11.大変な聖域
11.大変な聖域
聖域の何が困難なのか、といえばその維持だ。
聖域を維持すると言うことは、途方もない神経を使う。
儀式を遂行して、「清潔な聖域に入ってしまえば、汚染物質は無いのだから安心できるのか」というとそうでもない。
寧ろその逆であって、何かの拍子に聖域を汚染してしまわないように、細心の注意を払わなくてはならない。
聖域に身をおいている間は自分が好きだと思うことができるが、常に神経を研ぎ澄ましている必要があるため、とても疲れるのだ。
聖域というのは狭まる事はあっても、広がることは殆ど無い。
私の聖域とは、机の上や棚の上、つまり床から離れた高いところだ。
そんなところは、なかなか確保できない。
私にとって床は汚染された汚いものなので、足元に近づけば近づくほど、聖域と定めるのは困難だ。
例えば、床に新品のビニールシートをひいたところで、聖域にはできない。
歩いたときの風圧で舞った汚染物質が付着する気がしてしまう。
机を買ったら良いじゃないかと思うかもしれない。
しかし、そう単純ではない。
どうやって机を運び込むのかが問題になる。
業者に運んでもらうのはもってのほかだし、かといって、自分一人の力で宙に浮かせたまま何処かにあたって汚れてしまわないよう、部屋の中に持ち込むことはそう簡単にできることではない。
組み立てるタイプならどうかと言うと、やっぱりこれも難しい。
ただでさえ狭い聖域の上で組み立てなくてはならないからだ。
床は汚い場所なのだから、床の上に部品や道具を広げて組み立てるわけにはいかないのだ。
そんなわけで聖域はとても狭い。
そして、聖域を広げるのは困難だ。
そのとても狭い聖域に綺麗だと思うものを置くわけだが、狭いのでどうしても山積みになってしまう。
落としてしまえば一貫の終わりだ。
大切なものが汚染させてしまう。
そのため、聖域に保管した大切な物は滅多に触ることがない場合が多い。
広げるスペースがないし、万が一何かあっては取り返しがつかない。
聖域を汚染してしまわないように、大切なものが汚れてしまわないように、そうして神経をすり減らしながら聖域にとどまる。
不潔恐怖は好きなことをすることさえも大きなストレスを伴うのだ。
リラックスどころではない。
汚い状態でいようが、儀式をこなして綺麗な聖域にいようが、強迫観念からは逃れることができない。
強迫観念から逃れられる時は寝てる時くらいだ。