眠った虎を叩き起こす
それはミニゲームでの最中だった。
「あいってぇっ!」
裏をとるタイミングをはかり、チャンスと見てダッシュをかけた須藤。その瞬間、太もも裏に針を刺されたような痛みに襲われ、その場に倒れた。
村尾フィジカルコーチやトレーナーたちがすぐさま駆けつけるが、患部を抑えながら悶える須藤。須藤は担架で医務室に連行され、そのまま病院に直行した。
「全治二週間か。思ったよりも軽かったな」
戻ってきた村尾コーチから報告を受けて、松本監督は安堵の表情を見せる。しかし、村尾コーチは対照的に顔をしかめる。
「ただ、須藤のようなタイプは、慎重に調整しないと厳しい。治ったからといって同じような強度のプレーをすればすぐに再発します。それもその度に離脱期間が延びるように」
「だろうな。となると、次の試合はおろか、しばらくの離脱は覚悟ってところか・・・」
「この機会に、あいつの身体を鍛え直しますよ。初めて主力クラスのプレー頻度で、身体の鍛え方が足りなかったツケがきた訳ですしね」
村尾コーチはそう言って監督室を後にした。残された松本監督は、椅子に座ったまま頭を抱えた。
「ここへきての駒不足、か。剣崎と竹内は次のアジア予選で間違いなく持ってかれるからなあ・・・。しかし、どうしたものやら」
和歌山のFW陣については、今更語るまでもない。日本代表のエースストライカーである剣崎、ゴールもアシストも量産する万能アタッカーの竹内なもはや日本最強と言っていい。さらに無双ドリブラー櫻井に、成長著しい須藤と村田。まさに敵なしと言えるのだろうが、代表招集という要素を考えたときに駒不足に陥る危険性をはらんでいる。というのも、櫻井、須藤、村田の三人に関しては90分フルで戦いきれるほどのスタミナと信頼はないのだ。櫻井は膝に爆弾き抱え、須藤と村田はようやっと戦力になったばかりの若手である。今年ユースから昇格した成谷は、まだまだプロ仕様に鍛えている最中。途中出場ならまだしも、スタメンで使うには力が足りない。5、6年前なら抜擢もしただろうが、今の和歌山の取り巻く環境は、それが効果をもたらしてくれるような貧弱なものではない。
となると、選択肢はひとつだった。
「次の試合、いきなりだがスタメンで出てもらう。コーチからはコンディションに問題はないと聞いている。それなりの働きをしてもらいたい」
翌日、松本監督は一人の選手を呼びつけ、そう伝えた。通訳に耳を傾けながら、強面の選手は頷き『わかった。全力を尽くす』と答えた。
その選手は、今季から和歌山に加入した、韓国人FWのイ・ジョンファンであった。
元韓国代表でW杯出場歴こそないが、国際Aマッチにて13試合出場、5得点をマークしている。186センチ90キロと剣崎に勝るとも劣らない巨漢ながら、裏に抜け出す瞬発力に定評があり、イタリアのセリエA、イングランドプレミアリーグでのプレー経験もある。しかし、33歳という年齢や、膝や脚の筋肉系の故障歴が獲得前の懸念としてあり、実際キャンプでのミニゲームで肉離れしたのを皮切りに離脱と復帰を繰り返し、ここまで練習試合ですらフルタイムでのプレー経験がない。
だが、ここ最近はケガなく練習メニューも通常の内容をフルにこなせていることから、松本監督はあえて起用を決めた。だが、当然ながら宮脇コーチは難色を示していた。
「しかしマツよ。こりゃかなりの博打だぜ?試運転なしでまともなプレーができるとは思えねえ」
「百も承知。これは彼へのテストもかねているんだ」
「今後使えるかどうかか?」
「いや。クビにするかどうかのな」
「は!?」
松本監督の言葉に、宮脇コーチは思わず声をあげる。だが、松本監督はマジだった。
「今石にも了承はとってある。仮にもトップレベルでプレーしてきたやつが、こうもケガを繰り返しているようでは、戦意の有無が問われる。せめて須藤や村田を凌駕する程度の力量を見せてもらわねば、チームの士気に関わる」
「・・・それをあいつには?」
「言うわけないだろ。言って本気を出すのは誰でもできる。だが、あのクラスは言わなくてもわかるだろう。自分より年下のFWが活躍している状況で唐突なスタメン起用。感じ取れないなら、その程度ということだ」
「お前・・・ヘッドの時はおとなしかったくせに、監督になってから鬼になったな」
平然と言いきる松本監督に、宮脇コーチは顔をひきつらせる。
「持っている力量にはそれ相応のレベルを求める。でなければ相手に対して失礼だからな」
そしてアウェーの地に乗り込んだ神戸との一戦。スタメンはこうなった。
GK1天野大輔
DF38結木千裕
DF23沼井琢磨
DF20外村貴司
DF6辛島純輝
MF17近森芳和
MF3内海秀人
MF15ソン・テジョン
MF5緒方達也
FW37イ・ジョンファン
FW9剣崎龍一
「ジョンさん。今日はよろしくな!」
ピッチにて記念撮影を終えたところで、剣崎はイに手を差し出した。
「オ、オウ。ヨロシク」
「アンタと組むのはこれが初めてだな。とにかく俺にボールをつないでくれりゃ何とかしてやっからな」
勇ましい若きエースストライカーは、そう言って笑顔を見せた。しかし、イの表情は固かった。
(俺は・・・、このチームでどうあるべきか。どう結果を出せばいいか・・・)
この試合が自分の分水量となることは、松本監督の期待通りに感じてはいたが、それが迷いとなっている感は否めなかった。
「大丈夫かねえ、ほんとに」
宮脇コーチはベンチで首をひねった。




