8.大変な着替え
不潔恐怖を知らない人からすれば「着替えに何の儀式があるのか?」と考えるだろう。
私にとっての服を着るという作業は完全に儀式と化していて、手順が出来上がっている。
服を着るのは、儀式の後だ。
シャワーを浴びると、足以外は汚れがリセットされた状態になる。
足も洗うのだけど、洗っても歩かなければ移動できない。
床は汚れていると脳が認識しているから足を汚さなければ移動できない。
私はスリッパを使用しているから、床を裸足で歩くわけではないが、それでも清潔と考えられる状態は保てない。
風圧で舞い上がった汚れが付着すると感じるからだ。
服を着るには、まず靴下をはいて汚れた足を覆い隠してしまう必要がある。
また、汚れた部分をより多く覆い隠せるため、使用する靴下は出来るだけ長いものがいい。
靴下から着用する理由は、汚れた足でいきなりパンツを履いてしまうと、パンツが汚染されてしまうからだ。
靴下は慎重にはかなければならない。
服を着る一連の流れの中で一番大変なのがここだ。
靴下をはく際に、足がまだ濡れていて、万が一水滴が跳ねたりしたら、儀式からやり直さなくてはならなくなる。跳ねた水滴が付着した先が綺麗と位置付けるものであったらシャワーからやり直すだけでは済まさない。
だから靴下を履くのは足が乾いてからだ。
足が乾くという表現をしたのには理由がある。
普通の人ならタオルで拭けばいいと考えるだろうが、拭けないのだ。
足は汚いからタオルを使うと汚染されてしまう。
儀式のたびにタオルで足を拭いていては洗濯ものがどんどんたまってしまう。
そのため、たとえ冬であっても、自然乾燥するのを待つしか手段がない。
出かけるためにシャワーを浴びて、自然乾燥を待ってから衣類を着る。
もちろん、時間が無くて強行することもある。
足が乾いたら、靴下をはくのだが、履いた足をそのまま床におろしてはいけない。
床に接触したら汚れたと認識されてしまう。
靴下が汚れた状態でパンツをはいたらパンツが汚染されてしまい、靴下から着用した意味がなくなってしまう。
床に足をおろしてしまったら、靴下は洗濯しなおしだし、下手をしたらシャワーから浴びなおさなくてはならない。
ではどうしたらいいのかというと、履いた足は、そのまま椅子にのせる。
それから、もう片方の靴下をはく。
足が何処にも触れないように細心の注意をはらいつつ、バランスをとりながら椅子の上でもう一方の靴下を履く。
両足の靴下を履くことができたら最難関は突破したといっていい。
しかし、時々バランスを崩して倒れてしまう事があって、そうなったらシャワーからやり直す。
運が悪いと椅子も倒れてしまう。
これは最悪の事態で、浴室で洗えるような椅子であれば洗浄しなくてはならなくなる。
そうでなければ買いなおす。
こんなことは今だからできるだけで、もう少し年老いた時に同じような作業が出来るかと言うと難しいだろう。
それまで生きているとは到底思えないが、60代70代で椅子から転がり落ちたら骨折するかもしれない。
「症状が改善されず現状維持のままであるなら酷くなっていると同義ではないか。」と私が思う理由はこういうところにもある。
靴下が終わったら、パンツをはき、それからズボンをはく。
次に重要なのは裾の処理だ。
ズボンの裾を何とかする理由は裾が床に接触する危険を排除するためだ。
裾が膝から少し下になるくらいまで引っ張り上げた状態をキープして、「靴下を履いた後専用」の浴室用スリッパを履く。
もう一つ方法があって、裾を何重にも折り曲げる。
こちらの方法がより安全であるから、時間に全く余裕が無いときでない限りこの方法を使う。
また、浴室用のスリッパを使うところが非常に重要だ。
なぜ浴室用かというと普通のスリッパでは「歩いた風圧で付着する気がする汚れ」が気になるからだ。
「シャワーから出た時に、この浴室用スリッパを履いていたら良いのではないか。」と思うだろうが、それではいつまでたっても足が乾燥してくれない。
裾を引っ張り上げる、若しくは何重にも折り曲げるのは靴を履き終えるまで続く。
私は、外のアスファルトや、土の上よりも自分の部屋の床が許せない。
そうやって、決められた手順を踏まないと服を着ることができないので、出かける前には必ずこの作業がある。
出かける前に必ずこの作業があるということは、1日に何度か出かける場合、その回数だけ行う必要があるということだ。
当然その度に、ズボンと下着は洗濯するし、儀式もある。
「出かけて帰宅してから、その綺麗な状態をキープすることはできないのか?」という疑問があるだろうと思う。
出来ないことはないが、それは非常に大変なので、よっぽど短い時間でない限りキープはしない。
そもそも、帰宅してから行う必要が出てくる一連の儀式を思うと、一日のうちに何度も外出を繰り返すのは好ましくない。
部屋は汚れているし、床は汚染されているのだから、何処にも触れないように神経をすり減らして待機するのは、非常に疲れてしまうのだ。
大変な洗濯があって服を準備し、儀式という名のシャワーを浴びた後、自然乾燥を待ち、決められた手順通りに服を着ないと私は出かけることすらできない。
シャワーと着替えだけで短く見積もっても1時間はかかる。
毎日の通勤時間、通学時間に1時間プラスして考えてほしい。
凄く大変そうだとは思えないだろうか。
たとえ徒歩5分のコンビニに行くにしても、短く見積もって1時間はかかる。
ちょっとした用事で出かけて、家に帰ってきたら次に出かける時にはシャワーからやり直しだ。
不潔恐怖の私にとって服を着る行為だけでも、これだけ大変な事なのだ。




