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最初はなにかの見間違いじゃないかと思った。
そんなことあるはずがない、と。
次に、これはきっと金銭のやり取りが行われた一種のプレイなのかと考えた。
社会的道徳や倫理に反する行為をあえて行うことに背徳感を覚えて悦に浸っているのだ、と。
否、この光景は断じて俺の勘違いではない。
これは事件だ。現在進行形で犯罪が行われているのだ。
目の当たりにした状況に対する疑念が確信に変わる。俺は隣を歩く妹に声をかけた。
「なあ、夜明」
「なに、お兄ちゃん」
「念のための確認なんだが、アレは俺にだけ見えている幽霊的なナニカとかじゃないよな?」
身長差のある俺と上目遣いに目を合わせて、小首をかしげてから告げる夜明。
「アレっていうのは、アサ兄と同じ高校の制服姿で似合わない帽子を目深にかぶって似合わないサングラスをかけてマスクして、両の手にはあんパンが入っていると思しき袋と牛乳と思しきストローのささったパック飲料を持って、電柱の陰に隠れながらその先を歩く学ラン姿の男子と制服姿の女子をストーキングしている、いかにも怪しい女性のこと?」
「……そ、そうだ」
そこまで仔細な説明は求めていなかったが、やはり俺にだけ見えているわけではないようだ。遠目だし後ろ姿だから判然としないが、ストーキングされている男子は夜明と、女子は俺と同じ学校の制服じゃないだろうか。
「いいか、夜明」
「なに、お兄ちゃん」
「アレが世に言う変態だ」
「なるほど、これが変態」
うんうんと頷く夜明。
「いや、俺を見ながら言うなよ。あっちだ、あっち」
それにお兄ちゃんのことをこれとか言わないように。
さて。ストーカー行為をする女性の胸にある学校指定のリボンは、俺の着用する学校指定のネクタイと同じ青色だ。それはつまり、俺と同学年の現役高校1年生であることを示している。
今年度は2年生が緑色で3年生が赤色となっている。ちなみに来年度は俺たちの青色が2年生の色となり、スライドするような形で3年生が緑色となり新1年生が赤色となる仕組みだ。
「いやはや、まさか同じ学校の、それも同じ学年にストーカーレベルの変態がいるとはね」
よもやカモフラージュによる女装ということはあるまい。
あの膝上にまで短くされたスカートから伸びる陶器の如き艶やかな白い生足。制服の上からでもうかがえるくびれた柳腰に、ほどよい豊かさを主張する胸元の膨らみは天然由来のもので相違ない。肩口にまで伸びたミディアムヘアもまた、変態の性別を示すなによりの証左だ。
帽子とサングラスのせいで不審者感は拭えないが、総合した官能的な魅力は隠せていない。
「……なんだ、夜明」
痛いほどの視線を感じて隣を見る。そこには薄目の、いわゆるジト目の夜明。
「いえ、べつに。変態を視姦する変態を見ていただけで」
なにこの俺の妹、辛辣すぎませんか。視線だけじゃなくて声音までもが刺々しい。誓って俺は視姦なんてしていない。したのは監視であって、変態でもない。
なにより夜明よ。その剣呑な視線は実の兄に向ける類のものではないと思うぞ。
「ねえ、アサ兄?」
どこか囁くように言いながら、俺と正対するように歩み出てきた夜明。
それから中学校の制服であるセーラー服のスカートを持ち上げるように太ももを露わにしてきた。まだ官能を感じさせない中学3年生の、年齢相応のやや日焼けした健康的な足である。
はたしてこれは、どういう状況なのだろう。
兄に太ももを見せつける妹と、その背後には少年少女を尾行する同学年のストーカー女。
「なにやってんだ、夜明。隠せよ」
「なんで?」
「なんで、って。逆になんでだよ」
「……アサ兄は、やっぱり変態だ」
「なんでだよ!?」
夜明の太ももを見たことを指して言っているのならば、理不尽なことこの上ない。
見せつけてきたものを見たからといって変態だと評するのは、あまりにも暴論だ。それに『やっぱり』ってなんだ、『やっぱり』って。いまのやり取りのどこで変態を再認識したんだ。
「いいか、夜明。それならいまスカートをまくって太ももを露出しているおまえはどうなんだ」
「どういうこと?」
漫画だったら頭の上に疑問符でも浮かんでいそうな、本気で理解ができない顔をされる。細い首を斜めにかしげている仕草があざとく見えなくもないが、これは本気である。
「こんな街中で、だ。自分でスカートをまくり上げて太ももを見せつけているほうが、よっぽど変態なんじゃないのかってことだ」
そんな俺の言葉の意味を吟味するような、ほんの数秒の時間を要し――、
「……あ、あう」
慌ててスカートから手をはなす夜明。耳をはじめとして、みるみると顔が紅潮していく。
「こ、これはっ、アサ兄が変態に目を奪われてるから真人間に戻してあげようとしただけだし? どこぞの見ず知らずの女に鼻の下を伸ばすくらいだったらまだ夜明の太ももに息遣い荒くして興奮しているほうがよっぽど健全だと思ったからだし?」
「そのほうが問題だよ!?」
家族以外の異性に興奮するよりも実の妹に興奮したほうが健全だなんてどこの世界だ。
俺の心配をしてくれるのは嬉しいが、お兄ちゃんは夜明のその思考回路のほうが心配である。
「それに夜明。べつに俺は、鼻の下を伸ばしてなんかないぞ」
ストーカー女をあらためて一瞥してから、俺は抗弁する。
ちょっと足が細くて色白で綺麗だな、とか。ちょっと腰が細いわりに出てるところは出てるな、とか。制服に身を包む女性らしい華奢な身体つきはいいな、とか。……それくらいだ。
「……変態」
ぼそっと、毒づく夜明。付帯するのは侮蔑の瞳。だから兄に向けるものじゃない。
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