仕入と調理
「いや〜、なんというか、将来の日本代表を担うストライカーの凄みを感じさせられましたね。元日本代表として、非常に頼もしいFWに出会えたことに、今日は喜びすら覚えましたね。いや凄かった」
試合を終えて、まずは竹島監督が記者たちに会見をしていた。そこで発せられていたのは、和歌山のストライカーたちへの賛辞ばかりだった。
「剣崎の馬力と決定力、竹内のスピードとテクニックは、はっきり言って世界レベルですね。そういう選手が前線で引っ張ってくれるわけですから、今年の和歌山は本当に優勝争いをリードしますよ、きっと」
会見を聞く記者たちは、竹島監督のコメントに唖然としていた。一解説者が総括しているなら胸をときめかせるような内容ではあるが、敵将として相手選手ばかり褒めるのは好ましくない。まして、このコメントを引き出す質問は「課題だった守備が大きく破たんした格好になりましたが・・・」である。
また、試合をこう振り返った。
「まあ、今日は前半のうちに退場者を出してしまいましたし、それ以上に向こうの攻撃の質が、こちらの想像以上でした。それに2トップで来ると思っていたので、読みが外れたのもありますね。トリちゃんが先制点をとってくれたので、何とかなると思ったんですがねえ。特に後半においては、あそこまで抑えられるとは思っていませんでしたねえ。今日は彼の調子が悪かったのかな」
もともと能天気なキャラクターで人気解説者だった竹島監督であったが、このコメントはその気分がまるで抜けていないことを暗に示していた。
「まあ、今日のような試合はあまりありませんし、逆に考えれば今日は今日と割り切れますから。まあ、次の試合に向けて、気持ちを切り替えていきたいです」
「切り替えるということは可能だと思いますが、特に守備面については、早急に改善が必要と思いますが、どのような対策を講じるつもりでしょうか」
危機感をまるで感じないコメントを連発する指揮官に、たまりかねた記者の一人が守備について指摘した。
「開幕戦をはじめ、守備陣に対して約束事があれば防げた失点が多々あったように思いますが、今回はそのツケが出たように思います。竹島監督の中で、これらの解決策というのは考えられておいででしょうか」
「や、あの・・・。今日は参考にならないですよ。退場者出しましたし、攻撃陣の調子も上がらなかったし、いろいろな不確定要素が出たんで・・・。まあ、マークの受け渡しとかプレスのタイミングとかは、ダヴィドコーチらとこれから考えていくつもりですけどね。あとはどれだけボールを持って自分たちの時間帯をどれだけ広げられるかということに尽きると思ってます」
質問した記者をはじめ、会見場にいた面々が言葉を失ったのは言うまでもない。
だが、それ以前にサポーターたちは、竹島監督に「NO」を突き付け始めていた。
「今日はひどい試合だったな・・・」
「まあ、こんなこと、あってはならんが、学習して次につなげればいい」
亀井とマルコスが肩を落とし、他の選手を引き連れて駆け付けたサポーターたちにあいさつに向かっていたのだが・・・。選手たちが目の前で整列を始めているにもかかわらず、コールリーダー役のコアサポーターをはじめ、家族連れすらなんのアクションも起こさず、黙々と帰り支度に勤しんでいる。並んで選手たちが頭を下げても、拍手一つない。
「あの・・・今日はすいませんでした!次は勝ちますんで、また応援をお願いします!」
生え抜きのエース・野口がそう詫びても、何の反応もなかった。何より、誰一人目を合わそうとはしなかった。
「ひ、秀さん。なんかおかしくないですか?今日のみんな」
戸惑う野口に、荒川は冷静だった。
「いや、なかなか考えた仕打ちさ。ブーイングの方が100倍はマシだな」
「し、仕打ち?」
「今日の俺たちの戦いぶり、戦えている奴とそうでない奴がはっきりしていた。ブーイングを送るのは感嘆だが、それじゃあその中で気を吐いた連中までを否定することになる。だからといって、励ます気分にもなれない。・・・だから無視を決めたんだ」
「!!」
「この意味を、俺たちだけじゃなく、むしろ監督や強化本部長にも見てほしかったんだがなあ・・・」
その強化本部長は、帰り際に叶宮コーチから名刺を返された。
「はいこれ。返しとくわ」
「え?いや、それは・・・」
「折り曲げないだけ感謝なさい。アタシは『素人』の名刺をもらうほどもの好きじゃないのよ~」
氷のような嘲笑に、大江本部長は絶句する。
「サッカークラブっていうのはね、いわばレストランなのよ。仕入れ業者のアンタが、コックである監督に、食材である選手を提供して調理させ、ピッチというテーブルに届けるのよ。三ツ星どころか営業許可すら出せないレストランに誰が食べに行くのよ~。・・・もうちょっとサッカーを勉強なさい。よかったらサッカースクール紹介するけど?ククククク」
そう笑ってスタジアムを出る叶宮コーチの後ろ姿を見ながら、大江は返された名刺を握りつぶしていた。
この試合以後、尾道は苦戦を強いられることになる。




