英雄の帰還と新しい日常
『絶望の谷』での決戦から、数ヶ月の月日が流れた。
『原初の大魔神』の消滅と共に世界を覆っていた瘴気は完全に押し払われ、王国と魔皇国の間には、歴史上初となる正式な平和条約が締結された。長きにわたる二国間の対立に終止符を打ったのは、かつて王国を追われ、魔皇国で真の仲間と出会った一人の男――『英雄ロイド』の存在に他ならなかった。
雲ひとつない秋晴れの日。
ロイドが流れて着き、第二の故郷となった魔皇国の辺境の街は、いつも以上の活気に満ち溢れていた。
「ロイド様! 今日の訓練の指導、よろしくお願いします!」
「ああ、モル。後で行くよ。まずは街長への報告を済ませないとね」
元気に声をかけてくる火鼠族の青年モルに、ロイドは温かな笑みを返した。かつての孤独や迷いは完全に消え去り、その表情は実に穏やかで満ち足りている。
街の広場へと足を進めると、そこには見慣れた、けれど少しばかり賑やかすぎる面々が集まっていた。
「おいおいロイド! また街の奴らに引っ張りだこか? 相変わらずの大人気だな!」
豪快に笑いながらロイドの肩を叩いたのはシーザーだ。彼をはじめとする旧「王の盾」の仲間たちは、王国軍へ戻ることを辞退し、両国の架け橋となるべくこの街に立ち寄ったり、冒険者として世界を巡る道を選んでいた。
「シーザー、からかわないでくれよ。……それにしても、王国側の復興も順調みたいでよかった」
「ああ。イリアの件もな……まあ、自業自得ってやつさ」
シーザーが苦笑いを浮かべる。
ロイドに婚約破棄を突きつけ、陰謀に加担していた元婚約者のイリアは、ジルバの失脚と共にすべての地位と名声を失い、今は王都の修道院で過ちを悔いる日々を送っているという。一時は裏切られた悲しみに暮れたロイドだったが、今の彼の胸には憎しみすら残っていなかった。
(あの時、失ったものばかりに目を向けていた。……けど、あの災難があったからこそ、俺は一番大切なものに気づけたんだ)
「ロイド、何ぼんやりしているの?」
横からふわりと甘い香りが漂い、ミラがロイドの腕にそっと自分の腕を絡めてきた。
「ミラ……」
「街長さんとの話し合いが終わったら、一緒に市場へ買い物に行きましょ。今日の晩ご飯、あなたの好きなスープを作ってあげるわ」
少し悪戯っぽく微笑むミラの頬が、心なしか赤らんでいる。
「ちょっと待ちなさい、ミラ! ロイドの腕を独占するのはずるいです!」
そこへ慌てた様子で割り込んできたのはリアラだった。彼女はミラの反対側に回ると、対抗するようにロイドの手をぎゅっと握りしめた。
「ロイド、今日の午後は私と剣の稽古をする約束ですよ! 街の警備隊の指導も兼ねて……ですから!」
「えっ、いや、二人とも……広場の真ん中で引っ張らないでくれよ……!」
二人の美少女に両腕を奪われ、左右に引っ張られるロイド。それを見たシーザーやモル、街の人々から一斉に温かな爆笑と歓声が上がった。
「ハハハ! さすが英雄ロイド様だ! 戦場だけじゃなく、恋愛の修羅場でも大忙しだな!」
「シーザー! 余計なことを言うな!」
ロイドは顔を真っ赤にして叫びながらも、どこか心底嬉しそうに苦笑いを浮かべた。
婚約破棄され、国を追われ、絶望の淵に立たされたあの日。
数々の災難の果てにロイドが手に入れたのは、かつて欲しくてたまらなかった「居場所」と、命をかけて守りたいと思える「かけがえのない仲間たち」だった。
澄み渡る空の下、明るい笑い声が街中に響き渡る。
英雄ロイドの災難だらけの物語はここで幕を閉じ、彼らの新しく愛おしい日常が、これからもずっと続いていくのだった。




