が回っているのに、どうしてああも脳の回転が速いのだろうか。ここにエネルギーを溜め込んでいるとか? たわたわと感触を楽しんでいると、堪えきれなくなったみなみの方から出題してきた。


「だ、第三問っ」

「よーし、最終問題頑張るぞー。でも難しすぎると俺には解けないかもな……せっかくここまでたどり着けても、結局最後は泣く泣く諦めるしかないか……残念」

「う、うー……い、一かける三は」

「うーん……」

「は、はやく」


 ぐにぐにと腰に腰を押し当てながら、というよりもみなみの方から押し当てられながら悩む。


「わかんない」

「うー……」

「頭悪くてごめんね、みなみ」

「バカ、おバカさん……だけど、葉介さんなら、ちょっと……くらいなら……」

「でもこれからも一生懸命勉強するし教えて欲しい。それにみなみのことは一生大切にするよ」

「うー……ご、合格」


 補欠繰り上げ合格を果たした俺は、みなみの頭脳に変な影響が無いように大切に大切に扱った。


 でも夜は頭をとろとろにしちゃうのはどうしようもなかった。

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