第二十二話 トガニンより危険な奴
スタンガン、煙玉、モデルガンにパチンコ。生前の自分は常に≪非≫殺傷武器を用いて不良などの輩を懲らしめて来た。
しかし別に、武器に頼らざるを得なかったと言うわけじゃない。格闘術だって身に付けていて、常人では決して勝てないような領域に彼女は存在していた。
しかし、ならばなぜ、福宿求来は武器を使わざるを得なかったのか。
簡単なことだ。
もし、それ以外の方法を使ったら、彼女は。
相手を殺していた。
彼女にはそれだけの力があった。それだけの技術を持っていた。
しかし当然のことだがどの世界でも殺人は犯罪。例え正当防衛であったとしても、いや過剰防衛になりかねないこともある。
だから、彼女は相手を≪殺さないために≫格闘術を封印し、また非殺傷武器を用いることによって眼前の敵を駆逐してきた。
手加減すればいいのでは、と思うかもしれない。お情けをかけて、瀕死直前で止めればいいのではと、思われるかもしれない。
しかし、それはできなかったのだ。
彼女の中に、悪魔が住んでいたから。
人を殺すことができるかもしれない。傷つけることができるかもしれない。そう言うワクワクやドキドキが胸中から湧き上がってきて止まらなくって、ついつい相手を殺してしまうかもしれない。そんな不安が、彼女の中にあった。
だから、彼女は相手を殺す可能性のある武器は使ってこなかった。相手に致命傷を与えられる武器を使ってこなかった。相手に相応の武器しか、使ってこなかった。
でも、今回は違う。
今回の相手は、まごうことなく怪物であるトガニン。それも、その手には初戦の相手だったトガニンと同じ刃物を持っている。
これは偶然だろうか。いや、違う。運命だ。
ララがエンジェルとして戦う理由を見つけたように、どれだけ辛くても、犠牲を払ってでも、他人を使ってでも生き返りたいという理由を見つけたように。
自分もまた、エンジェルとして戦う理由を見つけるための戦い。そのためには、≪人間≫を模したこの殻堕で敵と戦うのもピッタリのシチュエーションだ。ライクはそう考えて居た。
ふと、不思議に思ったことがある。彼女はトガニンに向かう途中で、胸に手を置いた。
高揚感が、湧いてこない。あの、胸の中で大音量のロックがかかっているかのような鼓動を感じることができない。既に死んでいるので当たり前の事であるのだが、しかしそれが逆に彼女の精神安定につながったのかもしれない。
そう、彼女は今正気を保っているのだ。人を殺傷することができる武器をその手に持っていると言うのに、その正気を保ち、いつもの笑みをも消して、真剣に敵に向き合って、そして。
動かないで、ララちゃん
確かに、そう聞こえた気がした。アメンドは相手のトガニンの脆い刀による攻撃をいなしている最中であった。例え、その刃先がボロボロであったとしても、トガニンの使用するソレが強力で、なおかつ危険な存在であることに変わりはない。
一度斬られたらどうなった物か分かった物じゃない。立ち止まったら、たちどころに斬られてしまう。そう、アメンドは思っていた。だから、止まるなんて、自殺行為。そう、思っていた。
思ったはずなのに、何故だろう。不思議と、その声に安心感があったのは。どうしてだろう。まるで、遠い昔の故郷に置いてけぼりにされた記憶が、芽をはやして、巨木になるために大きく成るかのように心の中に澄み渡ったのは。
だからなのだろう。彼女は、その声を信じて、動かなかった。そして、次の瞬間。
「え……」
アメンドの目の前を、一人の人間の形をした≪カイブツ≫が素通りした。悪魔のような、殺意をその偽物の肉体から曝け出しながら。
「フッ!」
ライクだ。ライクの、殻堕だ。どうして、ソレを≪カイブツ≫と誤認してしまったのだろうか。何故、その少女をそう幻視してしまったのだろうか。
分からない。分からないことだらけで頭がこんがらがりそうになる。そう思った。
その瞬間か、いや、違う。≪絶対に動くな≫。その命令が耳に届いてから、一秒たりとも経っていなかった。そう、世界はわずか0.1秒の世界に突入していたのだ。
アメンドは、その貴重な体験をすることになった。極めて人間に近く、そして獣にも近い獰猛な怪物のすぐ近くにいるおかげで。
そのおかげで、彼女は銀色の絨毯を目にすることになった。
「え……」
今のって、まさか。気がついたら、ライクは抜刀、そのまま、恐らくトガニンを切り裂いたのだろう。そしてそれがトガニンの身体を通過したのだ。その、あまりの速さで残った残像を見て、自分はつい銀色の絨毯という言葉を使ってしまった。
だが、その正体は単純にして人間離れした存在。ライクが抜刀したその刀身の光だったのだ。あまりにも早すぎて、目に残った、いや魂に刻まれた抜刀によって作り出された美しい空間。
風が、空気が、そして音が固まった。そう思えるくらいの静けさが、その場を包み込んだ。ライクの、整った顔立ちが目に映る。その顔つきは、いつもの彼女のソレとは全く違う。真剣な物。
