45話
■45話
田中は例の幽霊船の技術を使った試作品のうちの1艘に乗り込んでいた。
「うん、なかなかいい感じだね。」
「ええ、結構スピードが出る割には揺れませんね。」
田中と高知は、風を受けて気持ち良さそうにしていた。
「どうだ、なかなかだろう。もっとも、お前らの例の船には敵わんけどな。」
この船を操縦しているレイモンドがご機嫌そうに言う。
技術の解析も終わり、試作品として、20人乗りぐらいのものがいくつか作られた。そして、この船はそのうちの1艘である。
「思ったより、この世界は進んでいるのですね。」
田中の脇にいた男性が、船や海をきょろきょろしながら見ていた。
「そそ、結構進んでるでしょ。まあ、全体的には中世ぐらいな感じだけどね。」
「石川さんは、こっちの世界は始めてですか。」
「研修でジパング島には何度かきましたが、海を渡るのは初めてですね。」
「石川ちゃんには、これから行くラフェリアを担当してもらうから、よろしくね。」
「頑張ります。よろしくご指導のほど、お願いいたします。」
石川は直角かというほど頭を下げる。それをみて、島根がやわらかい笑みを石川に向けた。
「まあ、着くのは明日になるから、ゆっくりしてくれ。」
レイモンドが石川に笑いかけた。
翌日、ラフェリアについた一同を待っていたのはボーランドだった。
「田中さん。どうですか、この船は。」
「もう、快適、快適。」
「やはりそうですか。私たちも、早くこんな船で商売がしたいですよ。」
そういって、ボーランドは羨ましそうに船を見つめる。
「量産までは、もうちょっとかかるかもね。今、うちの宮城ってのがヨーレルと調整してるけど。」
「いままで待ったんです。もうしばらく待つぐらい、どうってことないですよ。」
そもそも、旧レットラントがチャーズに滅ぼされてから、海運というジャンルはほぼ壊滅していたのだ。それが復活し、ようやく念願の船が生産される、それどころかこれまでを上回る性能の船が商人レベルで手に入るかもしれないということは、まさに夢のような出来事だった。
「どうせなら、200人乗りぐらいの買っちゃえば?」
田中が意地悪そうにいう。
「いえ、そんな船買ったら破産しますよ。」
ボーランドが慌てていた。
「お話中のところ、申し訳ありません。さっそくですが、向かいましょう。」
高知が用意された馬車の方に歩き出すと、あわてて他のものも馬車に向かう。
それから2時間ほど馬車に揺られると、ラフェリアの首都が見えてきた。今回、田中やボーランドがラフェリアを訪れたのは、ラフェリアで作られる農作物の商談が目的だ。
ラフェリアは広大な大地を持ち農業を主な産業とする、農業大国である。そして、評議会はもちろん、それ以外の周辺諸国にとっても、その台所を支える重要な国であった。
ラフェリアで作られるものは、食料のほかに、綿や麻、牛や豚、羊と幅広い。ある意味、周辺諸国の衣と食を抑えているのがラフェリアなのである。
馬車は首都の中心に立つ城へと向かう。ラフェリアの首都は、城を中心に市場区、倉庫区、居住区、行政区などがその周りを囲むように作られていた。また、首都の周りには広大な農場や牧場が果てしなく広がっているのである。そして、今通っている市場区は、さまざまな食料品などを売る店が、所狭しとひしめき合っていた。そして、首都の住民はもちろん、周りの街や村、そして他国からも大勢の人がその商品を求めて集まっていた。
「凄い人ですね。」
石川が回りの人の多さに圧倒されていた。
「人の数でいったら、ロンドガルの方が多いと思うけど、活気はこっちが上だね。」
田中もうれしそうに市場の様子を見ている。
「後で時間があったら、この市場は是非見てみたいですわ。」
「そうですね、ここは面白そうですね。」
高知と島根も馬車の反対側の窓から、楽しそうに市場を見ていた。
「そろそろ着きますよ。」
御者席に座ったボーランドが声をかける。馬車は市場を抜けると、城の正面の跳ね橋を過ぎ、城の中庭へと入っていく。
