第八十話
視界に広がったのは、知らない天井だった。
天井と言えるならまだ良かったかもしれない。
材木が分からないほど腐っていて、顔に得体の知れないカスが降ってくる。
「………こ、ここは?」
そう声を発した瞬間、脳裏に凛が打たれそうになる映像が流れる。
「凛!!凛っ!!!!」
すぐさま起きあがろうとしても、上手くできずぐしゃりと再び倒れ込む。手足に違和感を感じて見てみると、なんと縄で何重にも縛られていた。
「……え、な、何これ」
「俺は無事だよ、兄さん」
「凛っ!!」
聞きたかった声を耳にし、怜は手足の縄も忘れて飛び起きた。
けれど、凛の姿は無い。
それどころか、怜は今自分がいる場所を見て唖然とした。
「……ここは…」
ハッ!と凛の乾いた声が壁を挟んで聞こえてくる。
どうやら凛は隣の牢に入れられているみたいだ。
「見ての通り監獄だよ。兄さん、俺らはどうやら罪人になったみたいだ」
「え、ざ、罪人……?」
この場所のことくらいは分かるし、この場所にはどういう人がいるのかも分かる。
ずっと蓮司の身を案じてばかりいたから、これはあまりにも予想外すぎた。
「私たちが……な、何をしたと?」
心当たりがなさすぎて、こんな悍ましい場所にいるのに震えさえ起きない。
凛はハハハッと今度は心底おかしいといったような声で笑った。ただ、表情は全く見えないけれど凛の顔が笑っていないことはなんとなく分かった。
「父さんが、王子を殺したらしい」
凛はあまりにも軽くそう言い放った。
二人の間に、長い沈黙が流れる。
沈黙が流れているのは、怜が何も言葉を返さないからだ。
怜は凛に対して「こんな時までふざけないで」という怒りの気持ちが沸々と湧いてきた。
けれど、今置かれている状況を考えれば、凛はふざけているわけではないのかもしれない。
そんな怜の気持ちを見透かしているか、先に言葉を発したのは凛だった。
「兄さん、俺が嘘を言ってると思ってる?残念だけど本当だよ。兄さんが気を失ってる間に、俺は事の全てを聞いたんだ」
凛の声の調子はいつもと変わらないように聞こえる。もし怜以外の者ならば、また凛がふざけていると希望を持ったかもしれない。
けれど、血を分け合った怜には、凛の声が僅かに震えているのが分かってしまった。
分かるから、凛は本当にそう役人から伝えられたのだろう。
「………嘘だ。その人は嘘をついてる、」
意図しないで、言葉が漏れる。
「凛だって分かってるよね!?父上が……誰よりも命を大切にしてきたあの父上がそんなことするわけないって!!」
怜はここが王宮だということも忘れて、壁に向かって声を張り上げた。
誰かが聞いているかもしれない、そんなことを考えている余裕は無かった。
けれど、凛からの返事は無い。
「……凛?ねえ、凛ってば、何で黙ってるの?」
苛立ちからか、怜の言葉尻が強くなる。
「まさか、父上が王子を殺したなんて思ってないよね?」
壁の向こうから大きな舌打ちが聞こえてくる。
「分かるわけねえだろ!!」
凛が壁に拳を打ちつけた。
「分かんねぇよ!!何回も分かろうとしたさ!!だけど俺はずっと……今までずっとずっと父さんのこと理解ができなかった!!」
凛の涙ながらの叫びが監獄中に響く。
怜の苛立ちも最高潮に達する。
「……そんな言い方、」
「うるさいっ!!いくら肉親だからって………本当は何を考えていたかなんて分かるわけないだろ!!兄さんに見えていた父さんは俺には見えなかった!」
_____兄さんに見えていた父さん
その一つの言葉が、怒りで熱くなっていた頭が冷めた。
怜はそれ以上何も言い返せなくなってしまった。
「…………父さんは今どこに?まだ、生きてるよね?」
凛は肩で息をしながら、何とか自らを落ち着かせてこう告げた。
「家から証拠が見つかったから、明日にでも処刑される」