まるで、戦っている時の自分と同じような、真剣な顔つきをしていた。そこにはもう、笑顔で戦うライク何て存在していなかった。前までのように、戦いを楽しんでいるかのような彼女の姿は、存在しなかった。
笑顔でいられるはずがない。真面目に、命と向き合う戦いをしている、そんな人間に笑顔なんて似合わない。ライクのその表情は、まるでそれまでの彼女自身を否定しているかのように見え、そしてなおかつ、これからの己が今までの己と決別するかのような、そんな意思を持っていた。
離別とも言うのかもしれない。
ライクは、腰に差した鞘を抜くと、自分の真正面にソレを一文字に差し出し、そして、抜刀したソレを入れた。まるで、神を奉納するかのように正確に、そして仰々しく、なおかつ。
≪グオォォォォォォオォォォオォォォォオオオオオオオ!!!!!!≫
ド派手に。
彼女が刀身を鞘の中に入れた瞬間、トガニンが悲鳴に近い声を上げた。いや、それだけじゃない。トガニンの向こうに見えていた海も、そして工場の煙突もまた、悲鳴を上げる。この世の物じゃないような人間が、決して出しえない悲鳴。
物が壊れる音。海が割れる音。そして、トガニンが切り落とされる音。
ライクはそれらを全て斬り捨ててアメンドに顔を向ける。そこには、それまでの真剣な顔つきをしていた彼女はいない。儚げな顔をしたライクの姿があった。
「大丈夫。あの工場の人たちも天使の粉で固定化されているから、人的被害はないよ」
「え……」
なにか、不思議な気がした。彼女が人的被害、つまりその攻撃による被害者が出ることはないと言ったその瞬間、頭の中で違和感を感じた。
もちろん、≪他人の命のために戦っている≫存在にとって、人的被害が出ることは決して許されるわけない。だから、その言葉は本来それほど大きな意味をなすものではなかったはず。
でも違う。彼女だからこそ違和感が出るのだ。彼女と言う、≪城道楽楽≫の命一つを救うためにだけ戦っているライクだからこそ、違和感が出てしまうのだ。そしてライクははかなげな顔をしたままで言う。
「アメンド、実は私。内緒にしていたことがあるの」
「な……なんです?」
「私って実はさ」
考えてみれば、敵が目の前にいる状態でこのような話をしていいわけがない。トガニンが目を光らせているこの状態でやっていい会話などではない。それなのに、ライクは本当に清々しいほどの笑顔で言うのだ。
そう、これはもう、戦いなどではない。ましてや、殺し合いなんかじゃない。これは、ただただ身勝手に命を棄てられた者が、身勝手に命を奪う者から命を取り戻すための伝記録。
そして、彼女自身が既に戦いが終わったと思っている証左でもあった。
「拳で戦うよりも、武器を持って戦うのが得意なんだよね」
≪グォォォォォォォ……≫
その言葉を待っていたかのようだ。トガニンの身体は、上下に真っ二つとなって別れ、そしてその上半身が地面に落ちた。
凄い。その一言しかなかった。恐らくだが、ライクは居合斬りを、トガニンに向けて繰り出したのだと思う。その切れ味は抜群で、よく見なければ分からないが、断面図も平たく、もしライクが一文字よりも≪やや斜め≫に斬っていなければ、そのまま何事もなかったかのように鎮座していたのではないか。
そう思うほどに綺麗な断面図に、思わず驚嘆してしまったアメンド。
けど、納得がいかないことがいくつかある。その中でも一番の謎は、どうらってソレで、トガニンを倒したのかという事なのだが。
「アメンド」
「は、はい!」
「多分少ししたらトガニンは復活すると思う。だから、その前にトガニンの≪死刑≫を実行するよ」
「え……」
自分一人で、という事か。いや、違う。その場合だったら、死刑を実行≪して≫となるはず。しかし、彼女の言葉は、まるで自分と一緒に死刑をしようと、そう言っているかのように思えた。
「でも、エンジェルに転生していない状態でどうやって!?」
と、至極真っ当な疑問を呈した。すると、何者かにスカートを引っ張られたような感覚がした。
「ミナトちゃん?」
見ると、そこにはミナトの姿。ミナトは言う。
『アメンドのエンジェルの力。私の超能力と天使の力。ライクの魂の力。ソレを全部合わせればできないこともない』
「え、そ、そうなんですか?」
「という事、さ、やろ。アメンド」
と言って手を差し出してきたライク。
ミナトは超能力者であり、そして天使である。そして、その力を使ったからこそ、ライクの刀に力を与えることができ、この惨状を作り出すことに成功した、後からそう聞いた。まさしく、彼女でなければなしえなかった行いだ。
忘れていたが、確かミナトもまた送迎班の天使。その力と、超能力と言う自分自身の力。その二つを駆使すれば、トガニンを地獄に送り返すこともできるのかもしれないそうだ。
不確かな情報だ。しかしそれと同時にもしも本当にそれでトガニンを死刑に処することができるのであれば。
自分達だけで、トガニンと戦うことができるのなら。
そう―――なれば―――。
アメンドはその手を取ろうとして、そして―――。
「ッ!!」
「え?」
振り払い、鎌を出現させたのであった。




