第八十五話
『やだっ!父さん!!父さんってば!!』
『父上ッ!!やめて!!父上!!』
(_____怜と凛が叫んでる。どうしてだ?)
『嘘だ!!絶対嘘だ!!!』
『お願いしますっ!父上を助けてください!!』
(_____あそこにいるのは…父上と、蓮司さん?)
刀の先がきらりと光ったのも束の間、無慈悲にも刀は振り下ろされた。
「……………やめろッ」
急に鮮明になった視界には、自殿の煌びやかな天井と自らの手が写った。
「よかった………夢、か」
無意識に上がってしまっていた息をなんとか整え、ゆっくりと起き上がった。
背中も顔も汗だらけで気持ちが悪い。
「あれ…でもなんでここに、」
掻き分けた遠い記憶の先に、清氏の顔が浮かんだ。
そして、それを最後に琥珀の記憶は切れていた。
「………お祖父様と会ったのは現実だよ、な?」
「____ええ、琥珀様は清様の前で倒れられたのですよ」
背後からぬるりと望月が現れた。
「ッ!!おま、居るなら声かけろよ!」
「……いましたよ、ず〜〜っと。琥珀様がお目覚めになるまでずーーーっとここに居ました」
そう言う望月の顔をよく見ると目の下に濃い、それはそれは濃い隈があった。
琥珀はまさか、と恐ろしくなった。
「………望月、俺は何日眠ってたんだ?」
望月は心労からか、憚ることなく大きなため息をついた。
「丸二日です。今だってもう真昼なんですよ」
琥珀は愕然とした。
体の丈夫さについては誰よりも誇っていたのに、そんなあり得ないぐらい眠っていたなんて。
「ですが……無理もないでしょう。この数日間、琥珀様の心労は相当でしたから」
“___心労”
そう言われて、ドクンと鼓動が大きくなるのを感じた。自身でも分かるぐらい顔の血の気が引き、心は一気に落ち着きを無くす。
(……さっきのは確かに夢だ。だけど、現実はどうなった?)
「あ、そういえば琥珀様。これは琥珀様のものでしょうか?」
望月はそう言うと、すっと立ち上がり戸棚からあるものを取り出して琥珀に見せた。
それは、薄紫色の、いたって平凡な髪紐だった。
「かなり前になりますけど、ここに落ちていたんですよ」
本当に、本当にただの紐なのに、琥珀の鼓動は心臓が飛び出てしまうのではないかと思うぐらいどんどん大きくなる。
「………しかし、こんな古びた髪紐、どこで手に入れたのです?」
琥珀は言葉を発することも、その髪紐に手を伸ばすこともできずにいた。
このタイミングで、無くしていたことにすら気付いていなかった怜の髪紐が見つかった。
頭の中で嫌な予感がどんどん膨らむ。
「……琥珀様?やっぱり違いますか?」
望月に顔を覗き込まれてやっと我に返った。
「あ〜俺の俺の!探してたんだよずっと!良かった見つかって!」
そう空元気で答えてみたものの、怖くて受け取るできない。
ただの紐なのに、差し出す手が震える。
「琥珀様?まだお休みになられていた方が良いのでは?手が震えていますし、顔色も……」
「い、いやいや大丈…」
「琥珀様!」
侍客が勢いよく声を上げた。
「清殿が琥珀様にお目通り願いたいとのことです!」
「……お祖父様が?」
清氏が琥珀を訪問するなど未だかつて無かった。おそらく琥珀とはまともな話ができないという清氏の諦めからだろうけれど。
そんなだから、琥珀と望月は顔を見合わせた。




