別れ 88
「……もし、せっかく強くなったのに理不尽な扱いを受ける人が出たら教えてくれる?」
「それは良いけど、どうするの?」
リネアに聞き返されたので、笑顔でドラスを指差す。
「リネアとドラスさんの専属の近衛騎士に任命したら良いと思って。そうすれば、理不尽な扱いは受けないでしょ?」
「むむ? まぁ、それも良いだろう。近衛騎士団内ならば、それなりに人事権もある」
思った通り、どうにかなりそうである。やはり、一つの組織内で人間関係に問題があれば、上の者に解決を依頼するのが一番である。まぁ、上司に管理能力が無ければ地獄だが。
「勿論、場合によってはうちの村に残ってもらっても良いからね。何人かが訓練の教官役に残れば、新しく来る騎士達もやりやすいかもしれないし」
そう言ってみたが、それには首を左右に振られてしまった。
「だめよ。今日の戦いを見て思ったけど、これから騎士団の戦い方は変わるわ。その為には、あの弓使いの騎士みたいな騎士達が必要でしょう?」
思いのほか、リネアはグランドール村の戦い方について理解を示してくれた。確かに、この村の有用性を理解してもらえたなら、テオドーラ王国の騎士団はさらに強くなることだろう。人生をゲームに捧げた僕が言うのだから間違いない。
そう思い、リネアの言葉に笑みを浮かべた。
「そこまで理解してもらっているなら、何も言うことはないね。それじゃあ、今日は皆で晩御飯を食べて親睦を深めるとしようか」
報告も終わり、そう言ってから外に出る。外ではもう魔獣の解体も殆ど終わっていた。騎士百人いると作業が早く進んで良い。
「あ、もしかして今日は銀大狼のお肉を食べるの?」
リネアが解体中の魔獣の肉を見てそんなことを言った。
「え? あ、そうだね。かなり珍しい魔獣みたいだから、たまには新鮮な状態で食べてみる? とはいえ、少し時間かかるけど大丈夫?」
そう告げると、リネアは首を傾げる。
「どのくらいかかるの?」
「食べるまでには多分後二時間くらいかな」
「……待てるわ」
とても辛そうに答えるリネア。お腹が空いているらしい。とはいえ、超新鮮な高級肉は食べたくもなる。
「それじゃあ、できるだけ急いでもらうね」
笑顔でそう言うと、リネアは目を細めて頷いた。余程食べたかったのか。とても嬉しそうである。
「楽しみね、イリーニャ?」
「はい!」
ニコニコして話す二人を尻目に、すぐに村人たちの下へ向かった。
「皆ー。今日は討伐した銀大狼の肉を食べることになったよー」
「はーい」
「じゃあ、急ぎで準備するよ」
今日料理当番の村人たちがそう答え、さっそく下拵えに入った。今日はリネアやドラスも来たので、いつもより果物や野菜、お酒なども多めに準備している。今日料理当番になった人は大変だな。
そんなことを思っていると、リネアの従者であるドーラが音もなく近づいてきた。
「あの、手土産として調味料と一部珍しい食材に加え、パンもお持ちしております。是非、ご一緒に食卓に、と」
「おお、それは有難い! やっぱり、お米とパン、麺が欲しくなるよね」
ドーラの言葉に大喜びで返事をし、急ぎ足でリネア達が持ってきた馬車に向かった。そこには貴重な砂糖を含めた調味料の数々と、大量のパン。そして、王都で食べさせてもらった焼き菓子があった。
「おぉおおおっ!」
木箱に入った焼き菓子を見て、思わず歓声を上げてしまう。これは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。正直、魔獣の素材を売って得た金貨よりも嬉しい。
「やったーっ! 今日はパーティーだ!」
そうして、夜は村にとって最も豪華な食事となった。やはり、甘味は正義である。
予定通り、フィアス達が戻ることとなった。
「……ありがとうございました」
「ラーシュ殿の教えを忘れず、王都でも頑張ります!」
フィアス達が明るく元気に別れの挨拶をすると、後からエルネストがこちらに来た。後ろには最初に班長だったが、後から班長を外れてしまった騎士達もいる。