城の中は、ロンドガルほど豪華ではないが、それでも大国に相応しい趣を持つ内装である。しかし、ロンドガルと比べて明らかに違うのは、ロンドガルの城の中の人達は貴族然としたカッコをしているのに比べ、ラフェリアは作業服のようなものを着ている人が圧倒的に多い。
大体、街の衛兵も、鎧はつけているものの、頭には兜ではなく麦藁帽子をかぶっている方が多いのだ。これはその治安の良さをあらわしているともいえるのだが。
田中達は馬車を降りると城の中に案内され、応接室に通される。
「質実剛健って感じですね。」
「うん、ラフェリアっぽいといえば、ラフェリアっぽいよね。」
田中が高知に答える。
「ところで、高知さんは戦闘部に異動されたのではなかったですか。」
石川が高知に尋ねた。
「まあ、そうなんだけどね。ちょっと手伝ってもらってる感じ。」
「私はまだ正式に戦闘部に移動になった訳ではなくて、営業部に所属しながら戦闘部の研修を受けていることになってますので。」
高知はようやく戦闘部の研修に参加することができた。とはいえ、営業部も人が足りていないため、営業部に籍を置いたまま、研修のみ参加ということになっている。当然、研修が終われば、正式に戦闘部へ異動となる。
「なんで、石川ちゃん達3人には頑張ってもらわないと困るってわけ。」
「せ、精一杯、が、頑張ります!」
石川はまたしても直角レベルに頭を下げた。
ふと、ドアをノックする音がして、静かにドアが開く。
「大臣が見えられました。」
ドアを開けた文官がそう告げると、大臣が部屋へと入ってくる。
「あ、大臣。ご無沙汰してます。」
「これは、田中殿。わざわざお越しいただいて、すみません。」
「いえいえ。めっそうもない。」
「まま、とりあえずお掛けください。」
大臣に促され、一同はソファに座る。
「こちらの大臣は、ラフェリアの農業全体を束ねる方で、分かりやすく言うと内閣総理大臣みたいな感じかな。」
そして、田中が石川や他のメンバーを大臣に紹介していく。
「そういえば、ジパング島のマーケットは結構な賑わいだそうで。」
「ええ、おかげさまで。一度大臣もいらして頂きたいですね。」
「そうしたいのですが、なかなか時間が取れなくて。」
大臣と田中が談笑していると、大臣が石川達の目線に気がつく。
「ん?どうかされましたかな。ああ、このカッコですか。」
この大臣、作業着をきているのだ。
「他の国の方には、大臣らしくないとよく言われますが、実際この国ではこういうカッコでないと仕事にならないんですよ。」
大臣が苦笑する。つまり、この大臣は机に座って判子だけ押すタイプではないようだ。そして、一同は一斉に頷く。
「ところで、さっそくですが。」
田中が商談を切り出す。それに答えるように、大臣も真顔になる。
「先日ご連絡させていただいたように、マーケットへの供給の増加、および他国への輸出の増加をお願いにまいりました。」
田中がニコニコしながらいう。
「ええ、田中殿のご要望は理解できるのですが、なかなか問題が多くて。」
「供給量、そして運搬ですよね。」
大臣が田中に頷く。
「まず運搬ですが、こちらのボーランドさんが現在旅商人を取りまとめてギルドを作っています。ですから、陸路についての運搬については、旅商人ギルドにお願いするプランを考えております。そして、海運についても、レットラントへの協力を依頼しており、こちらについてはすでに了解を得ております。また、商人が持てる船の開発も進んでおります。これにより、これまでの大規模な輸送に加え、小回りの聞く小規模な輸送への対応も進めております。」
「ああ、それは例の海賊船ですね。」
評議会や、商人達の情報網などを通じて、当然情報は入っているだろう。レットラントの復活と、古の技術で作られた海賊船の存在は、政治的にも経済的にも大きな影響を及ぼしていたのだった。
「つまり、陸路、海路とも準備は整いつつあるということです。」
大臣は頷くものの、表情は変わらなかった。しかし、田中はかまわずに話を続ける。
「そして、供給についてもご提案をお持ちしました。」
田中の言葉に、大臣は首をかしげる。
