第二十一話 銀色のカーペット
いつ、ぶりだろうか。こんなにも精神が研ぎ澄まされているのは。周囲の音が何にも聞こえない程に集中力が上がっている。よく、感覚が研ぎ澄まされる状態という物を聞くのだが、彼女の殻堕はその感覚を失っているために、研ぎ澄まされるものはない。
そのはずなのに、彼女は感じていた。風が身体に当たるのを、飛ばされた塵が顔に当たるのを。感じ取ることができた。
いや、≪感じている≫のではない≪勘が戻ってきている≫のだ。自分が、才能に溢れていた、あの時代の勘が。
それでもなお冷静でいられるのは、死んでいるおかげ。皮肉な物だ。生前手に入れたかった能力を、死後に手に入れることになるなんて。何とも、皮肉で、そして無様で、滑稽だ。
でも。
「それでいい。これでいい。これが、≪生きる≫って事……」
『え?』
「ううん、なんでもない」
ライクは死んでからやっと取得することができた能力に自嘲しながらも、しかしミナトに一瞬だけ笑みを見せた後ゆっくりと首を振って、臨戦態勢を取る。と、同時にミナトに指示を出す。
「ミナト、刀に超能力を授けて」
『……やってみる』
ミナトは少しだけ考えた後、ライクの刀に触れると自らの力を詰め込むように気合を入れた。
『んん』
勿論、その声は気合が本当に入っているのかどうか分からない代物であった。そして、その姿を見ている周囲の人間たちは。
「あの子、何をやってるの?」
「えっと、それってライクの方? それともあの天使の子の方?」
『だって、調』
「両方、よ」
調の疑問に最初に応えたのは、牟六であった。しかし、調の言葉を、ミズキが中継役として彼女に伝えた。すると、調から帰ってきた答えは、両方。つまり、ライクも、ミナトも、一体何をやっているのか、それを聞きたかったのである。
だが、生きている者たちは知らない。なぜならば、その行動の意図を知っているのは、エンジェルである三人と、一部の天使だけなのだから。
そう、その一部の天使の一人であるダーツェが言う。
『きっと、地獄の門事変の時の攻撃を再現しようとしているんでしゅ!』
「え?」
「どういうことなの、ダーツェ?」
と、鳴が聞くと、ダーツェは緊張した面持ちと、それから念のためにホコリを一瞥してから言った。
『そもそも、地獄の門事変の時にあのミナトしゃんが攫われた理由は、超能力者だったからなんでしゅ』
「え!?」
「超能力者……そんなものが現実に……」
『いたんでしゅ。そして、その超能力は私たちも驚くことに、魂にも効果がある、干渉することが分かったんでしゅ。つまり、この世界で言うところの幽霊にあの子は攻撃することができるんでしゅ』
「えぇ!?」
以前、ミナトが幽霊釣り、なる物を行っていたことを覚えているだろうか。あれもまた、ソレの応用である。そして今回の大物であるトガニンもまた、その超能力を発揮したことによって釣り上げた存在。
そして、地獄の門事変の時にも、ミナトは自分の超能力を駆使して何度かトガニンを傷つけることに成功していた。つまり―――。
「それじゃ、その力があればトガニンを倒すことも」
“無理ね”
と、牟六からの言葉を一刀両断したホコリは、今もなおトガニンの方に向かっているライクとミナトを見ながら言った。その、背中からにじみ出てくる緊張感は、見ていて吐き気がしてきそうで嫌になるほど。
果たして、ホコリは舌打ちを一度してから言った。
“あの時の事変で、あの子の超能力がトガニンに通用したのは事実よ。でも、それもほんの少し。すぐに再生して、結局あのトガニン達を≪死刑≫にしたのは私たち”
「それじゃ……」
「ライクさんがやろうとしていることって……」
「ッ!」
無意味という事なのか。ソレを知っている上で無謀にも敵に向かう。そんなの、危険すぎるだろう。
鳴はライクを止めるべく走り出そうとした。しかし。
“行ってはダメ、危険よ”
「でも!!」
“あなたも、命を失いたいの? 私たちのように……そして、あの時のライクのように……”
ホコリは、≪あの時≫という言葉を発するとき、一瞬だけ目を凝らすかのように瞼をやや下に下げた。その姿は、ともすれば怒りもこもっているかのよう。自分たちの、愚かな行動を思い出して悔やんでいるようにも見えた。
そう、あの時と同じだ。正体不明の人間に対して死の危険なんてものともせずにスタンガン一つで立ち向かっていった、ライクと同じ。いや、それ以下だ。鳴は何の武器も持っていない。何の力も持っていない。そんな人間を、死地に向かわせることなんてできなかった。
「ホコリ先輩……」
「……先輩、一ついいでしょうか?」
“何、牟六?”
ふと、ここでホコリの行動に違和感を覚えた牟六が鳴の前に立って言った。
「先ほど、貴方は正義の味方という物を否定しました。人にはそれぞれ正義があるのだと。自分たちの正義を押し付けるべきではないのだと……では、今貴女のやろうとしていることは、正義ではないのですか?」
“……”
「友達のことを助けたい。そう願う行動は、正義ではないのですか?」
“……”
「貴方の正義は、一体何なのです、ホコリ先輩」
“私の……正義は……”
自分の正義、牟六に言われてはっと気がついた。確かに今、自分は鳴の正義を邪魔している。自分の中の正義のために。
でも、≪そもそも自分の中の正義とは何だ≫。というより、自分の中に正義という二文字が宿っているのだろうか。自分からすべてを奪った男を殺したい。人殺しをしたい。そんな事を願った自分の中に、本当に正義なんてものがあったのだろうか。
果たして、正義の味方とは何だ。自分とは一体何なのだ。どうして、自分は戦って来た。どうして、どうして、どうして。おかしなことに、ソレまで頑なだったはずの彼女は、牟六の言葉によってかき乱される。
脆い、あまりにも脆い少女達の反乱、しかし確実に一人の少女を止まる正義。そして。
「フッ!!!!」
“ッ!?”
次の瞬間であった。ライクは腰に下げた刀をトガニンの目の前で抜刀。いわゆる、居合斬り、と呼ばれる物を行ったのである。
トガニンの目の前で開かれた銀色の剣のカーペットは、トガニンを通過し、そして残ったのは。
≪……≫
「……」
無傷のトガニンと、その前でたたずむライク、今もなお力を入れているらしきミナト、そしてその光景を一番間近で見ていたアメンドだけであった。
そう、まるで台風が過ぎ去った後の空と海の様に思えるくらいの、静けさが一瞬過ぎ去ったのであった。




