点差ごとの集中力
須藤のゴールが決まったところで、松本監督は栗栖に代えて若手サイドバックの寺橋を送り出した。寺橋は左サイドバックに入る。
「・・・で、結木さんは右のサイドハーフに上がれとのことです」
「残り5分でポジション変えんのかよ・・・。変な感じだな」
「あ、それから伝言です。『残り5分だが手を抜くな』です」
「おわっと」
7−1
このスコアは、1点ずつした積み上がらないサッカーでは滅多にお目にかからない。このまま和歌山は試合を終えられれば、勝ち点だけでなく得失点差で6のプラスを得る。勝ち点で並んだ場合は得失点差が順位を左右するだけにこれは大きい。松本監督は敵味方の状況を精査した上で、さらにゴールを狙うことを決め、結木を終了間際の時間ながら本来のポジションに戻して、だめ押しを狙った。
一方で尾道サイドも交代を検討していたが、そこに意義を見出だすのは難しかった。あえて言えば、後半以降常に二人の大型DFを相手にし、疲労が顕著の野口を休ませるためだろうか。ただ、竹島監督はトリニダードも交代を検討していた。後半、ボールを持つようになってからというものの、徹底的に内海に潰されたことで、本来のキレを失っていたのだ。
「どうしようか。もう今日はトリちゃんは期待しづらいし下げてリフレッシュさせたほうがいいかな」
『いや、トリニダードの決定力は外すには惜しい。代えるなら明らかに疲れている野口ではないか?』
「う〜ん、でも野口代えちゃったら、前線のターゲット役がいなくなるからなあ。まだ競り合えているし」
監督とその参謀が迷っていると、その矛先は交代で出るであろう男に向いた。
「なあ秀吉。どっちがいいと思う?」
「・・・なんで俺に聞くんですか。監督が決めたらいいじゃないですか」
「僕より君のほうが、野口やチームを理解してるじゃないか。たまには選手の知恵を借りるのも悪くない」
「・・・まあ、言っていいのならトリと代えてください。タクトができることと、俺のできることは被ってませんからね」
「そうか。助かるよ。じゃダヴィドコーチ。今日はトリちゃんを下げよう」
竹島監督はそう言って第4審判に交代を伝えた。荒川は、そんな指揮官を見て呆れてしまった。
(こんな大事なことを選手に託すとはな・・・。まだ解説者気分が抜けないか。少しは自分で決断してもらわないと、選手がついてこなくなるぞ)
やがて、後半もいよいよアディショナルタイムに近づいてきたぐらいに、荒川はトリニダードと交代で出場した。
『お疲れ。今日は散々だったな』
『・・・』
『ま、日本は奥が深いってこった。切り替えな』
出迎えた荒川は、トリニダードの母国語でそう慰めたが、よほどショックだったのか、茫然自失のトリニダードは上の空のまま、トボトボとベンチ裏に消えた。
一方でピッチに駆け出した荒川は、まずは野口を労った。
「おつかれ。よく耐えたな」
「はは・・・。なかなかきついですけど、うれしいっちゃうれしいですよ。それだけ相手が認めてるってことですから」
「言うようになったな。お前」
「秀吉さんが得点王になったなら、俺だって獲らないと。身体張りながらゴールとれないと、A代表も見えてきませんから」
その直後だった。
「来るか」
右サイドの攻防。仕掛けてきた結木に、マルコスが対応する。結木は迷わなかった。
(悪いが・・・あんたじゃ止めらんねえよ!)
結木は強引な仕掛けでマルコスを振り切ると、そのままゴール前に折り返し。竹内がそれに反応、スライディングボレーでねじ込もうとした。しかし、ここで種部が執念のセーブを見せる。
「くあっ!」
「なっ!」
止められるとは思いもしなかった竹内は目を丸くする。
「一日に二人にハットトリックなんか許せるか!プロ同士の試合でよ!」
そう叫びながら、種部は前に蹴りだす。これを受けた荒川は、左サイドの謝花を見る。
「リック!上がっていけ!」
荒川はそう言ってボールを流すと、そのまま前線に走り出す。
「おっし!やってやっか!」
謝花は疲れた体を奮い立たせて攻め上がり、途中、ソンの強烈なスライディングもひらりと交わす。一度中央の野口に渡してワンツーでもらい直すと、ふわりとゴール前にセンタリング。
「うおっし!!」
これに外村がヘディングでクリアを狙った。しかし、このとき、エデルソンとポジションがかぶってしまう上に、ボールをミートできない。ファーに流れたボールを、走りこんでいた荒川の下に来た。
「うっ!いつの間に・・・」
「もらった」
昨シーズンのJ1得点王が、今季初ゴールを挙げたところで、試合終了を告げるホイッスルがスタジアムに響いた。




