第十九話 なんで、そうなるのよッ!!!
これは、何?
“フッ! ハァァァァ!!!”
何が、起きてるの?
“こっち、逃げて”
「え……」
今の声、誰? 聞こえる、今までよりも≪ハッキリ≫と、でも、人の声よりも小さく、声が聴こえる。
一体、どうして。
目の前では刀を持った化け物が飛んでくる岩や、看板などの物に当たって、しかしそれでもかまわずに≪声のする方≫に威嚇をする。
しかし、その威嚇に対して、さらに大きな岩石に瓦礫、またテーブルや机などと言った物が怪物の方に向かっていき、次第に怪物、たぶん彼女たちがトガニンと呼称した存在だろうソレは、よろめき、倒れた。
“あれ、私の≪超能力≫使ってる。だから、強くなってる……”
「え、そう、なのですか……」
彼女は、その言葉に何故か納得してしまった。何の疑問も、湧いてこない、いや疑問しか湧いてこないけれど、それが一周回って納得に昇華されたのかもしれない。この状況の中で、どの様な説明をされても無意味であると、脳で勝手に判断を下したのかも。
けど、そもそもの疑問、ソレを解決しなければ話は進まない。
そう、自分の心の中でずっとくすぶっている問題。今まで胸を締め付けて来た、頭を痛めて来た、そんな存在のほとんどが消え去ってしまったという事実に。
人間として、大切なものが失われたと言う感覚。人の、大事なピースを一つ失った感覚。
なのに、その世界がとても心地よかった。
そんな世界に感謝してはならないと、そう思っているはずなのに。自分はまるで元からその世界の住人であるかのように馴染んでいる。
もしかしたら自分は心の底ではこんな世界を望んでいたのかもしれない。ずっとずっと、耐えて堪えて耐え抜いて来て。
でも、逃げたかった。逃げ場所を探していた。
だからこそ、≪天≫という場所に行こうとした。自分の命を絶って、その世界へと行き、この地獄の苦しみから解放してもらおうとした。
でも、これは、この世界は―――。
そんな、不確定要素のたくさん詰まった世界ではない、自分の知っている日常の中にある世界。いや、本来であればあったはずの世界。
自分が、あまりにも神経質であったからこそ体験することができなかった世界。
その世界を、今自分は体験しているのだ。
なるほど、彼女の言葉≪半分死ぬ≫とは、こういう事だったのか。どこか、納得したような表情を浮かべた女性は、天使と思われる女の子の声に従って、その場から離れる。
“あなた、確か……”
「この声は……」
その時だった。彼女たちとすれ違ったのは。
「嘘、調さん!?」
「どうしてここに……」
鳴と牟六、並びにミズキは顔をこわばらせる。この場所にいた、調という女性に対して。
“二人とも遅い!!”
唖然としている少女達を尻目にポルターガイスト現象を引き起こして戦っているライクが叫んだ。そう、そんなことはどうでもいいのだ。
いや、どうでもいいわけではないのだが、この場所は事前に超能力天使ミナトと他数名の天使によって人払い、あるいは結界を作る粉を散布しているためその場から逃げ遅れた人たちには問題もない。現在ライクがトガニン相手に使用している諸々の物品の被害額はさておくとして、人的被害は考えられない状況だ。
だからこそ、牟六達はゆっくりと彼女に問う事ができたのだ。
「あなた……この≪音≫を聞いて大丈夫なの!?」
周囲はライクとミナトが協力して生み出しているポルターガイスト現象によって、暴風域の竜巻並みに風が唸り、物が飛び散っている現状だ。その結果、とてつもなく大きな音が値一面に鳴り響いて、こうして会話することもままならない。
こんな場所に、音に敏感で、ストレスを抱え込んでいた調が耐えられるのか。そう、聞いたのだ。そして、調の反応は。
「……」
「調……さん?」
無反応、だった。いや違う、これは文字通り反応できていないのだ。それは、彼女の一瞬だけ見せた驚愕の表情と、そのすぐ後に出る微笑みが、表していた。
聞こえてないのだ。この声も、周囲の音も、全部。そうでなければ、あれほど耳が病的に良い調がこのような場所にいられるはずがない。
“調、どうしたの?”
