第十九話 戦って、ララの最期の願い
前代未聞の一言であった。
一体、どこの世界に生き返ることのできるチャンスを不意にするような愚か者がいるだろうか。いやいない。だって、人間は生きるからこそ意味が生まれてくるのだ。
生きているからこそ、多くの可能性を形作ることができる生き物なのだ。
人間は誰しも、生に執着し、生に固執するからこそ存在することができる動物なのだ。
それなのに、生きることを拒否するなんて、そんなこと、あってはない。
『な、なんででしゅか!? 確かに、最初は生き返ったとは言えましぇんが、いつの日にか本当に生き返れるんでしゅよ!』
“人はたった一回の人生で何をするのか……もうアタシたちはそのチャンスを使い切ったの。第二の人生なんてあっちゃ、人間頑張れないでしょ?”
人生は、たった一回のチャンスをどのように使うのか。それが求められる。たった一度しか人生はない。だからこそ美しいものなのだ。それが、もう一度人生を送ることができるからと跳びつくなんて。そんなパブロフの犬のような誘いには乗りたくない。それに、だ。ホコリは言う。
“どれだけ力をもらえたとしても、私たちは私たちらしさを捨てたくない。私たちがこれまで頑張って努力して手に入れてきた力以上の物を、そんな簡単にはいどうぞって手渡されて、喜ぶほど人間は単純じゃないの”
正直、この理論は矛盾がある。どこがと言われれば、簡単に手に入れるというところ。なぜなら、彼女たちが手に入れるはずの力は、生というあまりにも大きなものを代償としているのだから。
でも、それでも彼女の言葉を擁護するのなら、きっと、自分たちが苦労して、努力して、辛い思いをしてようやく手に入れることのできる力、それを軽々しく扱えるようになることに拒否反応があるのだろう。
でも、最もその力を固辞する理由としたら、やっぱり。
“それに、ララちゃんを差し置いて生き返るなんてこと、できっこないでしょ?”
“えッ?”
“えぇ、そうね”
ホコリも満足するかのように頷いた。
“そんな、どうして私なんかのために……私、今朝二人にあったばっかりなのに!”
どうして、自分じゃなく他人本位でそんな決断をしてしまうのか。どうして、自分をもっと大切にしてくれないのか。そんなララの言葉も、二人には届かない。
“でもねララちゃん。少なくともあなたは……アタシよりも生きる価値があった”
“えぇ、そういう事よ”
“……”
意味が分からなかった。ララは、まるで自分とはまた違う人種の人間を見つけたかのように、困惑が増した。
“それじゃ、何ですか。二人は、自分たちは生きる価値がないと、そう言うんですか?”
“そう”
“私も……今となっては、ね”
“そんなのおかしいです!”
ララは、ないはずの腹の底からの声を上げた。
“生きる価値のない人間なんていないはずです。そう思い込んでいても、二人が私を救ってくれたように、二人にはたくさんの人を救えるんです! それなのに……”
いまだに二人のことが分からない。二人が、今となっては生前という言葉が付いてしまうが。生前にどんなことをして、どうしてライクがあそこまでクラスメイトから尊敬の目を集めていたのかわからない。でも、少なくとも今朝の自分のように二人によって救われた人間が多数いたはずなのだ。そして、その人間の何人かは、あるいは大多数は今でもあの学校の中にいるはずなのだ。
“今は、あの怪物、トガニンも全然微動だにしていません。でも、すぐにでも動き出すかも……そうしたら、一番に狙われるのは学校の中にいる人たちなんです……”
結局、たった数時間しかこの学校にはいなかった。実際に言葉を交わすことができた生徒はごくわずかだった。まだ、学校の全容を把握できているとは言えない。それでも、少しだけ見るだけでも分かった。その学校が、どれだけ魅力的な学校であるのか。どれだけ美しいのか。
だから、だからこそ。
“お願いです。ライクさん。ホコリ先輩……神江高校を、私の母校を、守ってください。二人には、その力があるんですから”
““ララちゃん……””
ララは、落ちていた≪エンバーミング・グロス≫を拾って言った。
“戦ってください。自分たちのためじゃなくていい。私のために、みんなのために、戦ってください!”
