第十七話 釣果
エモノハ
ドコダ
エモノハ
ドコダ
エモノハ
ドコダ
ノドガカワク
ムネガハレツスル
チニウエテイル
エモノ
エモノ
エモノ
エモノ!!
シュッ!
≪ッ!?≫
『大物……』
“え? ライクがまだ帰ってきてない?”
『うん、ミズキお姉ちゃんたちが帰ってきた後は誰も来てないよ』
“一体、どこに行ったんでしょう?”
“……”
そのころララ達は、ライクの家へと帰還していた。家の中には既に帰宅していたミズキたちや、またカナと一緒にすし詰めになって歌の歌詞を考えて居る天使達がいた。
冷静になって考えてみれば、この場所はライクの家である。ただ、それだけであってDGエンジェルズの本拠地というわけでもないのだが、いつの間にやら作戦会議質的な扱いになっているのは、この家がほとんど、何も物を置いていない殺風景な風景、だからこそ天使である子供たちの想像力がもたらされた結果、なのだろうか。
ララにはよく分かっていなかった。というよりも、誰にも分かっていなかった。ただただ、そこが居心地が良かった。それはまるで、彼女たちの心がライクという一人の幽霊の心に惹かれているかのようで、少し恐ろしいところもあった。
彼女達は、ただ純粋にこの部屋を気に入っただけ。ただ、それだけだと、気が付かない。
“前までのライクだったら、寄り道なんてものもせずに一直線に帰っていた……”
ホコリは、そう呟きながら空を見上げた。あともう少しで夕方の茜色の空になるであろう、そんな空を。
何かが変わった。何かで変わった。どうして変わった。ホコリは、心の中で何か胸騒ぎのようなものを感じていた。その正体が何であるのかは、彼女にも、まだ分かっていない。
その、時だった。
『ッ!?』
「うわ!?」
“え、な、なに!?”
カナが、ミズキが、そして天使たちが一斉にある方向に向けて首を向けたのである。その光景は生者である牟六、並びに幽霊であるララでさえも驚くほどに統率がとれていて、一瞬戦きの声を上げてしまったのは仕方のない事なのかもしれない。
それはともかくだ、ダーツェが言った。
『トガニンの気配でしゅ!』
「え、それじゃまた被害者が!?」
『ううん、違う……これって、まさか!!』
“え?”
「それで、えぇっと……貴方のお名前は?」
“紅茶出されても私は飲めないからいいよ”
「あ、そうでしたね。幽霊、ですから……」
調は、一度出した紅茶を自分側に持ってくると、自嘲するように笑ってしまった。
なんというか、幽霊の正体見たり枯れ尾花ということわざがこの日本には存在するのだが、今はソレを体現しているかのよう。
この状況、もしも彼女たちに出会っていなかったら自分はこの幽霊に対してこんなおもてなしなんてしていなかったはず。幽霊と言う未知なる存在を知ったからこそ己は幽霊に対して紅茶を出すと言素っ頓狂な行動をとってしまった。
そんな自分を恥じている調の事を見た少女は、ニッ、と笑うと言う。
“初めまして。私は福宿求来。エンジェル、やってます”
「あぁ、貴方が……」
あの二人が言っていた。エンジェルとして、トガニンと戦っている方の天使。
命に対してかなりドライな感情を持ち、そして生き返ると言う事に対してもあまり積極的ではないという女の子。
「初めまして。私は……」
“調、でしょ? 知ってるよ”
「そうですか……」
と言った後、何やらごそごそと動いているような音が、調の耳に聞こえて来た。何かと何かがこすれ合っている音、ソレを空気に変えた音という感じだろうか。
何かを触っている。自分には直視することのできない何かを、彼女は触れているのだ。その間、彼女たちの間に深い沈黙が流れることになる。
深くて、息苦しそうになる沈黙。外から聞こえてくる喧騒は今もなお自分の耳を苦しめ、心を打ち砕かんと、破壊するためにと殴りこんでくる。
辛い、その時間だけでも辛い。この沈黙もまた辛い。そう、膝の上に乗せた手を、震えさせた時だった。
