(初稿版)第六章・第五節:なぜ宇宙には金があったのか
1974年、NSA地下第3記録庫。
a.n.hの机には、既に5冊の予算資料が山積みになっていた。だが、まだ**“あれ”がなかった**。
> 「探したわよ。3回くらい『存在しない』って言われたわ」
クレアが投げるように茶封筒を机に置いた。
彼女の指先にはまだ、書類整理用の白手袋の跡が残っていた。
a.n.hは封筒を手に取った。そこには手書きでこう記されていた。
> 【1960年度・国家戦略特別予算概算要求書(非公開草案)】
【案件名:PROJECT APOLLO/予備指定:ECHO-FIN】
【編纂責任者:A. DROS(仮提出名義)】
> 「仮提出……つまり?」
「正式ルートを通してないってこと。議会に出る前に“別ルート”で通した可能性が高いわね」
クレアの返答は冷ややかだったが、どこか芝居がかっていた。
a.n.hはページをめくる。
そこには、“非戦略戦費扱い”という不可解な分類で、
「ロケット研究」「試験基地建設」「月面環境シミュレーション施設」などの名目に、**国家予算の7.2%**が割かれていた。
> 「……この金があれば、母は助かったかもしれない」
a.n.hの呟きに、クレアは目を伏せた。
その瞬間、彼女はふいに封筒の裏側を返し、そこにペンで数字を書いた。
> 「1960年、アポロ計画予算:13億5000万ドル」
「同年、全米医療福祉予算:4億2000万ドル」
「国家が選んだのは、命じゃない。月だったのよ」
沈黙が落ちた。
> 「“命を買わず、国家は宇宙を買った”…だっけ?」
クレアの声が低く響いた。
「そのフレーズ、どこで覚えたの?」
a.n.hは答えなかった。
代わりに、その封筒の裏に残された母の手紙と同じ言葉を、じっと見つめていた。
その夜、a.n.hは夢を見た。
月面に降り立つ宇宙飛行士たちの後ろで、声も出さず倒れていく母の姿。
フラッグのはためく映像の向こうに、彼は国家が見捨てた人々の幻影を見ていた。




