第二十四話 あの子達が教えてくれたから
「ハァァァァ!!!」
『ん』
鉄と鉄が交差する心地よく、だがソレでいて気持ちの悪い音が聞こえる。その音は、激しく、そして耳に残る雑音としてその場にいた者たちには聞こえてくる。
まるで亡者の雄たけびにも似たソレと同時に、一人の女の子の少し気の抜けた声と共にあらゆるところから、というかとなりの工場から先ほどライクが破壊した諸々の部品が飛んでくる。
冷静になって考えてみると、ライクとミナトの二人が力を合わせていたとはいえ、工場の煙突やら建物の一部やら、それと安全のためにと付けられているネットやらといろんなものを壊したんだなぁとアメンドは呑気に思っていた。
いや、そもそもの話二人が力を合わせたとしてその結果になるのがおかしいのだと思えないアメンドにも問題がある気がする。
とにもかくにも、二人は全力で目の前のトガニンの≪足止め≫に専念していた。
二人の幽霊が、仲直りする時間を稼ぐために。
一方で二人の幽霊は、互いに互いの顔を見ることなくそのアメンド達の戦いを見つめながら言った。
“どうして調の為に正義の味方みたいなことしたの?”
まず、話始めたのはホコリである。どうして、調という見ず知らず、助けも求めて来なかった人間のために、閻魔大王に交渉までしたのか、救ったのか。前までの彼女だったら絶対にしなかった事、それを聞いた。
“それって、誰のための正義? アタシのため? それとも、調のため?”
しかし、ライクからの返答は、まるっきり違う物だった。正義の在り方を聞いて、話をはぐらかせる、か。ある意味でライクらしい返答であるが、しかしホコリはその言葉で心をかき乱される。
まぁ、幽霊である今その身体全部が心と言っても過言ではないのだが。とりあえず、彼女ははぁ、とため息をつくと言った。
“分からない。正義なんて人それぞれにあるから。だから、私達は今まで正義の味方として戦ったことなんてなかった。それが、自己満足で正義の押し付けだと思ったから”
“だったら、ホコリンの正義って何?”
“……分からない”
人それぞれにあるはずの正義。でも、自分の中の正義とは一体何なのか、調にも聞かれて、それ以降ずっと考えていた。でも、思いつかなかった。思い付くことはなかった。
自分には何もない。正義も、信念も、ポリシーも、何も。ただただ警察官になりたいと言う目標と、もう一つの目的を達したかった。ただ、それだけを理由にして蛇足的に生きてきた自分には、何も分からない。そう考えながら彼女は答えた。
“正義は人それぞれだけど、私の中の正義がなんなのか。分からない”
“分からないからこそ、他人の正義に口を出せなかった。自分勝手な理由だよね”
ライクは、ホコリの正義感をその言葉で表した。
なるほど、確かにそうなのかもしれない。自分は、自分の中の正義を知らない。だからこそ、他人の正義に対して口を出せなかった。そうなのかもしれない。
正義がなかったから、他人の正義とのぶつかり合いを避けて、遠ざけて、どこか知らないところから別の正義のぶつかり合いを見ていて、それでいて他人の正義、つまりライクの正義に首を突っ込んで、そして、死んだ。
阿呆らしい事だ。
“例え、その自分勝手な理由で誰かを見捨てても、自分が傷つかないように、自分の中の正義を決めてなかった。そうじゃないの?”
“……”
そう、なのかもしれない。もうこれ以上傷つきたくなかった。耐えきれなかった、のかもしれない。自分が正義を作ることによって、他人の正義を壊すことが、屈辱的な事であると、そう思っていたのかもしれない。
“正義は確かに人それぞれだし、それに口を出しちゃいけないのは分かるし、前までの私ならその考えに同意してた……でもね”
というと、ライクはホコリの前に出て、いつも通りの、そう、正義の味方なんてものをやっていなかった自由奔放なライクの時と同じような笑顔で言った。
“一回や二回くらい、自分のポリシーを曲げてもいいってこの間の事件で、気がついた”
この間の事件、地獄門事変の時の事だろう。自分が知らない間に起こった何か、そのせいで、彼女の理念がポリシーが崩れ去った。本当に、そうなのだろうか。
“貴方のポリシーは、理念は、そんな物だったの?”
絶対に違う。誓って、理念やポリシーと言う物は簡単に曲げることができない大切な物。その人がその人らしくいられていいようにと作られた心の杭。それを、簡単に曲げることなんてできるわけがない。していいわけがない。
理念やポリシーを忘れた人間は、二度と、目標を語ってはならないのだから。
“ポリシーや理念は正義と同じ、人生の中で何百何万回も変わる可能性のあるアメーバみたいな物”
“そんなの、ポリシーとは言えないわ”
“正義とも、ね”
“……”
“確かに嫌だったよ。ポリシーを曲げるなんて、でも周りの誰かは、そんなポリシーを曲げようとしてくる。その時点で、生きてるってこと……だってさ”
“だって?”
