第九話 一難去ってまた一難
本日四話目の更新となります。
第九話です。
絶対絶命とはまさにこの時を言うのだろう。
湖畔の涼やかな風が吹く林の中。
カウボーイハットを被ったスライムを前にして、俺は最早慣れ親しんだ死の予感を前にしていた。
「……」
「キュゥ……」
口からレーザーカッターばりの水を飛ばしてくるスライムとか、聞いたことねーよ……!
しかもナナの反応からして、このスライムがおかしいという訳じゃないことも証明されてしまっている。
つまり、俺はこの世界ではぶっちぎりの……最早、地下に穴掘っているくらいに下に位置するくらいに弱いことが証明されてしまったのだ。
「……ナ、ナナ……」
ナナに助けを求めるか?
彼女ならば、先ほどのように一瞬でスライムを倒してくれるはずだ。
それでスライムコアを粉々に粉砕してしまい、ギルドの試験を受けられなくなってしまうが、死ぬよりはマシだ。
「本当に、それでいいのかよ……!!」
「え、なにー? ユーマ!」
ここで怖気づいたら俺は正真正銘の雑魚だ。
いや、怖気づかなくても雑魚だった。
この世界でもぶっちぎりの最弱で、負けそうになったらすぐに女の子を頼ろうとしてしまうくらいに卑怯者で、情けない男だ……!!
「怖気づくだけのバカな男なら、ここで死んだ方がマシだ……!!」
「キュ……!!」
「俺は、お前を倒す!」
虚勢を口にしたまま木剣を構える。
剣道しかやったことのない、実践からほど遠い正眼の構えを取った俺にスライムは、驚くように身体を震わせる。
元の世界の俺は自分の生まれ持った才能に調子に乗ったバカ野郎だった。
他の誰かを見下し、誰も競争相手と見ずに勝つことが当然だと思い込んでいたんだ。
「今こそ、過去の俺との決別の時……!」
「ユーマ! 頑張れ!!」
だけど、俺はこの世界で自分がどれだけちっぽけで、みじめな存在かを思い知らされた。
世界の広さを。
人の強さを。
恐怖に抗う術は既にこの一か月で身についた。
後は、この命を懸ける勇気を振り絞るだけだ。
「キュァ……」
スライムから透明な触手が伸びる。
攻撃が来ると察し、木剣を強く握りしめる。
「さあ、来ッ——」
「キュ」
何を思ったのか、スライムは自身の水色の身体に触手を突き立てた。
「えっ?」
呆気にとられていると、スライムは自身の身体から綺麗な水晶のような球体を二つ取り出し、俺の足元に放り投げた。
「……はい?」
「キュ、キュゥ」
ころーん、と足元に転がる二つの綺麗な玉。
水色の光が渦巻くそれを見下ろした俺に、スライムはない目元を隠すように帽子を目深にかぶりながら、その場から去っていく。
「……」
「すごいよ、真玉のスライムコアだよ! こんな傷一つないなんて初めて見たよ!」
こちらに駆け寄ってきたナナが綺麗な水色の球を拾い上げて驚きの声を上げる。
これがスライムコア?
なんでそれを俺に渡してきたんだ?
あれ、なんだかこれと同じ状況を思い出すぞ?
「ドラゴンが鱗を渡してきた時と同じ……」
つまりは、なんだ?
あのスライムもドラゴンと同じように、一生懸命立ち向かった俺に素材をくれたってことなのか?
「すごいよ、ユーマ!!」
「……そうか。ウン……ウン」
「涙目!?」
「な、泣いてねぇ!! 男が涙を流すときはなぁ、自分の弱さに打ちひしがれた時だけなんだよ!!」
「そ、そうなんだ……」
つまり今がその時だ……!!