「ミズキさん……ですね。貴方の声も、さっきまでよりハッキリと聞こえます……」
いや、完全に聞こえていないわけではないようだ。事実、彼女はミズキの声を聞き取り、返答している。しかし、さっきまでよりハッキリと聞こえると言う言葉も何かおかしいものを感じる。というか、こんなにも、それこそ調の気持ちが痛いほど分かるくらいに耳を通して脳に至るまでダメージを被りそうな場所で≪さっきよりもハッキリと聞こえる≫のは、実に奇妙だ。
一体どういうことなのか、そう牟六が考えていた時だ。
「あれ、調さん……耳にイヤホンが……」
「え?」
思案する牟六の横で、鳴は気がついた。調の耳に先ほどまでなかったはずのイヤホンがついてあったのが。ノイズキャンセリング機能の付いたイヤホンか。いわゆる消音スピーカーという物か。確かにアレを使えば少しは外部の音を軽減できるかもしれないしか、あくまでそれは≪軽減≫させるだけの物。完全に音を聞こえなくさせることなどできるわけがない。
それに、もしそれで本当に効果があるのだとしたら、彼女のこれまでの人生の苦労は難だったと言うのか、そう、心の中の自分に叱責をしている牟六の背後から、声が飛んでくる。
『そ、それは!?』
「ダーツェ、何か知ってるの?」
慌てた様なダーツェの言葉がさらに続く。
『は、はい! ≪女神の掌≫でしゅ!』
「女神の、てのひら?」
『はい! 今牟六しゃんたちが使っている≪神の眼鏡≫と同じ、天使七つ道具の一つでしゅ!』
これ、そんな名称ついていたんだ。そう考えながらふいに彼女たちは自分たちがかけているサングラスに手を触れた。天使七つ道具、それはララやホコリはおろか、ほぼすべての送迎班の天使の耳にも初めて聞く名称であった。
“ダーツェさん、何なんです、その天使七つ道具って?”
『閻魔大王様がかつて開発して、お蔵入りになったと言われている、伝説の道具の事でしゅ!! 私も、こうしてみるのは初めてでしゅが……確かに天使見習いの教科書に……』
と言って、ダーツェが出現させたものは、まるでSF映画に出てくるような前面スクリーンで、そこには事細かに色々な文字が書かれているようだ。だが、どうやらそれは天で使われている言葉らしく、現世の人間たちには読むことができない。
ので、同じ教科書の日本語版を持っていると言うミズキに見せてもらう。なお、その間にも。
“おぉい!! こら!! せめてララちゃんだけは来て!!”
“え、あ、はいすみません!!”
と言って激昂するライク。まぁ、ようやく合流したと思ったら戦闘にも参加せずに調とずっと話をしているので、そうなるのも無理はないだろう。
“では早速……エンバーミング・リィンカーネーション!!”
そう思いながら、ララは苦笑いでシスターアメンドへと転生して、戦闘に向かったのであった。
さて、これでゆっくりと話せる場ができたと言うもの。牟六はミズキに聞く。
「それで、ミズキ。そのイヤホン……なんて説明があるの?」
『待って……≪女神の掌≫。天使七つ道具の一つであり、これを着用した人間は……天使と幽霊以外の声と音が聞こえなくなる……』
その、言葉を聞いた牟六と鳴は、ミズキの手元を見るために下げていた顔をスッと上げると互いに顔を合わせて言った。
「という事は……」
「今、調さんは……!」
『この世界の音が、言葉が、聞こえない……』
総括するように、ミズキが画面を消してから言った。
『半分、この現世の世界から切り離された……≪死んでいる≫ような物、ね』
と。
「半分死んでいるような物……ですか」
その、ミズキの言葉に同意したかのように頷いた調は言う。
「ライクさんからも、そう言われました」
“え……”
「ライク、から?」
『それ、本当なの?』
「えぇ……」
なんだろう、胸の奥にじめっとしたもやもやな感覚が産まれた。何かしらの疑惑が、心の中に宿ったかのような、そんな感覚。これは、一体。
“ダーツェ。その七つ道具の話、ライクにした?”
『え? いえ、そんな事……』
“と言う事は考えられることは二つ。偶然か、あるいは……でも、そんな事……まさか、あの子が……”
「『???』」
と、ホコリは思考の海に入り込んでしまった様子だ。ソレを見て、周囲の全員が不思議な顔を浮かべる。
もしも、自分の仮説が正しかったのならばと、ホコリは思っているのだろう。前者の可能性が一番感がられることだ。でも、突拍子もないことだが、もしも自分の仮説が、後者の方が正しかったのであったのならば。
考えてみれば、最初に彼女の事を教えてくれた天使って誰だったっけ。いや、違う。自分たちにその情報を伝えたのは、彼女の存在を自分たちに伝えたのは確か。
“あ……”
まさか。ホコリは自分の前に浮いて迫って来るライクの顔を見ながらそう、心の中で一言呟いた。
おのれらは、大きな勘違いをしていた。
調の事を知らせた天使、そんな物さほど重要じゃない。そんな天使がいたと、一体だれが告げたか、それが大事だったのだ。
あの時、一体、誰が自分たちに教えた。彼女の存在を、彼女の話を、彼女がどうして苦しんでいるのかを。
そう―――。
“ホコリン!”