この時、ようやくホコリはライクの目を見た。ライクが他人の言葉に耳を貸したのもそうであるが、他人の言葉を引用したのを初めて聞いた気がするから。偉人の言葉とか、そう言う物は除いて、であるが。果たして、ライクは続けて言った。
“ポリシーとか理念とか、それは生きてるからこそ持てる。人生の目標だって、未来だって、生きてるからこそ変えていくことができる。だから”
“その、程度のことで?”
その、程度の事でライクが変わったのか。あり得ない。まさか、不良グループの時のように記憶の書き替えや洗脳をされてしまったのか。だから、こんなにも素直で、鈍直で、なおかつ愚かな選択をしてしまったのか。
いや、違う。答えはもっとシンプルな物だった。
“そ、その程度のことで、あぁ私生きてるんだなぁって、そう思わされた。それくらい、あの子達の生きざまも、覚悟も半端なかった”
“生きる、意思……そして、覚悟……”
残念なことだが、この言葉にはホコリもどこか思うところがあったようだ。経験していたから、二人、いやエンジェルと、そして数名の天使は理解していたから。その生きる意思、そして正義を守るための覚悟という物を嫌というほど見せつけられたから。
あの時はとんでもなかった。語彙力も減ったくれもない言い方をすればヤバイ、としか言いようがない状況。
地獄門事変。トガニン達の野望に利用されるために、ミナトや、九十九の赤子の魂を地獄の奥底に連れていかれて、そんな彼女たちを救うために、エンジェル三人と、そして数名のある戦士たちを幽体離脱させて天へと乗り込み、そこにある地獄の門を通り抜け、乗り込んだ自分たち。
だが、地獄の中に入るには相当なリスクがあった。その地獄の中にある瘴気は、トガニン達の怨念や邪念、そして雑念などが入り混じるまさに魔境。その中に普通の人間の魂が入ってしまえば、たちどころにそれに包まれ、トガニン化してしまい、二度と地獄の外には出られなくなるのだ。
今回の事件のように、トガニンとして、異形の怪物として現世に降り立つ、以外は。
しかし、対応策は一応あった。天から、瘴気とはまた別の聖なる霊気を送り続けることによって地獄の門の中にいる普通の霊たちを守ると言う方法が。だが、そのためには、地獄の門をずっと開け続けなければならなくなる。
地獄の門は、開けっ放しにするとその中からトガニンがその門から溢れ出し、瞬く間に天いっぱいにぎゅうぎゅう詰めになるほどの悪しき魂が充満してしまうのだ。
一応、地獄の門にはソレを制御するための安全装置がついてあったのだが、ソレの制限時間は≪四十四分四十四秒≫。それを過ぎると、扉が閉められ、中にいるトガニンではない魂も閉じ込められてしまうと言う物。
だから、自分たちは早急にトガニンから赤子とミナトの魂を連れ出さなければならなかった。
しかし、戦いは壮絶な物だった。
元々地獄から脱走した十五人のトガニンだけではない。地獄に送り返したはずのトガニン、そして脱走していなかった地獄の住人のトガニンも含めて多くの敵が自分たちに襲い掛かってきた。
結果、その対処に時間を喰われることになり、ホコリとライクは一度離れ離れになることがあった―多分その時なのだろう。ライクが心変わりしてしまうきっかけが作られたのは―。
そして、地獄門事変最大の戦いともいえる催眠術史師のトガニンとの戦い。
その時点で、残り時間はもう半分を切ろうとしていた。エンジェルであるクライム、パニッシュ、そしてアメンドは幽霊であるから帰る時は全速力を出せば例えどれだけ時間一杯であったとしても時間内に帰る事ができる。
しかし、幽体離脱していた数人の少女たちは違う。彼女たちは、その足で、その物量のある霊体で地獄の門を目指さなければならない。だから、エンジェル達は彼女たちを先に帰らせて、自分たちだけでトガニンとの決戦に挑もうとした。
そして始まった戦い。アメンドの全身全霊をささげた、そして自分たちも≪当時のリミッターギリギリ≫まで踏ん張った激闘、しかし次第に劣勢になっていく戦いに、クライムとパニッシュは奥の手を出す手前まで追い詰められていた。
その時だった。地獄の門に帰ったはずの少女たちが、現れたのは。
どうして来たの!
そんなクライムの言葉に、少女の一人が笑顔で言った。
友達を見捨てて自分たちだけ助かろうとするなんて、絶対に嫌だ!!
