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A代表と戦力外

 そして試合当日。アガーラ和歌山にとっては、ようやくにして今季初のホームゲーム。敵地で連敗したことも加えて、新生和歌山を見るべく会場は早くも人であふれかえっていた。また、この日は3月11日とあって、会場の紀三井寺陸上競技場の周辺では、福島関連の物産展や義援金活動が行われていた。

 そこにアガーラ和歌山の選手を乗せたバスがスタジアムに横づけされた。松本大成監督らコーチ陣に続き、内海、結木、竹内、そして剣崎と日本代表の選手が現れると、取り囲んだサポーターは沸きに沸いた。また、クラブきってのイケメン選手として名を馳せ、今季から復帰した天野にも黄色い声援がやたらに飛んだ。その様子を遠目から見て、今石GMはついつい悦に入った。

「は~・・・こうしてみると感慨深いもんだなあ~。日本代表の選手が、日本代表以外の同じユニ着てる姿を見てるとな。あいつも出世したもんだなあ」

「自分が手塩にかけた才能が、今や日本代表のエースストライカーですか。いやはや、感慨深いものがあるでしょうねえ」

 そんな今石に、竹下社長が声をかける。しかし、今石は否定する。

「いや~。俺はただ、だれも見向きもしなかったところを、真正面から見てやって信じただけ。あとはあいつが勝手に化けたんですよ」

「ですが、君のその信念がなければあの選手は生まれなかった。そこは誇ってください」

 両者がこの試合に足を運んだのは、試合前にスポーツ新聞が報じているように、日本代表の関係者が視察に訪れる予定で、そのエスコートをするためだ。そんな現場に、対戦相手の関係者をまず迎えることになった。


「お忙しいうえに、急な訪問になって申し訳ありませんでした。ですが、どうしてもお会いしたかったので・・・」

 丁寧な口調で挨拶してきたのは、先乗りで会場入りしていた、尾道の大江本部長だった。

「いえいえ。こんな田舎までご足労いただき、こちらこそ申し訳ない。尾道さんにはいろいろお世話になってますから、お気になさらないでください」

 竹下社長は温和な表情で出迎え、大江本部長と固く握手を交わした。そして今石も手を差し出す。

「ようこそ和歌山へ。まあ、なんもないですけど」

「いえいえ。何もないはずないでしょう。日本代表をこうやって引き抜けたわけですから。今日はいろいろとお話しできればと思います」

 大江本部長は、笑顔のまま今石とあいさつを交わしたが。竹下社長のように握手はしなかった。まるで眼中にないかのように。そしてそこに、今日一番のVIPが姿を現した。

「ハ~イ!みんな元気してた~?」

 独特のオネエ口調で現れたのは、日本代表の叶宮ヘッドコーチだった。リオオリンピックではU-23代表を率いており、得点力不足に悩んでいた当時、剣崎を抜擢し、A代表に推挙したのも彼だ。大江本部長は、パッと表情を変えて名刺を差し出した。

「失礼します。私は、今シーズンから尾道の強化部を担当しております、大江雄三と申します!ぶしつけながら、今日はぜひ叶宮さんにお会いしたと思いまして」

「あら。んじゃ、野口君とかカメちゃん、カヤちゃんの親御さんに当たるのか知らねえ~」

「お、親御・・・ですか」

「な~にあっけにとられちゃってんのよ~。あそ。ま、よろしくね。とりあえず今ちゃん。みんなの様子教えてくれる?」

 そういって歩を進めた叶宮コーチを見送って、大江はニヤリとした。

(なるほど・・・。この太いパイプがあるから、結木はここを選んだわけか・・・。サッカー協会とのコネクションを強化できれば、クラブも強化できる。・・・なんとしても本社の連中を見返すためにも、この出会いを大事にせねば!)

 私利丸出しの大江本部長は、そう意気込んで鼻息を荒くした。



「よう~!ヒデ、調子はどうだ?」

 入場セレモニーを待つ両チームのスタメン選手22人。その中で、今季から尾道のユニフォームを着るDF円山青朗が、先輩風を吹かせて内海に近寄ってきた。

「円山さん、こうして話すのは久しぶりですね。去年も一昨年も試合で被らなかったし」

「そうだなあ。まあ、去年のリオは残念だったな。ボロボロにされちまって。俺たちみたいにベスト4ぐらいならイケると思ったのになあ~。ええ?おい」

「まあ、それはちょっと悔しいですよ。メダルは目標としてましたからね」

「でもよ~。お前ら谷間の世代扱いされてたのに、本戦まで行っただけでも十分だったぜ?まあ、俺と一緒にロンドン目指してた経験が、リオのメンバーを強くしたといっても過言じゃねえよな」

 リオ五輪代表のキャプテンを務めた内海は、その前の大会のロンドン五輪代表も、DF最年少としてアジア予選を戦い、バックアップメンバーとして本戦にも帯同していた。円山とは同じ試合でセンターバックを組んだこともある。そういう関係性があるのだが、円山の態度ははたから見て気持ちのいいものではなかった。言葉の端々に内海への羨望や嫉妬が見え隠れし、嫌みたっぷりに先輩の威厳を示そうとしていた。そんな円山の足を、平然と一人の選手が踏みつけた。

「っ痛ぇな!何すんだ!」

「おっと。こりゃ失礼。ラジオがうるさいんでその電源を切ろうと思ってスイッチ踏んだんですけど、人間でしたね」

「こ、小宮か・・・」

 内海と同じく円山とロンドン五輪を目指した小宮は、円山にこう言い放つ。

「どうにか再就職にこぎつけて良かったすね。あ~あ、それにしてもオリンピック代表の成れの果てってのは無様なもんですね。同じポジションで片やA代表、片やリストラ再雇用ですもんねえ」

「けっ!連敗中のくせに何ほざいてんだ。今日は目にモノを見せてやるから覚悟しとけ」

 円山はそう言ったが、小宮は嘲笑を浮かべた。

「は?やめときなさいって。そ~んな無理難題を宣言するのは。ニートがオリンピックで金メダル獲るなんて言ってんのと一緒っすよ」

「・・・んだと?」

「はい。もうすぐ入場です!選手は整列してください」

 係員の声が響いてそれ以上発展しなかったが、小宮は舌を出して挑発した。

「あんたはもはやJ1でやれるレベルじゃねえ。俺教えてやるから、転職先の下調べでもするんだな」

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