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「言わせてもらうが、必死になればなるほど怪しいんだわ。べつに俺はおまえみたいにエロ本を持ってるってだけで嫌悪感を抱かないし否定もしない。正直、むしろ好感度上がるわ」
「あなたの好感度を得てしまうほうが屈辱で気持ち悪くて排他的で吐き気を催すわね」
「…………」
言いすぎじゃね? ほんとうだとしても言いすぎじゃね? もう少しオブラートに包めよ。
「ま、まあ、とにかくだ。エロ本の件に関しては、二度と触れてやるな。かわいそうだ」
「そうね、あなたの言動を見ていたらそうしたほうがいい気がしてきたわ。善処するわ」
自傷の甲斐があったと言いたいところだが、善処するわ、じゃなくて誓えよ。約束しろよ。おまえは検討します、としか言わない政治家か。なんかもう、知りたいことは知れたことだし、流れで帰れたりしないだろうか? 損はしないだろうし、試すだけ試してみようかな?
「そして、それ以外の部分に関してだが、たしかに、ただひとりの女性に恋をしたにしてはきっかけが謎だな。憔悴した様子で帰宅して、衣服が乱れてたってのが、どうもおかしい」
「べ、べつに翔琉は恋に落ちてなんかいないわよ? 翔琉が好きなのは私だもの!」
「ただ、その日を契機に甘えなくなったり、同年代の女子の好みを訊いてくるってのは、間違いなく変わるだけの出来事があったんだろうな。そしてそれは、プレゼントを考えている相手となにかがあったと考えるってのが妥当なところだろう」
有栖川のあずかり知らぬところで翔琉くんが姉の本性を知ったとすれば甘えなくなったりスキンシップを拒んだりと距離を置く理由にはなりそうだが、今回の話の流れからすると、それはまずないと考えていいだろう。よかったな、有栖川。
「私と同年代の女子というのは方便で、実は私へのプレゼントだったりしないかしら?」
「おまえに甘えなくなったり隠し事をするようになった件は、単純に思春期だからだとも思えるけどな。仮にプレゼントしたいと考える相手に恋をしたのだとしたら、姉に甘えているような軟弱な自分ではダメだと、あえて我慢している可能性があるわけだが」
そうだな、ひとりの女性に恋をしたことで、自分に厳しくなろうとしているんだ、きっと。かっこいいじゃないか。立派じゃないか。応援したくなるじゃないか。
「たとえ恋をしたのだとしてもこれまでどおり甘えてもいいんじゃないかしら!? お姉ちゃんのことが大好きなのには変わりがないわけでしょう!?」
「ただ、そうだとしてもはじまりがな。あらためて確認するが、憔悴した様子で帰宅して、衣服が乱れていたんだよな? それはいったいどういうことだ……?」
ぶつぶつと呟くようにして、俺は真剣に思案するフリをする。作戦終了まで、あと少し。
「……ねえ、ちょっとあなた。私の話、聞いてるのかしら?」
「よもや無理やりに襲われて、それをきっかけに翔琉くんが恋に落ちてしまったなんてことはないだろうか。いや、ないな。というか、ないと思いたい。そんな羨まし――あいや、悲しい出来事があっていいはずがない。もしくは、襲われたところをその女の子に助けられたとか? そんなことはありえるのか? 女子高生だぞ? うーん、材料が少なすぎて、俺にはこれ以上の推論は難しいようだ。よし。結論が出たところで、さあ夜明、帰ろうか」
語りながらおもむろに立ち上がりはじめていた俺だったが――、
「ぐえっ!」
急転直下した視界。
机に顎を強打して、俺の口から踏みつぶされた蛙のような声が出る。聞いたことないけど。
思考を口から垂れ流す勢いをそのままに帰宅しようとした俺の目論見は、見事に玉砕した。
「なにを許可もなく有耶無耶に去ろうとしているわけ?」
頭上から降り注ぐ、冷血な声音。女王様の再臨である。
有栖川の言うとおり、どうにか勢いで誤魔化して有耶無耶にしたまま帰宅しようとした作戦を看破したこいつは、立ち上がった俺のネクタイを掴んで机に引き倒したのだった。
「じょ、冗談だよ。本気で帰ろうとするわけないだろ――うっ」
俺の口上を耳にするなり、きゅっとネクタイを締めてくる有栖川。
「……ほんとうに?」
頬を机にこすりつけるようにして、有栖川の顔を見る。こいつ、殺人鬼の目だ!
