1.最愛の婚約者
煌びやかなシャンデリアの灯りを受け、キラキラと輝く存在が私をその燃えるように赤い瞳で愛おしげに見つめている。
「ゾーイ」
優しく私の名前を呼ぶ彼はなんて魅惑的で美しいのだろう。
彼の名前はルーカス・ヴァレンタイン。
歳は20歳で、私よりも2つ上。ヴァレンタイン次期公爵であり、とても優秀で何一つ欠点のない完璧な人だ……と世間からは知られている。
だが、私は知っている。
何をやらせてもそつなくこなし、見た目も美しく、さらには人格者である彼にも、少々問題な部分がある、と。
「君の話は聞いていて飽きないね。いつまでも聞いていたいよ」
机を挟んで彼の目の前に座る私、アシュレイ伯爵家の長女、ゾーイ・アシュレイに柔らかく微笑み、身に染みているであろう綺麗な所作でルーカスがスッと紅茶を一口だけ飲む。
「けど、やっぱり面白くないな」
そしてゆっくりとカップを机に置くと、じっと言葉通りの表情で私を見た。
不満げなその瞳には、心なしか光を感じない。
「君の1日を独占して、君に手作りのサンドイッチを食べさせ、さらには君の手作りのサンドイッチを食べた…。耐え難いことだ」
寂しげに、憂うように視線を伏せるルーカスはため息が出るほど美しく、一枚の絵画のようだ。
彼の話だけ聞くと私が悪いように聞こえるだろう。
しかし、私の主張も聞いて欲しい。
「…ルーカス」
「何?ゾーイ」
呆れたようにルーカスの名を呼ぶと、ルーカスは責めるように私を見た。
……これではまるで私が浮気を問いただされているようではないか。
「一昨日、私と湖でピクニックをしたのは私の親友のアリアよ?女の子よ?異性じゃないし、そんな風に責められる筋合いはないわ」
じろっとルーカスを睨みつけてみるが、彼はどこ吹く風。彼の「だから何?」と言いたげな視線に、私から力が抜けていく。
「例え同性でも、例え親友のアリア嬢でも、耐え難いものは耐え難いんだ。俺はゾーイの全てを独占したい」
眉を下げ、うるうるとこちらを見つめる甘い瞳が、私の心臓を刺激する。
言っていることはめちゃくちゃでも、最愛の人の甘えならご褒美だと思えてしまう。
…いやいやいや。
惑わされてはダメよ、ゾーイ!
例え、私の最愛で、大好きな婚約者であるルーカスでも限度というものがあるわ!
アリアは私の親友よ!目の敵にしていい相手ではないわ!
一言言ってやろうと、気を強く持ち、ルーカスを強く射抜く。
綺麗な所作でゆったりと目の前に座るルーカス。
長い手足は彼のスタイルの良さを物語っている。
濃い紫のサラサラの髪は神秘的で、それとは対照的な燃えるような赤い瞳は全人類を惹きつけて離さない魅力がある。
ああ、やっぱり好き…!罪深すぎる美しさだわ!
私の婚約者、素敵すぎる!
……て、違う!
ルーカスの全てに魅了され、すぐに目的を忘れてしまう自分が情けない。
気をしっかり持たなくては。
「いい?ルーカス?私の全てを独占するなんて無理なの。私にはルーカス以外にもたくさんの人との関わりがあるもの。ルーカスと同じでね」
ルーカスの考え方はおかしい。そう言い聞かせるように言うと、ルーカスはきょとんとした。
「確かに立場上、俺もたくさんの人との関わりはあるよ。けれど、俺の全てはゾーイ、君に独占されている。何をしてても、どこにいても、君に呼ばれれば俺は全てを投げ出して必ず君の元へ来るだろう?」
「…」
本当にそうなので否定できない。
ルーカスのある意味正論に、苦い顔になってしまう。
そんな私にルーカスは「ああ、君の世界が俺だけになればいいのに」と深刻そうに呟いていた。
完全無欠のヴァレンタイン次期公爵様、ルーカス・ヴァレンタイン。
彼の唯一にして最大の問題はこの愛の重さだった。
私とルーカスは幼馴染で、紆余曲折あり見事結ばれた。
元々幼少期からの許嫁同士だったが、晴れて両思いという幸せを掴んだ。
私はルーカスのことが大好きだ。
息も出来ないほど愛されて、嬉しいと思う。
けれど、息苦しさを感じることもしばしばある。
嫉妬という感情にある程度理解はあるし、私自身もするが、まさか異性にまでするとは思わないではないか。
