決戦前夜
魔王ジルバートとの謁見を終えた日の夜、皇都を見渡す王城のテラスにロイドは一人立っていた。
夜風が静かに彼の髪を揺らす。見上げる夜空は暗く重い雲に覆われ、星の光すら途切れがちだった。
千年の時を経て蘇ろうとしている『原初の大魔神』。そして、すべてを裏で糸を引いていたジルバの存在。あまりにも大きすぎる世界の命運が、いま自分の肩にかかっている。
(俺に……本当に世界を守るなんてことができるのだろうか)
ふと、胸の奥に小さな弱気が首をもたげる。かつて王国で信頼していた者たちに裏切られ、婚約を破棄され、国を追われた記憶。一度はすべてを失い、深く傷ついた自分。英雄と持て囃されながらも、その実、一人の男として孤独に怯えていた過去の自分が思い出された。
「やっぱり、ここにいたのね」
静かな足音とともに、ミラが寄り添うように隣に立った。彼女の手には温かいスープの入った木製のカップが握られていた。
「冷えるでしょう。はい、飲んで」
「ありがとう、ミラ」
カップを受け取り、温かい湯気を吸い込むと、強張っていた体が少しだけ解けた。
「……不安そうな顔をしてるわね。らしくないじゃない、英雄さん」
「……隠せないな。正直に言えば、怖いんだ。また大切なものを守れなかったら、みんなを巻き込んで失敗してしまったらと思うと……」
ぽつりと漏らした言葉に、ミラは優しく目を細め、ロイドの手を上からそっと包み込んだ。
「バカね。一人で抱え込もうとするから怖くなるのよ。あなたはもう、王国で孤立していた頃のロイドじゃないわ。私がいる。リアラがいる。この国で出会ったたくさんの人たちが、あなたの背中を支えてる」
「ミラ……」
「あなたが私に居場所をくれたように、今度は私があなたを支える。だから……自分を信じなさい、ロイド」
ミラの真っ直ぐで温かな言葉が、ロイドの胸の氷を溶かしていく。
「失礼します、ロイド」
テラスの入口に、リアラが姿を現した。彼女は二人の手に重ねられた視線に一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに意を決したように歩み寄ってきた。
「リアラ……」
「私も、ミラと同意見です。ロイド、かつての私はあなたに頼り切りで、あなたの孤独に気づくこともできませんでした。それが私の生涯の悔いです。……だからこそ、今の私は二度とあなたを一人にはさせません」
リアラは腰の剣を抜き、その柄を胸の前で掲げた。
「私の剣も、私の命も、すべてあなたの決意と共にあります。どうか、私にあなたの盾とならせてください」
二人の強い意志と深い慈愛に触れ、ロイドの胸から迷いが消え去っていく。
かつての追放と裏切りは苦しい体験だった。だが、その災難があったからこそ、自分はこうして真の仲間と出会い、絆を知ることができたのだ。
「……二人とも、ありがとう。そうだな、俺はもう一人じゃない」
ロイドは深く息を吐き出し、力強く微笑んだ。その瞳には、いつもの強靭で優しい輝きが完全に戻っていた。
「行こう。すべての決着をつけに」
翌朝、薄暗い朝もやの中、魔王軍の精鋭を率いたロイドたちは、決戦の地『絶望の谷』へ向けて出陣した。
極寒の風が吹き荒れる国境の谷。そこで待つのは、世界の存亡をかけた最大の試練であった。




