第二十話 思ってた……
“エンジェルになれない?”
『どうして?』
困惑するホコリ、そして調以外の人間、幽霊、天使たち。いつもだったらあの言葉を発すれば、自動的にエンジェルに転生することが可能であるはず。
それなのに、どうして。いや、いつもと違うところは確かにあった。そう、例えば―――。
“……”
ホコリが、その呪文を唱えなかったところ、か。いや、ただそれだけなのだろうか。
“ホコリン、一回だけ、一回だけでいいから私に声を合わせて”
“……えぇ”
ライクの言葉に、ホコリはどどめ色のようなため息にも似た声を発して、そして、言った。
““エンバーミング・リィンカーネーション””
と。
しかし、結果は変わることはない。彼女たちの肉体はいつものようにエンジェルの姿になることはなく、霊体のままその場に浮かんでいるだけだった。
「そんな、どういう、うわぁぁ!!?」
その様子をトガニンと戦いながら見ていたララ。トガニンの刀での攻撃は、かなり大雑把な物で、流派のようなものは存在しない様子。だからなのか、戦っていると次第にその姿がスローモーションのようになってきて、受け流すことも、防ぐことも、避けることも可能になっていた。
いや、もしかしたらこれも、自分たちのような少女たちと出会った、あの事件の経験がそうさせているのかもしれない。あの子たちとともに大事件の一つを解決したと言う自信が、彼女にその力を分け堪えていたのかもしれない。
であるのならば、何たる皮肉である事か。ララに力を与えたのが彼女たちであるのならば、ホコリから力を奪ったのも、彼女たちとなるのだから。
“どうやら、互いの心が一致してないと転生できないみたいだね、ホコリン”
“……”
と言ってホコリに向ってはにかんだ笑顔を見せるライク。ホコリは、ただただ下をじっと向いているだけだった。
“……思ってた”
いや、違う。何か小さく言葉を発してるようだ。しかし、その言葉はあまりにも、あまりにも小さい物であったためにライクたちは聞くことができなかった。
が、当然のことながら彼女は聞くことができる。
「私と同じと思っていた、だそうですよ。ライクさん」
“ッ!?”
“そのイヤホン付けてても耳は良いって矛盾してるねぇ?”
「ふぅ、イヤホンを外すのも、できればこれが最後にしたいわね……」
“なるほど”
調は額に油汗をかきながら≪もう一度≫音のない世界に入り込んだ。そんな彼女の姿を見ながら、ライクは聞く
“で、私と同じと思ってたってどういう事?”
“……”
ホコリは、その言葉を聞いても、まるで怨霊にでもなった様な顔つきで下を向きながら言う。
“あなたも、私と同じ人種だと信じていた。同じ考えをもって、同じ理念を持って、ポリシーを持って生きている、そんな存在だと、そう思っていたのに……”
“人生はたった一回しかないの件、か……引っ張るね、ホコリン”
と、おどけて見せたライク。しかし、彼女も知っている。それが、ホコリにとって心の支えになっていたと言う事を。だからこそ、彼女は、すぐに真剣な顔つきになって真正面から向き合い、そして、言うのだ。
“でも、人生のルートは一つとは限らない”
“それの意味が分からないからこうやって悩んでいるんじゃないの!”
まるで、土嚢でせき止めらえていた川の水が氾濫したかのような怒りをあらわにしたホコリはさらに言う。
“あなたはいつもそう。重要な事は何でもかんでもわざわざ難しい言葉に言いなおして相手にどういう意味なのかを考えさせて、それがどれだけストレスになっているのか、分かってるの!?”
「それはホコリ先輩も同じです」
「『“うんうん”』」
“うぐ……”
ライクも含めて、ほぼ全員が頷いた。言われてみれば、そうかもしれない。自分もライクと同じ、というかライクに影響されたのかもしれないが、普通に話せばごく短いもので済むような話を、わざわざ相手に考えさせるように、試すようにする言い方をしていたのだ。自分の、気がつかない間に。
そして、結局はこうしてその反動が襲い掛かっているわけなのだが。まぁ、それはともかくだ、ライクは畳みかけるような笑顔を見せると叫ぶ。
“まぁ、転生できない物は仕方ないね、ミズキ!”
『なに?』
“私の殻堕、持ってるでしょ?”