しかも自分の幼少期からの親友に。
同性に対してもこれなのだ。
異性に対してとなると…。
コンコンコンッとタイミングよく扉をノックする音がこの部屋に響く。
ルーカスの「どうぞ」と言う柔らかな返事の後、私たちの前に現れたのは若い男の従者だった。
軽く挨拶をしてこちらにやって来た従者が、私を見て丁寧に会釈をする。
…あ。
その姿に、私は背中に嫌な汗をかき始めた。
見たことのない同世代くらいの彼は、きっと新人か何も知らない人だ。
ルーカスの婚約者、ゾーイ・アシュレイの前に現れ、目を合わせてしまうとは…。
まだ何も起きていないというのに、すぐ未来で起きるであろう最悪の事態を予想してしまい、頭が痛くなる。
同じようなことをしてしまった〝異性〟の従者がどうなってしまったか。
その末路を私は何度も見て来たし、阻止もしてきた。
心の中で頭を抱える私なんて知る由もない従者とルーカス。
2人は淡々と何か大事そうな会話を繰り広げている。
それからある程度話し終えると、従者はさっさとこの部屋を後にした。
もちろん、最後もしっかり私の目を見て会釈して。
彼の行動は一般常識的には正しい。
仕事の件で訪れたとはいえ、主人の婚約者にもしっかりと挨拶をしなければ、失礼に値するのが普通だ。
…が、ここでは、いや、ルーカスだけにはこれが例外になるのだ。
消えていった背中に、胸騒ぎを覚えていると、ルーカスは甘い声音で言った。
「どうしてアイツを見たの?」
ハチミツのようにとろけた声。
けれど、私を射抜く赤い瞳はとても鋭い。
「…普通見るわよ。この部屋に入って来たんだから」
私はルーカスに、「他意はない」と呆れたように肩を落とした。
同性であるアリアに対してあれなルーカスだ。
異性に対してはさらにその嫉妬は深く、厳しくなる。
「そうだね。確かに誰かが部屋に入って来たら、誰だってそこに視線を奪われるものだ。こちらのミスだ」
ふふ、と納得したように微笑むルーカスだが、やはりどこか暗く冷たさを帯びている。
ただ異性と目が合っただけでこれだ。
しかも最悪なのが…。
「まさかこの屋敷にそんなこともわからない者がいるとは思いもしなかったよ。教育不足だね。アイツはクビだ」
「…ルーカス」
これである。
にこやかなルーカスに、こめかみをグッと抑える。
それから一息つくと、キッとルーカスを睨みつけた。
「私は彼に視線を奪われてなんていないわ!ただ視界に入っただけ!それなのにクビにするなんて信じられない!」
「庇うのかい?君の視線を奪ったやつを?…ああ、クビだけでは物足りないな」
声を荒げた私に、ルーカスはとても不愉快そうにしているが、それは私に対してではなく、先ほどの従者に対してだ。
「いっそのこと、アイツはこの世から消すべきだ」
屋敷から消すどころか、この世界から存在自体を消そうとするとは!
ぶっ飛びすぎだわ!ルーカス!
「ルーカス!これ以上は本気で怒るわよ!?嫌いになるよ!?それでもいいの!?」
「それだけはやめておくれ、俺のゾーイ。俺には君だけなんだから」
必死に叫ぶ私に間髪入れず、申し訳なさそうな表情を浮かべるルーカス。
けれど、これはただ私の怒りを鎮めるために言った言葉に過ぎない。
彼はこのようなことをもう何百、何千と数えきれないほど繰り返しているのだ。
ルーカスの姿に呆れていると、ルーカスは「機嫌を直して。俺のゾーイ」と私の手の甲に唇を寄せてきた。
綺麗な唇がゆっくりと触れ、離れていく。
それだけで心臓がバクバクして、騒がしい。
私もルーカスが大好きなの。
優しい性格も、柔らかな表情も、美しい見た目も。
何もかも彼という存在は尊く、愛おしい。
息の詰まるほど愛されて、幸せ者だと思う。
愛のない政略結婚なんて、この世界では当たり前。
それでも私たちは奇跡のように愛し合っている。
だが、それでも。
「ああ、ゾーイ。愛しているよ。願わくば君の世界が俺だけでありますように」
彼の愛はやっぱり、重すぎる。
息ができなければ、誰も生きていけないわ。
ヤンデレのいる楽しいラブコメです!
好き勝手書いております!
よろしくお願いします!