ライク、である。
恐らく、彼女は全て知っていた。調がどのような体質を持っているのかを、たぶん空中を浮遊する散歩の途中にでも知ったのだろう。
そして、しばらくの間放っておいた。それは、彼女の今までの性格から考えれば当たり前のことだ。
彼女は、確かに助けを求める人間がいれば自分から赴く人間。しかし、助けを求めない人間には一切歩み寄ろうとしない人間だった。
事実、神高で不良グループの頭をしていた時の彼女は、正者死者問わずとして様々な助けを求められてから動いていた。初めてララと出会った時も、ララがあの時、助けを求めていたから助けた。ただ、それだけの話。
ライクと自分は、進んで誰かの事を助けようと思ったことはない。助ける気になったこともない。
何故か。偶然にもかつての自分と、ライクの考えは合致していた。
≪自分たちは正義の味方じゃないから≫
この世に正義なんてものがあったら、の話である。
正義とは人それぞれにある物だ。人それぞれの正しい生き方という物があり、人それぞれにやりたいことという物があり、そして人それぞれにそのために敵対する存在がいる。それが、正義という言葉の意味。
自分たちは正義の味方じゃない。なぜなら、正義の味方とは自分たちの考えを他人に押し付ける存在のことを言うからだ。自分の正義を他人に押し付けると言う事だから。故に、彼女たちは進んで人を助けに行こうとしなかった。
自分たちが介入して、他人の正義に傷を付けたくないから。傷つけるのが怖かったから。だから、彼女たちは、≪自分たちの関係のない≫人間を救う事をためらって来た。諦めて来た。自分自身に出来る事という物を見定めて来た。
それなのに、どうして、どうしてライクは。ホコリは虚ろな目をして聞く。
“ライク、この人の事……知ってたの?”
“え? うん、そっ。で、音に悩んでいるっていうから閻魔大王に牟六や鳴の件と一緒に相談したら”
あっけらかんに言うライクに、内心で怒りが湧いた。ない唇を噛み締めて、小さく叫ぶ。
“どうして”
“え?”
“どうして、そんな善人ぶるようなことをするの?”
「え?」
「先輩……?」
“……”
ライクは、何も言わなかった。しかし、その言葉がおかしなものであると感じたのは、牟六と鳴、いや周りにいる天使たちも皆そうだった。
『ホコリ、善人ぶるって一体どういうこと?』
“私たちは正義の味方じゃない。人それぞれに正義があるだから自分たちの正義を押し付けるべきじゃない。そう、私たちは出会ったときに話し合ったはずでしょ! 一緒に笑いあった事、忘れたの!?”
ミズキの言葉も耳に入ることなく、ホコリはかつてのライクとの思い出を語る。大声で、しかし多くの人間には全く届かない声。ソレを聞いたライクは、微笑んで言う。
“忘れてないよ。ホコリと初めて真正面から話した日の事も、それに、その話をしたときのことも”
もう、二年前のことになるのか。神江家に救い出されて、学校に行けることになって、でも自分の出自故にあまり人と馴染むことができなかった自分。
そんな自分と、いつも無気力感に苛まれているホコリが、初めてしゃべった時の事。
学校が休みの日に、たまたま町中で出会って話をしたらすぐに仲良くなる事ができた。
あの時の会話も、笑顔も、全部、忘れることのできない大切な思い出だ。
けど、そもそもの話、だ。
“そこが、私矛盾してたよね……”
“え?”
矛盾、どういうことなのか。ホコリが唖然としている中、それと後方でアメンドが必死で一人戦っている最中にライクは頬を掻く仕草をしながら言う。
“だって、正義の味方になりたくない、何て言ったのに……ホコリの無言のSOSに、応えちゃったんだから、さ”
“ッ!?”