『え?』
突然の提案にあっけにとられたミズキ。確かに、馬車には彼女の殻堕が乗っている。これは、ライクからの指示で、トガニンが現れたら自分の殻堕を馬車に詰め込んでほしいと願われたからそうした。
しかし、その時点で彼女も少しおかしいと思っていた。トガニンは、エンジェルとなることでしか戦う事ができない相手、そんな相手の場所に、殻堕を持っていく理由なんてあるのかと。
だが、ライクにはちゃんと理由があったのだ。ライクはとても素晴らしくかっこいい笑顔で言う。
“その殻堕の中に私が入ってアメンドに加勢する。ホコリンはここにいて”
『え……?』
この言葉に、驚かない人間は誰一人としていなかった。
『何言っているのか、分かっているの? この殻堕は戦いに関しては何の機能も持っていない。普通の人間の身体と同じものなのよ……いえ』
“人間と違って、ダメージを受けたら出血するだけじゃすまない……魂が流れ出て、魂の死を迎える可能性がある。ソレを分かって……”
ミズキの言葉に続いてホコリが最終確認をするかのように言った。果たして、ソレに対する答えは、やはり太陽のように清々しい物だった。
“だってエンジェルになれないんじゃそうするしかないでしょ?”
と。
何と馬鹿の一つ覚えであろうか。一度本物の肉体で死を迎えたと言うのに、何故それと同じ力しか持っていない殻堕で戦おうとするのか、ホコリはため息しか出てこない。
“好きにしなさい……私は、もう……面倒見切れないわ”
“見限った、の間違いでしょ?”
“……”
“いいよ、それでも。私は今、私ができる事をするだけだから”
といって、自らの殻堕の中に入ったライク。殻堕は、前日から衣装を変えていないから学校の制服のままだ。そして、言う。
「牟六、鳴は調をお願い。ミナトは私と一緒に来て。ミズキ、カナ並びに天使たちは、例の粉を撒いて人間たちを守って。余った子たちはその分調たちの護衛に付けて、良いね?」
「は、はい!」
『分かった』
と、口早に指令を出したライク。因みに、殻堕の中に入った状態というのは、生者と認定されているのかその言葉は調には届いていない。だが、彼女のすぐ横にいるダーツェが、同時翻訳してくれているおかげで、調にも彼女が何を言っているのかが理解することができていた。
そして、各々が自分のするべきこと、というよりもライクの言葉を受けて動き出したところを見て、彼女は今もアメンドと戦っているトガニンを見た。
「流派は我流……あのボロボロの刀で斬られたら、断面がああなることも分かる。つまり、アレがあの公園の殺人を犯した犯人……」
分析、そして判断。大丈夫だ。自分の判断能力は狂ってはいない。≪あの時のように≫引き際を間違えることはしない。いや、何より今の自分はあの時の自分とは違うところがあるのだ。それは―――。
「ミナト」
『ん』
ミナトという、心強い天使仲間が増えたところ、だ。
「例の釣り竿を使って、私の部屋の中から≪S-33≫を取り出して」
『窓割れる、それに壁も』
「後から直す」
『分かった』
というとミナトは、幽霊吊りに使用していた釣り竿を取り出すと、そこに向けて自分の超能力を駆けていく。
そして。
『ん』
気合を入れたのかそうでないのかよく分からない抜けた声を出して釣り竿を振った。
その竿から出た糸ははるか遠くにまで伸びていき、次第にその先が見えなくなった。
それから数秒後。手応えがあったのか顔色をやや変えたミナトはライクの顔を見る。
『来た』
「ありがと」
「一体、何を……」
ライクは虚空に手を差し出した。その様子を遠目から見ていた牟六達は、その不思議な行動を物陰から不思議そうに見ていただけ。ホコリに至っては、その姿を見ることなく只々空を見ているだけだ。調はそんなホコリの姿を見ることはできない。しかし、呼吸をするその頻度で、彼女が何か悩んでいることを察した。
果たして、声をかけるべきなのだろうか。そう、調が考えている時だった。
『あ、何か来た!』
「え?」
天使の一人が、そういって指を指したのである。多分。目に見える事ではないので仮定でしか話すことができないのが煩わしいが、しかしとある方向から何か細いものが飛んできているのは確か。
あれは、一体。
“ライクのコレクションの一つよ”
「え?」
「コレクション?」
ホコリが呆れるように言った。いや、コレクションって言っても確か彼女の部屋はとても殺風景で、物なんて何も置いていなかったような気がするのだが。そう疑問を呈した天使や人間たちの言葉に、やはり、あきれた様子のホコリは言う。
“公にできないから隠しているのよ”
「?」
“≪S-33≫のSはSWORDのS……つまり”
「よっと!」
と言っている間にも、ライクは飛んできたソレを回転しながら受け止め、すぐにスカートのベルトの通る穴に鞘を差し入れた。
そして―――。
「さぁ、殺しあおうよ……トガニン……」
“刀、よ”
その時のライクの表情は、あまりにも狂気的な物で、その顔を見るだけでも漏らしそうだった。そう、後に人間たちは語る。




