クラブの色(フィソロフィー)
鹿島と引き分けて迎えた28節横浜戦。3位横浜と4位和歌山の直接対決とあって、スタジアムは熱気を帯びていた。
だが、和歌山はエース剣崎の出来が悪かった。コンディション云々というより、周りの動きにかみ合わないプレーが続いていた。
「おい寄こせ!!」
「え、おい」
剣崎の仕掛けるタイミングに、竹内は焦る。だが、出したパスは相手守備陣の網にかかってボールを奪われ、カウンターを浴びる。事なきを得たものの、剣崎の不可思議な攻撃は続く。
「うらっ!!」
相手に囲まれながらも強引にシュートを放ち、ボールは明後日の方向に飛んでいった。
「ちょっとザキさん!いま俺フリーだったじゃないっすか。そんな無理に打たなくっても」
「ああ悪い。でも、今のは行けると思ったんだけどなあ」
緒方がとがめるが、剣崎はすまなそうな表情を見せつつも、ゴールできなかったことを悔やんでいた。
「おっかしいな・・・。あのやろう何やってんだ?今日はやけに迷ったようなプレーばっかしやがんな」
宮脇コーチが、半ばあきれるようにぼやく。同じような思いはピッチに立つ竹内と栗栖が、別々の感覚で捉えていた。
(剣崎・・・。友成に言われたからって、急にプレーが変わるんだよ)
(おいおい・・・。なんか「らしさ」は戻ってるみたいだが、いきなり戻っていいものかねえ?)
そして松本監督もまた、剣崎の動きのおかしさが、何に起因しているのかを察していた。指揮官もまた、あるジレンマを抱えていたのであった。
ハーフタイム。ロッカールームに引き上げてくると、まず内海が剣崎のプレーをとがめた。
「おい剣崎。今日は一体どうしたんだ?やけに自分勝手なプレーが多いぞ。エースのお前が自己中なプレーに走ったら、俺達がいくら守っても意味がない。チームの和を乱すな」
「おう…。悪い」
内海の指摘に、しかし剣崎は気のない返事をする。気になった内海ははっきりとした口調で問いただした。
「なあ剣崎、前から気になってたんだが、お前今集中できてるか?こないだチカとのやり取りを聞いていたが、上の空でプレーしてるだろ。思うことがあるのが悪いとは言わないが、試合の時は切り替えろ」
肩に手を置いて剣崎を諭す内海。その様子をせせら笑った男がいた。久しぶりにスタメン起用された小宮である。
「ハン。俺に言わせれば、そのバカが集中してないのは監督が悪いんだよ」
唐突な首脳陣批判に、全員の視線が自分に向く。それを小宮は満足げに見返して切り出す。
「逆に聞くけどよ?今このチームはこのチームの歴史通りにサッカーができてんのか?とてもじゃねえけど、俺から言わせればうちはいま『歴代最弱』を地で行ってると思うぜ」
「どういう意味だ小宮」
「聞くけどよヒデ。アガーラ和歌山の魅力ってなんだよ。このバカをはじめとした攻撃陣の奇想天外でハマったときの痛快さがそうだったんじゃねえの?お前だって和歌山に移籍する決め手は、そこに惹かれたんじゃねえのか?」
小宮の言い様に内海は眉をひそめるが、移籍の理由にふれられたときに思わず言葉に詰まる。小宮はさらに続ける。
「今うちが優勝争いできるのも、選手の質が上がったってこともあるが、ブレずにそれ一辺倒に突っ走ってきて結果としてここにいるだけだ。それをまあ、あの監督は何をとち狂ってんだか、あれこれ術を落とし込んで戦術の幅を広げようとしてやがる。できることが増えるのが悪いとは言わねえけどさ、それが逆に自分の首を絞めてるってことに気づかねえもんかねえ。実際に頼れるエースがこの状況で変にもやもやしてるじゃん」
「小宮、お前の言ってることは分かる。だがな、今は監督を非難する場所じゃないだろ」
温厚な内海が、眉間にしわを寄せたまま詰め寄るが、小宮はむしろ語気を強める。
「このクラブは『素人を引き込むサッカー』が特色だったんじゃねえのか?なまじ代表選手を生み出したり、優勝争いに参戦してるからって『プロらしいサッカー』なんかかじってんじゃねえよ。天才たる俺様をはじめ、怪物の剣崎だったり、竹内だったりが織りなす『力で強引にねじ伏せきれる』サッカーをもっとやるべきだ。あの監督はそれが分からなくなってるから、勝てなくなったり勝ってももやもやしてるんじゃねえのか?」
「小宮!お前いい加減にしろ!」
毒をまき散らす小宮に突っかかったのは、竹内だった。自分たちにとって恩師の一人でもある松本監督が糾弾されるのが我慢ならなくなったのだ。
「マツさんは今、結果を出さなきゃいけないチームを率いている。そのために俺たちが少しでも力を発揮できるように苦心惨憺してるんだ!表面だけで批判するのはやめろ!」
「苦心惨憺大いに結構。だがそれがクラブの色を殺すような方向につながるんだら、俺としてはやってらんねえな。『器用貧乏』ってのが俺は一番気に食わねえんだよ」
「その辺にしてもらおうか」
一触即発となったその時に、ロッカールームの扉が開く。松本監督がいつものように神妙な表情で現れた。