「う、嘘です! すいません! 経緯も聞いたし、もういいかなって帰ろうとしました!」
「ふーん、自分だけ満足したら、はいそれでおしまいってわけなのね?」
「そ、そんなことは――うっ」
だからどうしてこいつの言い方はどこか卑猥なんだよ。ネクタイズドンの物音で耳目を集めていることに関知していないのか。卑猥なのは身体だけにしろっての。
「残念だけど、まだ私は満足していないの。それでもあなたが帰りたいと言うのなら、無理に引き止めることはしないわ。……さあ、帰れるものなら帰ってもいいのよ?」
言い終えるなり、有栖川の拘束がふっとゆるんだ。緊縛プレイから解放される俺。
しかし軽く咳き込みながら座り直すだけで、帰ることはない。先刻の有栖川の言葉を額面どおり鵜呑みにしてしまうほど、俺は愚者ではない。有栖川は言外に「帰ったら許さないわよ」と脅迫しているのだ。俺の耳には副音声のように聞こえてきた。「あなた死にたいの?」って。
なにをどう許さなく、どういった報いを受けるのかは皆目見当もつかない。だが、こいつの気勢から想像するに碌なことにならないこと請け合いだ。さすがに死ぬことはないだろうけど。
「いえ、男――御手洗朝陽。ここに残ることを宣言します!」
ついつい大仰な物言いになってしまったが、長い目で見ればこれが賢い選択なのだ。
「どこか軽薄に聞こえるのが気に障るけれど、まあいいわ」
「へへへ、ありがとうございます」
手をこすり合わせながら感謝する俺。上司に迎合するサラリーマンの心境である。自分のことながら、すげー情けない。泣けてくる。……そもそも、隣に妹いるんだぜ?
「ところであなた、ちょっと妹と話をさせてもらってもいいかしら?」
質問形式ながら有無を言わさぬ有栖川の語気。
いまのテンション的には「へへへ、お好きになさってくだせえ」と言いたいところだが、俺は有栖川のように家族を売る気はない。夜明が有栖川のような変態と会話したくないと言うのなら、俺は自分が裸にひん剝かれることになろうとも守ってやるつもりだ。
兄の首を絞めた女の申し出をどう思っているのか……俺は隣に座る夜明を見た。
スマートフォンの画面を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……なにやってんだ、夜明」
その画面に映っているのは――、
「ネクタイで悶絶するアサ兄の写真を見てるの」
「へ、へえ。いつ撮ったんだ――ってそんなの決まってるけど、俺が悶絶してる様子がそんなにおもしろかったのか? 助けようとは思わなかったのか?」
「ビックリはしたけど、アサ兄がどこか嬉しそうな顔してたからいいかなって」
ふーん、そうなんだ。べつに嬉しくなんて思ってなかったけどな。念のために自分の表情を確認したいからあとで見せるよう夜明に告げて、そのあとで俺は有栖川に伝えた。
「好きなだけ夜明と話してもいいぞ」と。
断っておくが、べつに家族を売ったわけじゃない。
そして、夜明の行為が気に入らなかったわけでもない。
考えてみれば、俺に夜明と話したがることを止める権利がないだけだ。それだけだ。特別ここで自分の考えを押し通すことに意味を見出せなかったからでもある。ほんとだぞ。
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