(初稿版)第四章・第一節:記録という真実
「君は教育には向いていない。できれば、人と関わらない仕事に就きなさい。国家公務員とか、ね」
大学を卒業する直前、A.N.Hは指導教授にそう言われた。
悪意はなかった。むしろ親切だった。だが、その口調には、学問の才能と人間社会の溝を見抜いた者にしか出せない静かな断言があった。
A.N.Hはその助言を受け入れ、国家公務員試験を受けた。
彼はNSAに採用されたが、配属先は最前線ではなく、半地下の書庫と化した一室だった。
記録管理部・再評価課。
部門名は立派だが、実態は忘れ去られた文書を読むだけの閑職だった。
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最初に渡されたのは、ケネディ暗殺事件の調査文書――ウォーレン報告書だった。
「再評価しておいてくれ」
上司はそれだけ言うと、熱の抜けたコーヒーを持って自席に戻った。
A.N.Hは分厚い報告書を読み込み始めた。
分野は異なるが、彼は理論物理の訓練を受けている。文章の背後にある数理的な構造や矛盾を炙り出すことには慣れていた。
そして、彼が真っ先に違和感を覚えたのが――
**「魔法の弾丸(magic bullet)」**と呼ばれる奇妙な語だった。
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> 「一発の弾丸が、七箇所の損傷を生み出し、ほとんど変形もせず回収された……?」
報告書には、弾道の図解があり、ページをめくるごとにその弾丸の奇跡的な軌道が繰り返し描かれていた。
ケネディ大統領の首を貫き、コナリー知事の背中に入り、肋骨を砕き、手首を通り、太ももに到達。
そして、その後、病院のストレッチャーの上で、ほぼ無傷の状態で見つかったとされている。
A.N.Hは、その弾丸の写真をルーペで確認した。
先端にわずかな凹みはあるものの、銅合金の弾体はほぼ変形していない。
> 「常識的に考えれば、破綻している。……だが、それでも“そうであった”ことにされている」
彼のノートには、こう記されていた。
「変形していないのではなく、“変形しても元に戻る”可能性があるのでは?」
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この仮説を証明するため、彼は文献を洗い始めた。
物質工学、軍事技術、形状記憶合金――
そしてある記録が、目に留まった。
「1947年・ニューメキシコ州・回収物件D3群──金属的だが、極端な変形後に原形へと復元する挙動を示す」
出典は、1947年に発生した**「気球墜落事故」**とされる出来事に関連していた。
世間ではロズウェル事件と呼ばれ、未確認飛行物体の残骸が回収されたという都市伝説的な事件だ。
だが、NSAのアーカイブに残された一枚の分類表には、はっきりとこう記されていた。
> 「※素材未分類/組成不明──CIA保管指定:F-3240」
A.N.Hは迷わず、CIAに資料閲覧を申請した。
申請様式は極めて単純だった。通常であれば、2週間以内にフィルムか写しが届く。
ところが今回は、**“持参”**という形式で資料が届けられることになった。
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その週末、再評価課のドアがノックされた。
A.N.Hが顔を上げると、黒のスーツに身を包んだ若い女性が立っていた。
端正な顔立ち、きびきびとした動き、肩に掛けたアタッシュケース。
> 「クレア・モリス。中央情報局・文書管理部所属。申請資料をお持ちしました」
彼女は静かに言った。
手元の書類にサインを求めるでもなく、まっすぐ彼の机に向かって来る。
> 「中央情報局が……持参? この地下室に?」
> 「“持参指定”は、上層部の判断です。あなたの資料照会履歴が、少々……特殊な傾向を示していましたので」
> 「傾向?」
> 「“合理的好奇心”と、文書管理部では呼ばれています」
クレア・モリスの口元が、わずかに笑った。
A.N.Hは、初めて目の前の文書より、人間の顔を見つめる必要性を感じた。




