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べつに早すぎるということがなければ遅いということでもない時間帯に登校する。
窓際の後ろから2番目に位置する自分の席に向かって歩く。その道中で声をかけられた。
「おはよう、御手洗くん」
我らが1年B組のクラス委員であり、大き目の丸縁眼鏡が特徴の地味かわいい容姿と、どこか包容力を感じさせる性格を起因に隠れファンの多い隠れ巨乳の持ち主、琴吹珠美である。
俺とは中学1年からの付き合いで、奇しくも3年連続で同じクラスになったかと思えば、高校に入ってからも記録を更新したそれなりに長い縁が続いている女子だ。
「おはよう、たまちゃん」
「たまちゃんはやめて」
子供みたいに頬をぷくっと膨らませて、遺憾の意を表する琴吹珠美ことたまちゃん。
「これは失礼。おはよう、琴吹」
「うん、それでよし。おはよう、御手洗くん」
俺が近づくにつれて、温和に細められていた琴吹の瞳が曇りはじめる。
「御手洗くん、なんだか疲れてる?」
「そう見えるか?」
「んー、昨日の帰りにはまだ元気があったように思えるけどね。夜明ちゃんと一緒に買い物してから帰るって言ってたよね? そのときになにかあったとか?」
「ほう、慧眼だな、たまちゃんよ」
琴吹は夜明の存在はもちろん知っているし、俺たちの兄妹仲にも精通している。
「たまちゃんはやめて」
「これは失礼しました」
「まったくもう、御手洗くんはすぐにたまちゃんって呼ぶんだから」
不満を露わに、琴吹がぷんすこという擬音が適当な仕草で憤慨する。
しかして、まったくもって怖くない。なによりもかわいくておもしろい。俺がたまちゃんと呼び琴吹が定型文のように返してくるこのやり取りは、もはや俺なりの挨拶なのである。
「でも、琴吹と仲のいい女子だってたまちゃんって呼ぶやつはいるだろ?」
俺は自分の席に腰を下ろしながら言う。琴吹は立ち上がって俺の席までついてきていた。
「御手洗くんのたまちゃんはなんか違うの!」
「べつにいいだろ。珠美だから、たまちゃん。女子だってきっと同じ理由だろ?」
「御手洗くんは違うの!」
地団太を踏む勢いで、繰り返し主張する琴吹。朝から元気なやつである。
「俺のたまは女子のたまとは違うのか? まさかクラス委員たる人間が男女差別する気か?」
「もう! その言い方だよ、御手洗くん!」
「そのって言われてもどのって返したくなるんだが。ちなみに、どんな言い方なんだ?」
「なんかその……俺のたまとか、えっちな感じに言うのやめて!」
「えぇ……」
俺は有栖川に対して『どうして卑猥な物言いしかできないんだこの変態は』と思っていたわけだが、よもやそれが自分に向けられる言葉になるとは夢にも思わなかった。「いったいどんなたまを想像したんだい?」とか言ったら変態だっただろうが、俺は口にしていないぞ。言ったらどんな反応するかなって思っただけだぞ。だから変態じゃないんだ。
「ご、ごめん。そんなにえっちなこと注意されるの嫌だった?」
琴吹が真剣に謝罪してくる。どこか煽っているように聞こえるのはきっと勘違いだ。
こいつは悪女有栖川ではなく、聖母琴吹なのだ。
「――あ、そうだ。琴吹に訊きたいことがあるんだけど」
悪女有栖川のことを思い出したことで、俺は自身の探偵としての役割も思い出した。俺と違って交友関係の広い琴吹なら、少ない情報からでも特定できるかもしれない。
「うちの学校にさ、こう……えーと……」
件の女子の特徴を口にしようとして、瞬時にどう言ったものかと閉口してしまった。あのとき見た記憶が正しければ、あの女子の髪型はツインテールとかいうやつだった。ストレートに「ツインテールの女の子知らない?」だなんて言ったら、ヤバいやつだと思われかねない。
「なに、御手洗くん?」
「ん、ああ。なんつーか、こういう感じの髪型の女子ってうちの学校にいたか?」
俺は身振り手振りで必死にツインテールを表現する。俺の疲れを一瞬で見抜いた慧眼の持ち主たまちゃんは「ああ、ツインテールの女の子?」とすぐに察してくれたようだった。
「先輩たちにいるかどうかまではわからないけど、同じ学年にはいたと思うよ」
「マジか。クラスと名前まではわからないか?」
「んー、クラスはごめん。隣のA組とC組じゃないのはたしかだけど、それしかわからないかな。名前はたしか、天城さん……だったかな? 名字だけで名前まではわからないけど」
「いや、十分だ。訊いておいてなんだが、よく知ってるな。助かったわ」
先輩ではなく同学年だとわかっただけでも重畳だ。それこそ「ツインテールの女の子を探しています」なんて言いながら学年違いの棟を歩き回るのはキツイ。そして俺の学年はぜんぶでAからFの6クラスなのだが、候補となる教室が半分に減ったのも大きい。
「どう助けられたのかわからないけど、ツインテールなんて髪型は珍しいから話題に上がったことがあって、それを覚えてただけだよ。でも、御手洗くん、天城さんがどうかしたの?」
「あー、うん、まあ、ちょっとな」
有栖川いわく、翔琉くんを弄ぼうとしている女らしいぞ――とは言えるわけがなかった。
「なになにー、一目惚れでもしたのー?」
「おいやめろ。俺のなかの琴吹のイメージにないエロい目をしているぞ」
「し、失礼な! 御手洗くんじゃあるまいし!」
「その発言こそが失礼だとは思わないのかな!?」
「そんなの知らないよ! 恋バナかと思っただけでエロい目とか言われるほうが心外!」
「その前にエロい目イコール俺みたいな図式はなんなの!?」
まったく、この年頃の女子は恋バナとなればすぐに興奮しやがる。俺も同年代だけど。
まあいい、とりあえず調査に必要な事前情報は確保できた。あとは休み時間にでもD組から順番に顔を出して探して行けば、件の女子はすぐに見つけることができるだろう。
「いやー、図式もなにも、だって御手洗くんだしさ?」
まさかとは思うが、琴吹まで俺のことをそんな目で見てんのか? あの慈愛の琴吹珠美が?
この機会にはっきり確認しておこう。
「なあ、琴吹。俺って、変態なのかな?」
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