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もうどうにも止まらない

「大したもんだな…」


 ベンチ前のテクニカルエリアで腕組みをして戦況見つめていた松本監督は、小さくガッツポーズをしながらそうつぶやいた。

「ああ。剣崎の奴、よく周りを見てたもんだ。猪口もうまく駆けあがっていたしな」

 宮脇コーチが傍らで同調したが、松本監督が感心していたのは菊瀬の出来であった。

「そうじゃない。俺は菊瀬のことを言っているんだ。ある程度できるとは思っていたが、正直ここまでハマるとは思わなんだ。それに、守備に重きを置くプレーをする中で、かえって攻撃への感覚が鋭くなっている。緒方の縦パスも、いいタイミングだった」

「そうだな。うちは関原(慶治。13~14、16年に在籍)がどんと座ってから、左のサイドバックが空いたまんまだ。寺橋カズキはよくやってるが、独り立ちにはもうひと押しだ。この菊瀬の出来をどう感じるかだな」

「とにかく、いい形で先制点を取れた。できることなら、前半のうちにもう一点取っておきたいな」


 そんな首脳陣の願望は、前半終了間際に叶う。


「うおぁ!」


 ドリブルで仕掛けようとした竹内が、相手DFに足をかけられて転倒。ゴールほぼ正面で主審がフリーキックを宣告した。


 ボールをセットしたのは、若手MFの前田だった。壁を見据えて大きく息を吐く。


「ハン、あのガキ、仕草だけは一人前になった来たな」

 ベンチでふんぞり返っていた小宮は、そう言って前田を笑う。

「態度だけじゃないぜ、コミ。あいつ、なかなかいいボール蹴るぜ?俺やお前がピッチにいない今日のスタメンで、一番いいボールを蹴れるぐらい成長してるぞ。あいつは」

 一見、太鼓判を押しているような栗栖の言葉だが、かすかにのぞくプライドに小宮はにやつく。

「『ピッチにいない』ってのが、お前もまだ認めてない証拠だな」

「簡単に認めないさ。俺はフリーキックだけでピッチに立ってきたようなもんだからな」

 自分の左足に手を当てながら、栗栖は笑みを浮かべた。



 さてピッチの結果はというと…。

「せいっ!!」


 前田の右足から放たれたボールは、緩やかな弧を描いて壁を越え、ゴールの右隅に吸い込まれようとしている。

「させるかっ!!」

 渡の長い左腕が、それをはじき出さんと伸びてくる。だが、わずかに届かなかった。ボールは刹那の差でゴールの中に吸い込まれたのである。


「やった…」

 ゴールの中にボールが入ったことを実感し、前田は小さく握りこぶしを作る。だが、すぐに先輩たちの手洗い祝福を喰らう。

「この野郎よく決めたぞ!!」

「ナイスキックだ前田!!」

 剣崎、竹内、さらには内海に脇坂と自分よりも大きな選手がのしかかってくる。


(げふっ、重っ、でも、最高だ…)







 後半、松本監督は守備でやや足を引っ張っていた仁科に代えて外村を投入。最終ラインを微調整した和歌山は、後半も躍動する。

 フリーキックを決めたことで、プレーに自信を持った前田が攻撃の起点としてフル稼働。特に、同じく好調な緒方や菊瀬とホットラインを構築。長らく弱点とされていた和歌山の左サイドは、この日は武器となって川崎に襲いかかった。


(くそ。キクの野郎、すっかり生き返りやがったな…。サイドハーフの時よりも切れてやがる。それにあの5番、いろいろ聞いちゃいたが、あれほど質がいいとはなあ)

 ゴール前に立ちはだかる渡は、自分たちの右サイド(和歌山にとって左サイド)が劣勢な状況を見てそう分析する。だが、そこから放たれるクロスにはことごとく対応した。

「だからってゴールを決めるにはここに入れんと駄目だからな!!」

「うぐぇっ!!」


 今も剣崎との空中戦で競り勝ち、ボールをキャッチする。ボールを投げた後、剣崎を起こす。


「くっそ、この野郎。やるじゃねえか、俺に競り勝つなんてよ」

「でかいってことは俺の持ち味だ。自分の領域じゃ負けるわけにはいかん」

「んぐぐ…」


 そう、和歌山にとってはもっと点を取れている感覚はあるのだが、この渡の奮闘が2点にとどめている。決定機を逸し続けると、往々にして流れは変わるもの。ダイレクトパスでほんろうされたのち、川崎のエース古林に1点を返されてしまった。

 ここで和歌山ベンチが動く。松本監督は稀代の司令塔二人に、状況の打破を託した。前田に代えて栗栖、竹内に代えて小宮を投入したのだ。


「おつかれな、前田ユウ。フリーキック、良かったぞ」

「あざっすクリさん。あと頼んます」



「ちぇ、俺が下がるのかよ」

「フン。点がとれないほうが悪い」



 二人はそれぞれ、代わった選手と同じポジションに入る。小宮は実に3年ぶりに和歌山で2トップの位置に入った。


「あん?なんでお前が俺の近くにくんだよ」

「お前が不甲斐ないからだろ。まあ、俺がここに来た以上、お前に『仕事』をさせてやる。ありがたく思え」

「ケッ。相変わらず何様のつもりだよてめえ」


 しかし、この二人が入ったことで、和歌山の攻撃に緩急がついた。最前線に立った小宮のキープ力は卓越しており、小柄ながらDFを背負ってのポストプレーをきっちりこなす。そこから脇坂や猪口、さらに途中出場の栗栖が攻めあがってミドルを放ってくる。栗栖もまた、効果的な縦パス、あるいは左サイドに流れて精度の高いクロスを放り込み、確実に川崎ゴールを襲う。


 そしてついに、エースが火を噴いた。


「キクッ!!行け!」

「おしっ!!」


 左サイドで栗栖とのワンツーを経て、菊瀬がドリブルで駆け上がる。相手DFがフォローに入るが、それに合わせて追い越した緒方にヒールで託す。


「よぉしっ!!」

 受けた緒方は切り返しで相手を振り切りバイタルエリアに侵入。

「お願いします!」

 そして緒方は剣崎に託す。足元で受けた剣崎は、得意の一発を見せる。


「さあて、ケリつけるぜ!!」

 左脚を軸に、反転する勢いで右脚を振り抜く剣崎。砲丸にような一発が渡を襲うが、渡はこの至近距離のシュートを止める。

「んなっ!?」

「ぐふ、手がしびれる…あ」


 渡が懸命に弾いたボール。それをあざ笑うように、小宮が押し込んだ。


 和歌山は川崎相手に、敵地で3-1の勝利。優勝候補との3連戦を見事3連勝で飾ったのだった。



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