あまりの情けなさと悔しさに目元を拭う。
「クソッたれぇ……折角の覚悟もぽっきりおられちまったよ……」
なんか孫の頑張る姿を見て。お小遣いをくれるお爺ちゃんみたいなノリで素材を渡して帰って行ったんだが……。
「ナナ、こうなった理由は……分かってるよな……」
「うん! ちゃんと分かってる! ユーマが弱いからこうなったんだよね!」
すっげぇ、責めてるように聞こえるよね。
意図せずドSすぎる発言をしている上に、見ていたナナは理解していることに猶更ショックを受けた。
悪意のない彼女にとっての賞賛の言葉が胸に深く突き刺さった。
●
失意のままの俺と、ものすごい嬉しそうな様子のナナはギルドへと戻った。
時間にして二時間も経たずにスライムコアを持ち帰れたわけだが、もう試験云々以上に俺は帰って不貞寝したいくらいにメンタルにダメージを受けていた。
「これは、すごい!? スライムコアをこれほどまでに無傷で!? 自分、ここに勤めて初めてここまで綺麗なスライムコアを見ました!!」
「え、これってこんなにすごいものなんですか?」
ナナが見つけた時の反応からして珍しいのは分かっていたが、ギルドの人からしてもそうなのか?
俺にはただの綺麗なピンポン玉にしか見えないんだが。
「すごいどころじゃないですよ! 野生のスライムからコアを抜き取るには、倒さなければならないんですよ!? 人の手によって育てられたスライムなら、低い確率ではありますが無傷に近いコアをとれますが……やはり、野生のものとなると質も大きさも段違いに価値があるんです!!」
すっげぇ、説明してくれるじゃん……。
てか、真珠かなにかかな?
無傷だと商品価値が上がるあたりも真珠なんですけど。
まあ、こんなこと言われても俺にとっちゃぁ微塵も嬉しくないんですけどね。
「帽子を被ったスライムがくれたんですよ。俺はなんもしちゃいない……なにも、していないんですよ。ははっ」
「ぼ、帽子を被った……!?」
自虐気味に笑いそう言うと、受付の人は慄いた様子で後ずさった。
そして、なぜかギルド内にいる何人かの冒険者も驚くようにざわついた。
『帽子持ちが……?』
『おいおい、嘘だろ……』
『こいつは、とんでもねぇな……』
どうやら俺のあまりのダサさに失笑しているようだ。
当然だろう。
スライムに素材を恵んでもらうなんて意味が分からな過ぎて笑えてくる。
「おいおいおい! なんか騒がしいかと思ったら、あんたか!!」
「うん?」
大きな声に驚き、そちらを見ると俺とナナのいる受付の前に近づいてくる三人の冒険者の姿を見つける。
人の好さそうな大柄な男に、立派な髭を蓄えた狩人っぽい男と、強気そうな印象を抱かせる女性の三人だ。
あれ、この人たちナナがドラゴンを殴り倒した後に来た……。
「まさかお前も冒険者になるのか!」
「え、ええ、まあ」
「ナナ、君もか!」
「はい。彼と一緒なら大丈夫かと思いまして」
その信頼は一体どこからくるんだ……?
意味の分からない信頼を寄せてくるナナに、納得したように頷く男たち。
「ヴァッシュさん、お知り合いですか?」
「ああ。つい一か月前な。森の中でグラエスドラゴンを、この子を庇いながら倒したのがこの男だったんだよ」
「それは本当ですか!?」
いや、待って話がややこしくなる!!
そもそもあれ倒したの俺じゃないよ! 今、隣で顔を青くさせているナナだよ!
そう訴えかけようとするも、今日まで世話になった恩を仇で返せないという良心が働き、何も言えなくなってしまう。
『グラエスドラゴンを倒すだって……!』
『驚くほど存在感が薄いことに関係があるのか……?』
『へっ、こりゃとんでもねぇ新人が来ちまったようだぜ!』
ご、ごごごご誤解がさらなる誤解を生み続ける。
いかん、早く解かなければ大変なことになる。
「勘違いしないでくれ! 俺は全然強くなんかない!」
大声でそう訴えかける。
一瞬、静寂に包まれるギルド内だが、その視線はすぐに生暖かいものへと変わる。
「実力を隠す術は身に着けていても話術は不得意に見えるな! がはは、安心しろ! ここにいる奴らはみんな気のいい奴らさ!」
「いや、違うんですけど!?」
「心配すんな。いくら強くたって俺達は気にしねぇよ!!」
たしかにこれまであった人達皆いい人ばっかりだよぉ!
悪いこともされたこともないし、嫌な思いをするような人たちもいなかったわ!!
駄目だぁ、なにを言っても謙遜だと思われてしまう!?