「冒険者の皆さんに開墾でもしていただくのでしょうか。めぼしいところは、ほぼ開墾しつくしていますし、手付かずのところでも、冒険者の皆さんなら開墾可能なところもあるでしょうが、それほどの面積を増やせるとは思えませんが。」
島根が大臣に微笑みかける。いや、にやっと笑う。そんな島根に田中は頷いてみせる。
「こちらをご覧ください。」
島根がバックから袋に入った種籾を取り出す。
「こちらですが、品種改良をほどこしてあり、収穫量が約2倍になります。栽培期間は変わらず、単純にこれまでの倍の実がつくだけですが。当然、遺伝子組み換えとかはしていませんし、安全性も確認済みです。あ、ちょっとだけ魔法は使ってます。」
「な、なんと・・・」
「といっても、口だけじゃ信用されないと思いますので、こちらのサンプルをお持ちしましたので、試してみていただければ。」
そういって、5キロほど入った袋を取り出して大臣に渡す。
「さらに。こちらですが、連作障害を防ぐためのものです。」
島根が別な種を取り出す。
「こちらを植えていただくと、ただ休ませるよりも、土地の回復が早まりますし、回復量も増えます。」
思わず、大臣が種を注目する。
「まあ、できた作物は人間が食べるのはキツイかも知れませんが、家畜の餌にはもってこいです。つまり、無駄にはなりません。」
島根がサンプルの袋を取り出す。
「こちらも見てみないと分からないと思いますので、サンプルをお持ちしました。」
大臣はそれぞれのサンプルの入った袋を交互に見比べていた。
「このようなものがあるとは・・・ しかし、値段のほうは。」
田中がニッコリ微笑んで、見積書を取り出す。
「まず、今回お持ちしたサンプルは、当然無償で差し上げます。そして、ご検討いただける段階になった場合の費用見積もりがこちらです。」
田中は用意した見積書を大臣に差し出す。
「え?!」
その見積書を見た大臣が田中と島根を見る。そして、田中と島根は大臣に微笑みかけた。
「こ、これは・・・ ゼロがいくつか足りなくないですか?」
田中の提示した見積は、大臣の経験からも、そしてこの世界の常識からみても、格安どころか赤字レベルと思われる安さだった。
「いえ、間違っておりません。仮に間違っていたとしても、弊社の越後の承認印がありますので、そのお値段でご提供いたします。」
「し、しかし。これでは田中殿になんのメリットもないのでは?」
田中は静かに大臣に微笑みかけ、そして真顔になる。
「たしかに、この見積もりだけみたら、弊社にはメリットはありません。」
田中がきっぱりと言い切る。
「ではなぜ?」
「以前に加工工場のお話をお持ちしたときに、『十分かつ安全な食料を提供することが、この国の使命である。それを満足に出来ていないのに、他のことに手を出すなど、言語道断。』と大臣はおっしゃられておりました。そして、『まだ、お腹いっぱいに食べることのできない子供達がいるのだ。』とも。」
大臣がゆっくりと頷く。
「ならば、弊社もその大臣の夢にのらせていただきましょう。このプランがうまくいけば、大臣の夢の実現まではいかないかも知れませんが、今よりは少しでも夢の実現に近づけると信じております。」
「た、田中殿・・・」
大臣が涙ぐむのを隠すように、目頭を押さえながら俯く。
「とはいえ、供給量が増えたら、うちもおこぼれに預かりたいですし、運搬関連もうちの護衛を使ってもらいたいんですけどね。」
田中がニッコリと微笑む。そして、ゆっくりと立ち上がると、俯いたままの大臣に一礼し、高知達に部屋をでるように促す。
そして、ドアを出るところで、思い出したように大臣に声をかける。
「じゃあ、ご検討の程、よろしくお願いしますね。あ、あとこの後、あちこち視察させてもらいたいんで、そっちもよろしくお願いします。」
大臣はゆっくりと顔を上げると、涙がにじむ目をしたまま田中に微笑みかけ、力強くうなずいた。
「視察の件は、案内を同行させよう。さっそく手配する。田中殿、この恩は必ず。」
田中は大臣に一礼すると、部屋を出た。
書いて消してを繰り返していたら、結局短めになってしまいました。
 




