続六国史
お待たせしました。最終話となります。
「父上、お待たせいたしました。清書が仕上がりました」
「おお、そうか。どれ、見せてくれ……」
病床に伏した白髪の老人は、養子である通から手渡された重みのある冊子を、愛おしそうにめくり始めた。
「ふむ、よし。大儀であったな、通」
「ありがとうございます。……ですが父上、なぜ巻末にあなた様の名を入れないのですか? これは父上が生涯を捧げた『続・六国史』ではありませんか」
「名は歴史に残さずともよい。……気に入らぬなら、お前の名を記すがいい。それで司馬の家が安泰なら、万々歳だ」
「父上! またそのような……」
「ははは。お前には才能があるが、自信がなさすぎるのが欠点だ。……あとは頼んだぞ。来年には孫の顔も見せてもらうからな」
通が退出した後、老人は一人、完成したばかりの書を胸に抱いた。
「……脩璃様。ようやく、仕上がりましたぞ……」
九十二年の歳月。大乱の生き残りとして最後の一人となった司馬仙は、枯れ果てたはずの瞳から溢れる涙を拭おうともせず、静かに永遠の眠りについた。
◇
司馬仙とその子、通が遺した『続・六国史』には、大乱後の英雄たちの最期が記されていた。
鍾国王・昌延は、崩れた国紀を正すべく苛烈なまでの「苛政」を敷いたが、それは自身の命を削る行為でもあった。彼は、自身が悪名を被ることで、幼き後継者と賢妃・梅花が「仁政」を敷くための土台を築いたのである。
英雄・瑯喜逸の死は、意外なものだった。輪番で麟国に滞在していた際、彼は好物の「麺」を喉に詰まらせて窒息死したのだ。巷では暗殺や腹上死といった噂が飛び交ったが、司馬仙は「彼らしい愉快な最期だ」と真相を綴った。
崑国王は麟国の制度を海運国家向けに改良し、後世の模範となる治世を築いた。司馬仙は「崑王の努力は凡人が真似るべき鏡だが、鵬王の奇策だけは天賦の才ゆえ、決して真似てはならない」と戒めている。
桂国には、脩璃の第二子が養子に入った。鶯妃の喜びようは尋常ではなく、司馬仙はその溺愛ぶりを「微笑ましき執着」と面白おかしく記録している。
そして麟国の秀帛。彼は生涯、独断を避ける謙虚な王であったが、二つのことだけは自らの意志で断行した。一つは岐山国との縁組、そしてもう一つは、叔父・麟脩璃の墓に王族の証である「王紫石」を使う許可を下したことだった。
最後に、鵬王・麟脩璃。彼は明玉と共に貧しき鵬国を最強の国家へと押し上げた。司馬仙は「彼の傍らには常に、陽明、奉師、そして最大の理解者である明玉がいた」と筆を止めている。
◇
六国はその後、百年の全盛期を経て、三百年後に滅亡の時を迎える。
衰退した六国へ北狄が侵攻し、麟国皇帝はもはや無力だった。鵬国も瑯国も蹂躙され、絶望が支配したその時――。
青海の水平線上に、突如として三万隻の大艦隊が現れた。
東方の神秘の国・扶桑から来た若き王は、八十万の兵を率いて北狄を壊滅させた。彼は鵬国の王族の生き残りを探し出して王位に就かせると、「代々の掟に従ったまでだ」と言い残して去った。
その胸元には、金鶏の紋様が彫られた、古い「紫の瑠璃」が輝いていたという。
しかし、その三十年後。再びの北狄の侵攻により六国は完全に壊滅。司馬仙が遺した『続・六国史』も、文化破壊の荒波に消え、六国の記憶は砂の中に埋もれていった……。
◇
「――こちらは、世紀の大発見の現場です!」
現代の喧騒の中、テレビリポーターの声が響く。
「伝説の『六国時代』と推定される遺構が発見されました! 先生、現在の状況は?」
「はい、非常に興味深い。あちらの紫色の石は墓標です。判読不能ですが、高貴な人物の墓でしょう」
「埋葬品などは?」
「主墓の横に、もう一つ小さな墓が寄り添うように建てられています。そして、その前には殉葬ではなく、大切に供養されたと思われる子供の骨が五体。それらには古い銀貨が添えられていました」
灼熱の太陽の下、発掘調査は続く。
かつて、この地で熱く生きた一人の転生者と、彼を支えた仲間たちの物語。
その真実を知る者はもう誰もいないが、掘り起こされた紫の石だけが、遥か古の「慈愛の時代」を今に伝えていた。
(完)
これで頭に思い描いていた物語は当初の予定通り完結いたしました。今まで長きにわたりご覧いただきありがとうございました。素人の、しかも思い付きの文章に多くの方が見てくださり、しかも評価してくださったことに感謝申し上げます。また、誤字報告や感想を書いてくださった方にも改めて感謝申し上げます。
実は物語としてはいくつか別の展開も用意しておりました。華鳳黒幕説、鶯妃黒幕説、脩奏黒幕説、脩晟黒幕説、陽明黒幕説などなど。ただそうすると物語の展開が複雑になり、私の処理能力では対処しきれないと感じたので最も分かりやすい物語にしました。
正直に言いますと、70話ぐらいまでは楽しく書けていましたが、それ以降は苦痛でした。毎週日曜日に3時間ほどかけて原文を書きその後3日間で推敲を行う、という作業をおよそ2年間続けてまいりました。正直途中で何度も辞めようかとも思いました。
しかし、こうして完結までなんとかこぎ付けましたのは、全て読者の皆様の温かいお気持ちのお陰だと感謝しております。ありがとうございました。
太白 頓首、頓首




