第二章その12
水浴びと夕食を済ませたナユタとアリスは、用意された部屋で寛いでいた。
「はあ……生き返る……」
年頃の乙女の恥じらいもなく、ベッドの上にぐでっと大の字になって寝転がるナユタ。
長い旅を続けて、ようやく心の底から休める時が来たのだ、無理もない。
そしてアリスの方は行儀良く膝を揃えてベッドに腰掛けている。
「ルイスに悪いわね。私達だけのんびりしちゃって」
「気に病む必要はない。ルイスなら休憩なしでも問題なく活動できる」
「いや、そういう問題じゃなくて……まあアリスが言うんならいいか」
ナユタは面倒な事を考えるのは放棄する。
何でも作戦とやらで、ルイスだけは神殿に入らない事にした。
どこで何をしているのか説明しようとしないので、ナユタも無理に聞き出そうとはしていない。
その時、遠慮がちにドアが叩かれた。
「ナユタ、起きているか?」
「マー君?」
ナユタは急いで飛び付いてドアを開ける。
どこかもじもじとした様子で、マティアスが立っていた。
「す、少し話をしてもいいだろうか?」
「いいわよ。入って入って」
ナユタはマティアスを部屋に招き入れる。
座る場所が見付からなくてマティアスが困っていると、ナユタが先にベッドに腰掛けてその隣をぽんぽんと叩くので、小さくなってそこに腰を下ろす。
「私は席を外した方がいい?」
「いや、その必要はない」
気を遣ってアリスが尋ねるが、マティアスは引き止める。
ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、マティアスは口を開く。
「ナユタ、アリス、それにここにはいないがルイス。そなたらには世話になった。そなたらの助けがなければ、余はここまで辿り着く事は出来なかっただろう」
マティアスは深く深く頭を下げる。
「だが……余は不安なのだ……」
マティアスの小さな手が、膝の上で小刻みに震えている。
「そなたらの手助けがあったから、ここまでは来れた。しかしこの先、山頂に聖剣を奉納して戻ってくるのは、余が一人で成し遂げなければならぬが……その自信がない」
「………」
「無事に帰ってくる事ができたとしても、余はまだ幼い。皆が付いてきてくれるか解らぬし、まして姉上を狙う宰相ミュランに諦めさせる事が出来るか、それどころか今、こうしている間にも姉上に良からぬ事をしていないか……余は不安で不安で仕方ないのだ……!」
「………」
「余はこれから皇帝になろうという身でありながら、帝国の未来を担う宿命を背負いながら、余自身と姉上の身の上を守る自信さえないのだ……!」
なおも弱音を吐き続けるマティアスの肩を、ナユタは横からぎゅっと抱き締める。
「そうね。マー君は大切な物をいっぱい抱えているもの。恐くなっちゃうのも仕方がないわ」
「ナユタは……そなたはいつも元気いっぱいで恐い物知らずに見える」
「そんな事ないわ。私だって不安でいっぱいよ」
ちらりとアリスの方を見遣る。
帝国どころか世界その物の命運を握っているかも知れない。
それは胸にしまっておく。
「でもね。恐いのは、不安なのは、大切な物があるからなの。だからこそ私達は俯かず、前に進まなきゃいけないの。大切な物を守るために」
「余に……余にできるだろうか?」
「マー君なら出来るわ。気付いていないかも知れないけど、この旅であなたは大きく成長したわ。剣の稽古にも打ち込むようになったし、歩いてもへこたれなくなった。そして見も知らぬ人のために怒る優しさを持っている。今すぐには上手く出来ないかも知れない。でもマー君ならきっと大丈夫」
「………」
「この私、ナユタが保証する。一緒に旅をして、マー君を見てきた私が言うんだからきっと間違いない。マー君はこれまでずっとがんばってきたし、これからもがんばっていける。マー君の未来は明るいわ」
「ナユタ……」
マティアスは頬を紅潮させ、熱に浮かされたように一心にナユタを見上げる。
「それとも……私なんかに言われても自身持てないかな?」
「そ、そのような事はない! ナユタの言葉だから……他ならぬナユタの言葉だから、余は信じられるのだ!」
「そう、良かった……無事に帰ってきてね。待ってるから」
「解った! 必ず帰ってくる! だから……だから……その、今は少し……ナユタに甘えてもいいだろうか?」
マティアスは顔を真っ赤にして俯く。
「………」
ナユタはしばらく目を丸くしていたが、やがて苦笑する。
「もう……マー君は甘えん坊ねえ」
「う……! 不安なのだから仕方がないではないか!」
「ま、今だけはいいか」
ナユタはマティアスをぎゅっと抱き締める。
そんな二人を、アリスは呆れたような、微笑ましいような顔で見ていた。