“……”
“それが、私の遺言です”
ララは、優しい微笑みを浮かべた。それは、これまでの形作った笑顔でも、その腹のうちに負の感情を込めた笑顔じゃない。心の底からの笑顔だった。
よかった。ララはそう感じていた。最期に、自分の本当の笑顔を思い出すことができたこと。そして、ソレを誰かに見せることができて。その誰かが、ライクとホコリというとても尊敬のできる二人に見せることができて。よかった。
それが、彼女の誇り、いや、覚悟、思い。そして※※。
その時だった。
“え?”
ララの魂が、そして宝石が、突如として光を放ち始めた。ララの持っている宝石じゃない。ダーツェが持っていたもう一つの宝石の方である。
そして、光の先はララの霊体に伸びていた。
『こ、これはどういうことっしゅ!?』
それだけじゃない。次第に、ララの持つ宝石の方もまたまばゆいばかりの光を放ち始める。
そして、その宝石は確かに、先ほどまではライクの身に光が伸びていた。でも、今はライクと、そしてホコリ、二人に向けて光が伸びている。
『まさか、選ばれたってことっしゅか!? ≪エンバーミング・グロス≫に!?』
“ララ、その身体……いや、霊体が……”
“光っているわね……”
そう、自分の身体も。さすがに宝石二つの輝きには負けるのだが、しかし光り輝いているのが分かる。何でなのか。ララにも、そしてダーツェにも分かることじゃない。
“身体が光るってのも、格好良くていいかもしれないわね”
“冗談言ってる場合ですか!?”
なんて突然のホコリの天然発言はおいておくとしてだ。
“ねぇ、ダーツェ。適合者ってことはララちゃんもその……≪エンジェル≫ってのになれるのよね?”
『え? あ、はい。そういうことでしゅ』
“なら、彼女も生き返るチャンスがある……”
『き、規則ではそういうことになるっしゅ』
“私も……生き返れる”
ララは、まるで我が子が産まれたかのような気持ちになった。
生き返る。再び生を受けるチャンス。それまで、ほとんど諦めるしかなかった生へのチャンスが巡ってきたのだ。
何万分の、何憶分の一の確率であろうソレが、自分自身に、めぐってきた。
ララは、ない胸を大きく躍動させた。
“ねぇ、ララちゃん”
“あ、はい!”
“ララちゃんは、生き返りたい?”
“……はい!”
“生きていると、辛いことやどん底に落ちて、立ち直れそうにないことがたくさんある。それでも、アナタは生き返りたいの?”
“はい、勿論です!”
ライクとホコリは、それに対し、嬉しそうな笑顔を浮かべて互いを見た。
“なら、仕方ないね!”
“えぇ、これは私たちのためじゃない。ララちゃんのため、そして……”
二人の視線。そして遅れてララとダーツェの視線はある同じ方向を向いた。
神江女子高等学校。自分たちが生前通っていた。そして、これからも通うことになるであろう学校。
“今生きている人たちのためにも”
『で、でも≪エンバーミング・グロス≫は二つしかないんでしゅよ!?』
確かにそうだ。でも、それも問題ないだろうと二人は考えていた。
“アンタの宝石の光がララちゃんに向かった瞬間、ララちゃんの持っていた宝石がアタシとホコリンを指した……ってことは”
“この宝石は、私たち二人で使うって事、でしょ?”
『そ、そうなんでしゅか!?』
宝石を持ってきた張本人ですらもわからないようだ。でも、二人にはなぜか分かっていた。いや、むしろ当然なのだろう。
なぜなら彼女たちは選ばれたから。その宝石に、≪エンバーミング・グロス≫という不思議なアイテムに。
そして、ララもまた選ばれた。先ほどまで見向きもされなかった、その不思議な宝石に。
“それで、ダーツェ。どうやって使うの? この口紅?”
『は、はい! えっと、確か≪エンバーミング・グロス≫を使うには、キィワードが必要だって、先輩は言ってたっしゅ!』
“キィワード……で、それって何?”
『それは……』
その言葉を聞いた三人は、互いに頷き合う。そして、ライクとホコリは、一緒にララから≪エンバーミング・グロス≫を受け取る。
ライクとホコリは、人差し指くらいの大きさの宝石を互いの手で挟み込むように、そしてお互いの手を握りしめあうかのように持った。
ララは、ダーツェから受け取った宝石を自らの両手で優しく包み込むとそれを胸の前へと持ってくる。
そして―――。
“““エンバーミング・リィンカーネーション!!”””
刹那。三人の姿が消えうせた。それと同時に、三つの場所に点在して言えた三人の死体もまた、塵となって消えうせた。
お役御免。そう、なってしまったかのように。