“辛いよね、それこそ死にたくなるくらいに”
「ッ!?」
と、ライクが言ったのである。そう言えば、さっき―――。
「あの、さっき私が……その」
“自殺しようとしたのを止めた事? あれは、悪かったと思ってる。人が生きるのも死ぬのも自分勝手、なのにソレを止めたのは間違っているって”
「……」
なるほど、聞いていた以上に自分も他人の命にも執着していない人間であるようだ。他人の自殺を止めたことを名誉とすることもなく、ただソレを自分勝手に止めたと解釈するなど、果たして他の人間にそんな言葉を吐くことができるだろうか、そう思えるくらいに残酷な言葉。
“けど、私は……”
「え?」
その瞬間、机の上に突如として両耳一対の、指の第一関節くらいのサイズの物が現れた。そして、彼女は言うのである。
“それでもアンタに、いや、全ての人間に生きてもらいたい。例え、それが私の我儘でも”
と。続けて、ライクは言うのだ。
“あぁ、そう。わがままだ。前の私だったらこんなこと言わなかった。でもさ、言いたくなっちゃうんだよね、あの子たちと出会った後だと……色々言われた後だと、なんだか正義の味方みたいなこっ恥ずかしい事、言いたくなっちゃうんだよね、あんな綺麗な姿……見せられたらさ”
「……」
まるで、自分自身に言い訳をしているかのような、自問自答しているかのような、そして自分で自分を笑っているかのような声の後、彼女は言った。
“さっき、半分死んでみるって聞いたでしょ?”
「は、はい……」
“これ、付けて見て”
「これって……」
さっき、突然彼女が取り出したイヤホンの事だろうか。
でも、どういう事だろう、≪半分死ぬ≫とは。調にはよくわからなかった。いや、そもそもライク自身が自分の言葉をあまりにも難しく他人に伝えると言うのを面白がっている節があるので、分からなくてもしょうがないのかもしれないが。
それにしても、この場合自分はどうすればいいのだろう。そのイヤホンを付けた方がいいのだろうか。けど、気にかかるのは先ほどの≪死≫という言葉だ。
確かに、自分は一度自殺未遂にまで手をかける直前まで行ってしまった。天という希望、死の先にも何かがあると言う希望という紛い物の存在に安心感を経て、死に手をかけようとした。発作的に、死のうとした。
結果的にそれは彼女、ライクによって阻止された。でもそのライク自身から半分死んでみるかという質問を投げかけられた。
果たして、それがどういう意味を持っているのか、そしてその質問に≪はい≫と答えた結果自分がどうなるのか分かった物ではない。だから、安易に手を出すことができなかった。怖くて、恐ろしくて、手を出すことができなかった。
“怖いの?”
「……」
そして、それはライクにもお見通しだった。
ライクは、フッと笑うと優しい声で言う。
“大丈夫。半分死ぬって言うのは私の中での定義の事だから、命かどうこうなるとかそんなんじゃない”
「え……」
彼女の中の死の定義、それは他の人間のソレとは違うのか。そもそも人間の死とは一つだけじゃないのか。調の中で色々と疑問に思う事が多々あれど、ライクはさらに話を続ける。
“大丈夫、一度付けて見て気に入らなかったら外せばいいだけだから”
「……」
つまり、何だろう。お試し体験、みたいなものという事か。死のお試し体験、幽体離脱、のような物なのか。
分からない。分からないけど、でも―――。
「どうせ、このまま生きても何も変わらないのなら……」
このまま、音に命を削られる生活が続くくらいなら。
大丈夫、一度は命を絶とうとした自分だ。これくらい、何の怖さもない。そう自分を鼓舞しながら、彼女は、耳にそのイヤホン型の機械を付けた。
その、瞬間だった。
≪グォォォォォォォォォォォォォ!!!!≫
「!?」
紐を引き上げるような薄い音と、ここ最近よく聞いてきた怪物のうめき声、そして。
“どう?”
はっきりとした、ライクの声≪だけ≫が、聞こえてきたのは。