ホコリは、それまでのモットーが全て吹き飛ばされるような感覚に陥った。
そうだ。そもそも自分たちの出会いは、ライクの方から自分に話しかけてきたことから始まった。両親を殺害した犯人が既にこの世にはいないことを知って、何をしていいのか分からず、どうして生きているのかも分からないままに過ごしていた自分にライクが話しかけたことから、全てが、始まったのだ。
そう、あたかも≪正義の味方≫のように、ライクは己の事を助けてくれたのだ。今まで気がつかなかった矛盾。否、気がついてしまいたくなかった矛盾。
取り返しのつかないことになりそうな矛盾。
しかし、当たり前に存在している矛盾。
ライクは続けて言う。
“反抗期、って奴だったのかな。廃れた環境から助け出された後のちょっとした気の迷いで、ホコリンの事を救いたくなった。そう、あの人のように……”
その時、ライクの脳裏にはある一人の人物が浮かんでいた。そう、自分をあの生活から救ってくれた、リリではない、もう一人の恩人の顔を。
“本当の快楽は、本当の喜びは、仲のいい友達ができた時……ソレを、あの子たちに出会って、思い出して、それで……”
“変えられたって言うの……あの子たちに……”
“違う、思い出したの。たった一つの命で、たくさんの人を救う事ができるって、あの子たちのおかげで……”
そうだ、自分は変えられたのではない。あの少女たちの言葉で、自分自身が変わったわけじゃないのだ。
思い出したのだ。あの約束を。快楽の虜となっていた自分を、文字通り命を懸けて救ってくれた、あの男性の事を。
少女たちより以前に自分の事を苦しみから解放してくれた人間の事。その人物のおかげで、今の自分はここにいる。この、たった一つの命で、誰かを助けることができている。
と言っても、既に―――。
“その命を失ったからこうなってるんじゃないの!”
“……”
魂が揺さぶられたかのような声だ。だが、ホコリの言う通りだ。彼女たちが今こうして幽霊となっているのは、その大事なたった一つの命を失ったが故の事。そのたった一つの命を無駄にした結果、ホコリ共々こうしてララを生き返らせるためにエンジェルとして戦う事になった。
そう、ララという≪他人を助ける≫ために、≪ララの正義の味方≫になったのだ。それなのに、なのになぜ、ここでその失ったはずのたった一つの命の話をしだすのか、ホコリには、その意味が全く分からなかった。まったく、何も。
“命は確かに、一つしかない。でも、運命は一つとは限らない……”
“え?”
ライクは、そう言うとトガニンに目線を合わせて言った。
“確かに一度死んでしまえばそれまでの人生。不幸の事故で死ぬのも、自分で死ぬのも、老いて死ぬのも全部自分の勝手。だから、そのたった一個だけの命を無様に散らした時点で私の人生は終わり……”
ライクは、手を握りしめた。まるで、自分自身の覚悟に、再度、問い直すかのように。
“でも、エンバーミング・グロスが死者でなければ使用できなかったのなら。生きている者も、死者になるように運命を捻じ曲げられていたとしたら?”
『でしゅ!?』
「え……」
『……』
ダーツェは驚きの声をあげ、鳴は鳥が死ぬ時のようなか細い声をあげた。
そんなこと、信じられない。そう言わんばかりの天使一同の考えを統一させるかのように、ホコリは声を振り絞る。
“そんなの、勝手な思い込みよ……”
“だね、でも”
たしかに、勝手な憶測、証拠も何もない。けど、彼女はこれまで幾度となく運命に弄ばれてきた。運命という言葉で、人生を送ってきた。
なんとなく、そんな曖昧なものではない。思い出した時に、彼女の中で再び思い出されたのだ。
あの日、己が死んだ時のことが。
“そう考えたら、本当にあの時の自分の判断は、化け物相手に飛び出した自分の判断は自分の物だったのかって、そう思うようになった。もしかしたら、あの時私は死ぬようにエンバーミング・グロスの意思で動かされていたんじゃないかって”
『そんなことないでしゅ! そんな、事……』
ないと、ハッキリと言いたかった。でも、言われてみれば確かにエンバーミング・グロスの使用者は必ず死者出なければならないと言う絶対的な規則がある。もし正者たる存在が使おうとも、掴むこと許されない。
そのグロスが、反応をしめした。生きていた時の、ライクやホコリに。けど、生きていたら使用する事ができない、故にーーー。
そう前提を付けるとライクの考えもあながち間違いじゃないかもしれないと思ってしまったダーツェが下を向くのを見ると、ライクは満面の笑みを浮かべて言う。
“そう考えたらね……私も、さ。ララちゃんみたいに生き返りたくなっちゃった……”
“ッ……”
“勝手に人生を諦めるな。チャンスがあるなら、前進するのみだ。これ、あの子達の言葉の一つ……私は、運命に抗うためなら自分の心にも反旗を翻す。生命ある限り”
“……ライク”
“さ、行こ……ホコリン。ララちゃんが待ってる!”
と言って、ライクが、ホコリの手に自分の手を重ねた。そして―――。
“エンバーミング・リィンカーネーション!!”
いつもの呪文を唱えた。
そして―――。
“……あれ?”
彼女たちが、エンジェルとなることはなかった。




