暗躍する黒幕
崖の上で見下ろす黒いローブの人物から解き放たれる不吉な圧迫感に、ロイドたちは息を呑んだ。
「その声……まさか、お前は……!」
ロイドは剣を強く握り締め、黒幕を睨みつける。
薄暗い瘴気の中でローブのフードが風に揺れ、その下から覗く不気味な笑みが露わになった。
「ふふふ……お久しぶりですね、英雄ロイド。いや、今は王国を追放された惨めな敗北者とお呼びするべきでしょうか?」
「ジルバ……!」
リアラが悲痛な声をあげた。
そこに立っていたのは、王国で陰謀を巡らせ、ロイドを魔皇国へと転移させた張本人――ジルバだった。
「どうしてここにジルバがいるの!? あなたは王国にいたはずじゃ……!」
「簡単なことですよ、リアラ。私にとって王国も魔皇国も、ただの盤上に過ぎない。この世界を大いなる混沌で満たすためなら、どこにだって現れますよ」
ジルバは嗤うと、両腕を大きく広げた。すると、彼の周りの瘴気がさらに濃密さを増し、黒い渦となって旋回し始める。
「この瘴気はお前が引き起こしたものなのか!?」
ロイドが問い詰めると、ジルバは満足そうに頷いた。
「ええ、そうです。この北の山には古くから強大な古代魔導の遺物が眠っていました。私はそれにほんの少し手を加え、蓄積されていた負の感情と魔力を解き放っただけに過ぎません。……ご覧なさい、狂わされた獣たちの美しい行進を!」
「ふざけるな……! そんな身勝手な理由で、この街の人々を、生き物たちを巻き込むな!」
怒りを露わにするロイドの横で、ミラが冷静に短杖を構え、魔力を練り上げる。
「ロイド、頭に血を昇らせちゃダメよ。あいつの狙いは、私たちを乱して瘴気の毒に侵させることかもしれないわ」
「……ああ、分かっている。すまない、ミラ」
ロイドは深く息を吐き、冷静さを取り戻した。
かつて王国で裏切られ、失意の中にいた自分なら、目の前の敵に激昂して猪突猛進していただろう。だが今の自分には、背中を任せられる仲間と、守るべき生活がある。
「ほう……かつてのように一人で背負い込み、空回っていた頃とは随分と顔つきが変わりましたね。魔皇国での暮らしが、貴方を腑抜けにしたと思っていましたが……少しは成長したようです」
ジルバは嘲笑交じりに言うと、懐から漆黒の宝珠を取り出した。その宝珠は瘴気を吸い上げ、激しく脈動している。
「ですが、これでどうでしょう? ――来なさい、古の破滅よ!」
宝珠が強い黒光りを放つと同時に、地響きが周囲を揺らした。
崖下の地面が崩れ落ち、そこからこれまでの魔物とは明らかに一線を画す、巨大な異形の魔物が姿を現した。いくつもの目と触手を持つその姿は、まさに古代の遺物が呼んだ悪夢そのものだった。
「な、何よあの化物……!?」
ミラが慄くほどの禍々しいプレッシャー。
「ロイド様! ここは私とミラであの巨大な魔物の足を止めます! ロイド様はジルバを!」
リアラが毅然とした声で叫ぶ。
「リアラ、ミラ……いけるか?」
「バカ言わないで! 私とこの子が組めば、あんなデカ物くらい足止めしてみせるわ! あなたはさっさとあの陰湿な男をブッとばしてきなさい!」
「……感謝する!」
二人の強い覚悟を受け取り、ロイドは足に魔力を集めた。
地を蹴り、崩れ落ちた岩肌を跳躍しながら、一気にジルバのいる崖の上へと駆け上がる。
「無駄ですよ、ロイド!」
ジルバが手をかざすと、無数の瘴気の刃がロイドに向かって飛来した。
鋭い風切り音を立てて迫る死の刃。
「――甘い!」
ロイドは空中でありながら絶妙な体さばきで刃を叩き斬り、一切の減速なしでジルバの懐へと飛び込んだ。
「何っ!?」
「【一閃】!」
放たれた渾身の斬撃。しかし、刃がジルバの首元に届く直前、漆黒のバリアが展開され、カァンと甲高い金属音とともに弾き返された。
「くっ……!」
「ふはは! この宝珠がある限り、私の防御は鉄壁です! 貴方の剣など届きはしませんよ!」
着地したロイドに、ジルバは高笑いを浴びせる。
「ロイド、貴方は英雄などではない。ただの時代の捨て駒だ。王国を追われ、魔皇国に流れ着き、そこで偽りの平和を享受していたに過ぎない! 貴方に守る資格などないのだ!」
「……確かに、俺は一度全てを失った」
ロイドは静かに剣を構え直した。その瞳に揺らぎはない。
「婚約破棄され、国を追われ、自分の存在価値すら分からなくなった。……だが、ここで出会った人たちが俺に新しい場所をくれた。俺を『英雄』としてではなく、ただの『ロイド』として受け入れてくれたんだ!」
ロイドの体から、眩いばかりの純白のオーラが溢れ出す。
瘴気の闇を押し返すその光は、彼が魔皇国で培ってきた絆と、新たな決意の証だった。
「だから俺は戦う! 英雄としてじゃない……大切な居場所を守るために!」
「くっ、その光は……!?」
眩しさに目を細めるジルバ。
ロイドの内に秘められた圧倒的な魔力と闘気が、いま解き放たれようとしていた。




