1話 ~目覚めの義兄~
「計太、起きろ。計太」
鼓膜を震わせる低い声に、意識の端がわずかに持ち上がる。しかし、心地よい眠りの淵からはまだ逃れがたい。
「むんにゃぬにゃにゅな……」
得体の知れない寝言を漏らし、計太は毛布の温もりに顔を埋めた。だが、枕元の主は諦めるという言葉を知らないようだった。
「計太、起きろ。計太」
「ぬにゃにゅなむんにゃ……」
「……仕方ないな」
無機質な操作音が響き、照明のリモコンが押された。次の瞬間、室内灯が暴力的なまでの光を放ち、部屋の隅々までを白日の下にさらす。
「ふぎゃ!?」
ベッドの上で、ボサボサの頭をした小柄な男が悲鳴を上げた。網膜を焼くような光に目をしばたかせ、混乱したまま身をよじる。
「起きろ、計太」
そこに立っていたのは、ランウェイを歩くモデルだと言っても差し支えないほどの、完璧なスタイルと整った容姿を持つ青年だった。
「なんだよ、止めてくれよ……」
掛け布団の暗がりに逃げ込みながら、恨めしそうな声が漏れる。
「お前に話があるんだ」
「……今、何時だよ」
「五時五十分。いま、五十一分になった」
「勘弁してくれよ、そんなの起きる時間じゃないって」
「普通の人なら、起きていておかしくない時間だ」
「俺らにしたらおかしいんだよ! こんな時間に起きる呪術師なんて、この世に一人もいない」
計太の抗議を受け流し、青年は泰然と腕を組む。
「もうそろそろ目が覚めただろ。諦めてそこから出てこい」
「やめてくれよその口調、まるで立てこもり犯に呼びかけてるみたいじゃないか。家の中でも警察官やるのは止めてくれって、いつも言ってるだろ!」
「それなら、さっさと起きて話を聞くんだ」
「……わかったよ、起きるよ。なんだよ、今日はやけにしつこいじゃないか……」
深い溜息の後、布団から這い出した顔には、寝不足の証である濃い隈が刻まれていた。
彼の名前は、芦屋 計太。
その小柄で幼い外見からは想像もつかないが、職業は「呪術師」である。
「それでは、下で待っているぞ」
短く告げて、風を切るように部屋を出て行ったのは、兄の芦屋 流星。
エリート街道を突き進む、現役の「警察官」であった。
二人は両親の再婚により義理の兄弟となった。家賃節約という極めて現実的な観点から、現在は文京区本駒込にある古い一軒家に同居している。
二人きりで食事を囲むほど仲が良いわけでもないが、互いのに困りごとがあれば、最低限の助けを求める程度には信頼し合っている。
(どうやら、相談事があるらしいな……)
計太はぼさぼさの頭を乱暴に掻き、もう一度大あくびをした。壁に掛けられたアンティークの振り子時計が、規則正しい音を刻んでいる。彼は重い足取りで、古い木造階段を一段ずつ下り始めた。
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