と、まるで、アメンドのような煌びやかな笑顔で、自分たちが地獄に取り残されることも≪覚悟≫して、彼女たちはエンジェル達を助けに帰って来たのだった。
そして、少女たちの協力もあって、トガニンの野望を潰すことができ、そして赤子やミナトの魂もまた、地獄という本来であれば存在することができない異物であると認識されて、地獄の門の外まで運ばれて全部解決した。少女たちの犠牲という最悪な結末を前にして。
もう、今から地獄の門に向っても間に合わなかった。その上、地獄の最奥であることから天からの聖なる霊気が薄まっていたのだろう。劣悪な環境は、彼女たちの身体を汚染しており、その霊体の一部がトガニン化し始めていた。
言う事を聞かない自分たちの身体を押して、それでも門の外に出ようとしている彼女たちを見て、そう、あの時声を上げたのはクライムだった。クライムは、ミズキやカナと言った一緒に着いて来ていた天使に少女たちを門の外まで運ばせることを提案、自分たちはいち早く門の外に出て、門が閉じないように抑え込もうと、そう言ったのである。
そして、残り時間一分になるまで門を抑えていたエンジェル達。しかし、門の力はエンジェルである彼女たちでは到底歯が立たない程重いものであり、徐々に閉じていくソレを前にして、クライムは笑顔で、パニッシュに言った。そう、言っていたのだ。
「パニッシュ」
「なに!?」
「門が閉じそうになったら、私も地獄に残る」
「はぁ!?」
「あんないい子たちが地獄に落ちて、私みたいないい加減な人間が残り続けるなんて、そんなの身勝手すぎるでしょ!」
と。それこそ、身勝手な理由だ。けど、あの時はまだクライムが突飛な発想ばかりする人間だからと、それで納得して、自分は行かないわよとパニッシュが言うと、それでいい、と返してくれたクライム。笑顔で、そこには何の悔いもなさそうだった。
そして、ついに門が完全に閉じ切ろうとした、その、瞬間だった。
門が、大きく開かれたのは―――。
“それを、真似したいってそう思ったんだよね!”
“……”
クライムはとても清々しい笑顔で天を見上げた。あの時、地獄に取り残され≪そうだった≫少女たちを助けるために集まった女の子達。ある子は制限時間いっぱいで溢れ出そうとしていたトガニンを押し返し、ある子は中に入ってすぐ近くまで来ていた、件の子達を乗せたミズキとカナの馬車を押して。そして、たくさんの子達で扉を押し開けて。
その勇気と覚悟を見て、それを真似したいとのたまう彼女は、どこか、憑き物が落ちたかのようで、パニッシュはそれが羨ましく感じた。
“納得した?”
“してないわ。でも……忠告しとくわ”
“?”
納得なんて、できるわけがない。したくない。だって、ソレを認めたら自分≪も≫。
でも、それでも彼女があえて正義の味方を名乗ろうとするのならばこれだけは言っておかなければならない。
“私達が正義の味方を名乗る事は、誰かの正義を、守るべき物を壊さないといけないそれは言ったわね。そして、一度正義の味方をやったら、ずっと、その呪いを受けて戦わないといけない。尊敬の念と奇異の目、それにプレッシャーを受けながら、戦い切るしかない。戦えなくなるか、その命が、尽きるまで”
正義の味方とは、大変な物だ。他人の正義を否定しぶち壊し、それでも自分が正しいとのたまう自己中心的な物。ソレを志した瞬間から、その人間の正義は正義ではなくなってしまう。正義の押し付けとなってしまう。
正義の味方とは、他人の正義に自分の正義を押して付けて、ぶつかり合う職業の事なのだ。
そして、一度正義の味方を始めたら二度と後戻りすることはできなくなる。ホコリの言う通りに、戦えなくなるまで、あるいはその命が尽きるまでは。といっても。
“命尽きるまで、か。その命、もう尽きてるけどね”
“一度だけ、ね”
ホコリは、フッと笑った。そう、≪一度だけ≫失った命だ。本来なかった≪二度目≫なんて求めてはならない命だ。
でも、そんな事誰が決めた。
自分だ。
そんな自分のポリシーを真っ向から否定したのは誰だ。
アメンド、ララだ。
そして、今のライクだ。
あの子達だ。
正義の押し付け合い。正義のぶつかりあい。
いや、自分には正義なんてものなかった。だからなのだろうか、自分の正義を見つける前に他人の正義を受け入れる。それが怖かったと、そう思ったのは。
“全く、貴方もあの子も、あの子たちも、そして……私も、皆自分勝手、でも、それもまた……生きてるって、ことね”
死んでるのに、生を実感できるなんて思ってもみなかった。そう感じ取ったホコリは、ため息と一緒にその顔に笑みを見せて言った。
“いいわ、付き合ってあげる。正義の味方が邪道であるのなら、その邪道の道を歩いていく、それが私達”
そうだ。そもそも自分たちは邪道を行く者だった。他人のそれとは全く違う人生を送ってきて、全く違う生き方をしてきて、反発して、利用されて、屈辱を味あわされて。
まさしく、外道ともいえる生き方をしてきた自分達。
だったら、その邪道の道こそが自分たちの歩く道にふさわしい。
“天邪鬼、とも言うけどね”
“そうね”
と言って、ホコリとライクは笑い合った。もう、正義の味方なんて物を馬鹿にしていたホコリはいない。ライクにほだされたのか、あるいはライクをかどわかしたあの少女たちにほだされたのか、そのどちらでも構わない。でも、ただ一ついえる事があるとするのならば。
この瞬間、本当の意味で三人の目標が一致したと言う事。
二人は、拳を突き合わせる。当然ソレが相手に当たることはない。しかし、いつの日にか、生身の姿でその拳を突き合わせることを祈って、二人は拳を相手の手に重ねた。
≪生き返る≫。そんな邪道の道を二人で究めることを決意したかのように、その証であるかのように。