「面白いことになっているじゃないか」
「「「!?」」」
狼狽えてしまっていると、上階の会談からそんな凛々しい声が降ってくる。
上を見上げると、そこにはローブを羽織った長髪の黒髪の美女が階段を降りてきていた。
「ッ、ギルド長! 実は……」
「全て聞いていた。どれ、それを見せてくれるかな?」
下の階にまで降りてきた美女、ギルド長は受付から二つのスライムコアを受け取ると、懐から取り出し眼鏡をかけてそれを鑑定する。
「ふむ、帽子のコアか。ここ数十年出回ることのない偽りのない純正ものだ」
「まっどはっだー……?」
あのガンマンスライムそんなかっこいい異名をつけられているのかよ。
「特殊個体。いわば普通のスライムよりも遥かに強いスライム。既存の個体より遥かに強く、熟達した冒険者すら歯が立たないと言われていたスライムさ」
ハードボイルドな雰囲気だけじゃなくて、それに伴う実力と風格まで備えているとか、あのスライムどーなってんだよ。
そんな相手と最初に遭遇するとか俺の運が最悪すぎる……。
すると、ギルド長の視線は俺とナナへと向けられる。
「ッ! 身体能力、頑強が10……! なるほど、噂とは異なるようだね。ナナ」
「な、なんで……!?」
ナナを見たギルド長の目が一瞬輝いたように見えたが……。
まさか、ナナの強さを理解できたのか?
顔を真っ青にさせるナナにふらりと近づいたギルド長は周りに聞こえないように声を潜める。
「私のスキル“目利き”さ。私の目で見た人物の能力を数値で見ることができる。フフフ、その年で身体能力と頑強さの数値が最大値だなんて、とてつもない逸材だ」
「うっ……」
「心配するな。黙っておこう。さて、次は君だ」
隣にいた俺にも聞こえたが、そうか……この人なら俺の弱さを見破ってくれるんだな……!!
さすがに異世界から転移してきた事実は明かせないが、このギルドで分相応な立場になれるようにしっかりと見てもらわねば……!!
「なぁっ!?」
「「ギルド長!?」」
と、思ったら俺を見た瞬間に後ろに勢いよく倒れた!?
慌てたギルド職員に支えられ、立ち上がった彼女はなぜかものすごく動揺している。
「全て、0だと……!? バカな! 赤ん坊でさえ0なんて数値は出さない! 君は一体……!?」
今ここに俺が赤ちゃん以下だということが決定してしまった。
あれかな? 弱すぎて1とすら表示されなかったのかな?
「高すぎる数値にこの私のスキルが読み取れなかったのか!?」
「は?」
あまりにも頓珍漢なことを言い出したギルド長。
え? ちょ、違うんですけど。
「この私の目を持って計れないとは……! ふ、ふふふ、これは面白くなってきたな……!」
「いえ、あの、俺……普通に弱いですから」
「はっはっは!! 冗談も巧い!!」
冗談じゃねぇぞ! 赤ちゃん未満のパワーで張り倒してやろうか、あぁん!?
声を上げて笑う姿すらも様に見せてくるギルド長は、目元の涙を拭う。
「気に入った。私はこのギルドを任されている、ユリア・バルドラドだ。君の名は?」
「……ユーマ。イズハラ・ユーマ……デス」
目をつけられてしまった……。
もういやだ、これ以上持ち上げられる前に帰って寝たい。
「ナナ、ユーマ君。君達は今日から我々、ギルドの一員だ」
「いえ、あの試験は?」
「そのようなものは必要ない。元より形式的なものだが……いや、待てよ」
思案するように顎に指を当てるギルド長。
そんな些細な仕草だけで絵画のように絵になってしまう美貌に思わず見惚れていると、彼女はニヤリと笑みを浮かべて人差し指を立てた。
「なら、戦いを見せてくれ」
「……は?」
「試験代わりだ。うちの者と模擬戦をして、君の力を確認したい」
ピンチの後にさらなるピンチ。
どう考えても断れる雰囲気じゃない状況に、俺はもう今にも気絶したい心境になってしまう。
赤 ち ゃ ん 以 下
ナナは表示上限を遥かに超えているので10としか表示されず、ユーマは限りなく0に近い数値なので1とすら表示されない感じです。
本日の更新は以上となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




