「愛着」か「甘え」か
敵地での尾道との一戦は、ある意味で衝撃的な結末を迎えた。恐らく唯一の目撃者であろう天野をはじめ、抗議した守備陣のいろんな意味で険しい表情を浮かべていた。特に、普段は温厚で物腰も柔らかい天野が、試合後の取材には「俺に近づくな」という物々しいオーラを纏わせてミックスゾーンを素通りしたことからも、敗戦の悔しさ以外のものを感じさせた。
そんなチームに追い討ちをかけるような報せが届く。首位鹿島が敵地で仙台を、2位川崎がホームで大阪をそれぞれ撃破。和歌山との勝ち点差をそれぞれ9と5に広げた。この結果、アガーラ和歌山のリーグ優勝の可能性がなくなった。リーグカップは決勝トーナメントに残れず、さらに天翔杯もすでに敗退していることから、今シーズンのアガーラ和歌山の無冠が確定したのである。
和歌山に戻った後のリカバリー練習の折、主力選手たちはそれについてのコメントを求められた。
「やっぱり、そういうものを求められていたと思うし、それが何一つできなかったことについては申し訳なく思ってます。ただ、この1年は開幕してからはここまでリーグ戦で優勝争いをし続けてきましたから、これが来年のチームに対しても大きな経験と自信になるんじゃないかなと思いますね」
囲み取材にて、竹内はそう語った。
「でも、俺や剣崎だけじゃなくて、内海や結木も加わったことで、チームとしての底上げも進んだ1年だったかなと思います。『これがA代表だ』っていう気概を持って1年プレーしたことは、僕にとっても大きな財産だと感じてます。まだ、試合は2試合残ってますし、そこでもう一度自分たちの成長を見せたいと思ってます」
取材の輪がとけ、記者の人数がまばらとなったなかで、クラブの番記者である浜田友美が周りを見てからすっと竹内に近づいた。
「竹内君、もう少しいいかな?」
「なんですか、浜田さん」
「・・・もうちょっと、残ってるものを聞かせてほしいな」
浜田の質問に、竹内は眉を潜める。
「これはオフレコにするから。ずいぶん言葉を選びながら話してるように思ったの。たまってるものがあるなら、聞くだけでも聞きたいな」
フリーライターでありながら一貫して専門誌の和歌山番として取材を続け、ルーキーの頃から6年にわたる付き合いとなる浜田に、竹内は信頼の念を置いている。この記者はよほどのことがあってもオフレコにすると言ったことは必ず守る。ならばと竹内はゆっくりと歩きだし、二、三歩後ろからついてくる浜田へまるで独り言を聞かせるようにぽつぽつと話し始めた。
「正直言って、今年優勝したかったですよ。そうすれば自分の中で踏ん切りがついたんですけどね・・・」
「踏ん切り・・・海外のオファーがあるのね」
「今までだったら『また来年』と気持ちを切り替えれるんですけど、今年ばかりはどうも・・・年齢も年齢だし、行くなら身体が思い通りに動いて、想像以上のプレーができる今がいいんで・・・」
ここ数年、竹内には国内のみならず、海外のクラブ、それこそイタリアのセリエAやスペインのリーガ・エスパニョーラ、イングランドのプレミアリーグと世界的なリーグのクラブからのオファーが届いている。それを見越してクラブは竹内に対して複数年契約で囲っているのだが、それに対する移籍金は今のアガーラの年間強化費(ざっくり言えば在籍選手の総年俸)の二倍以上を見込めるともっぱら。しかも、わざわざJリーグのサイクルに合わせ、冬の移籍マーケットまで待って獲得に動くというクラブも片手では数えきれない程度になっている。
23、4歳という年齢は一般社会ならまだまだ新人から若手という立ち位置であるが、サッカー選手として見た場合は決して若くない。移籍のチャンスはオファーがある限り存在するが、『売り時』があるのも事実だ。行けるものなら今すぐにでも行きたいというのが、一サッカー選手としての本能だろう。
だが、竹内もクラブに対して強い愛着を持っている選手であり、まだ恩を返しきれていないとも思っている。
「元々僕は浦和のジュニアユースでくすぶってて、上に上がれなかったところをここに拾ってもらってこうしてプロサッカー選手になったんで、このクラブなくして今の僕はないんですよね。だからタイトルをこのクラブに残したかったんですよ。バドマンさん(ヘンドリック・バドマン元監督。13、14年に指揮)の時にJ2で優勝して天翔杯も獲れたけど、やっぱりタイトルと言えば『J1リーグ優勝』ですから」
言葉の端々にタイトルへのこだわりを感じさせる竹内。だからこそそれを成せなかったことへの悔いと、再挑戦への意気込みも強い。だが、同時にいつまでもこのクラブに居続けることが、自分にとって停滞でしかないと思い始めた自分もいた。
「愛着のあるクラブを優勝させたい、タイトルをもたらしたいと思うのは人間として普通のことですよね。でも、最近自問するんですよ。そういう浪花節を傘に甘えているんじゃないかって」
「甘えている、とは?」
「勝手が分かって、言葉が通じる選手に囲まれてプレーするって、言葉悪いけど『楽』なんですよね。そもそもうちには剣崎っていう『怪物』がいますから、僕へのマークはどうしても緩くなる。僕がゴールでもアシストでも数字を重ねられるのは、剣崎の存在は否定できないです。あいつは難しいボールでも仕留めるし、あいつの存在感が敵を引き付けて結果として僕へのチャンスが出てくるわけですからね」
「それに対して、自分が『甘えてる』って感じるときがあるわけ?」
浜田の問いに竹内は頷く。そしてこう続けた。
「まあ、海外にいこうが日本で続けようが、一番はW杯出場にむけてもっともプラスになる選択をしたいと思います。今は残り2試合、きっちり勝ちきって終わるだけですよ」
竹内はそこで話を打ちきり、浜田に会釈をしてクラブハウスに入っていった。
若きストライカーの去就やいかに。終戦直後の一幕である。