「ラーシュ殿」
名を呼ばれて顔を上げると、エルネスト達は深く、頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。我々なりに理解しようと努力はしましたが、どうしても騎士団で学んだことが染みついていて……」
そんなことを言うエルネスト達に、思わず苦笑する。
「いやいや、別に騎士団で学んだことを忘れられないからと言って、間違っているわけではないですよ? ただ、うちでの訓練とは違ったというだけで……」
そうフォローをしてみたが、エルネスト達は揃って首を左右に振った。
「……正直、最初は半信半疑でした。しかし、二週間、三週間と訓練を続けて、はっきりと差を感じることになりました。グランドールに来た当初は、私が一番強かったはずです。しかし、僅か一ヶ月で追いつかれてしまった。これが、訓練への意識の差だと思います」
エルネストがそう口にすると、後ろに並ぶ騎士達も深く頷いた。どうやら、拗ねずにしっかりと受け止めてくれたらしい。訓練をした甲斐があったというものだ。
「そうですか。それでは、王都に戻ったら少しでも意識して頑張ってみてください。それだけで、これまで以上に強くなれるはずです」
自分なりの助言をしてみる。それに、エルネストは深く頷き、笑みを浮かべた。
「はい。そして、ドラス様に進言し、どうにかもう一度グランドールへ来れるようにしたいと思います。その時はどうか、もう一度訓練を!」
「え?」
エルネストの発言に驚いて聞き返すと、他の騎士達も大きな声でエルネストに続いた。
「是非、もう一度お願いします!」
その声を聞き、今度は再度整列をしていたフィアス達が慌てて走ってくる。
「ぼ、僕たちもお願いします!」
「ずるいですよ、エルネスト隊長!」
わっと群がってくる騎士達。もはや、隊列も整列も関係ない。最初に来た時からすれば考えられない行動だ。その行動に、見送りの為に並んでいた新たな百人の騎士達も目を白黒していた。
「まぁ、ドラスさんが色々計画していると思うし、それ次第かな」
勢いに押され、思わず敬語を忘れて返事をする。それに気にした様子もなく、エルネスト達は一礼して答えた。
「承知しました」
「必ず、戻って参ります」
口々にそんなことを言って、ようやく解放される。額の汗を手の甲で拭いながら、再度整列する騎士達を眺めていると、ドラスが肩を揺すって笑う。
「これは困ったな。全体の戦力向上を目指し、騎士の必須訓練にしようかと思っていたが、そうもいかんか」
困ったと言いつつ、ドラスは腕を組んで笑みを浮かべる。確かに、半年以上訓練をすれば、皆がアーベルやミケル、ロルフに並ぶほどになるかもしれない。
とはいえ、我がグランドールの村人たちは常に一歩先を行くことにはなる。なにせ、騎士団の訓練に同行して常に戦闘を行っている。経験値も熟練度もばっちりだ。
「一先ず、我々は王都に戻るとしよう。これは陛下より預かっていた今回の報酬である。ラーシュ、後は任せたぞ」
「はーい……って、重っ!」
ドラスの言葉に返事をしながら小さな金属の箱を受け取った。スマホほどのサイズなのに、やたらと重い。驚いていると、ドラスが笑いながら踵を返した。エルネストやフィアス達もそれに続き、王都へと戻っていく。
それを皆で見送り、ふと隣に立つ人物を見た。
「……皆、帰っちゃったけど?」
そう告げると、リネアが浅く頷く。
「そうね。少しだけ寂しいかもしれないわ」
「いやいやいや、帰らなくて良いの? 王女様でしょ? もしかして、暇?」
「失礼ね」
そんなやり取りをして、リネアは肩を竦めて溜め息を吐く。そして、不思議そうにこちらを見ていたイリーニャの手を引いて自宅に向かった。
「それじゃあ、私たちはゆっくりしているから、訓練頑張りなさい」
「え?」
何を言っているのか分からずにその背を見送る。すると、グリントとドーラも一礼してから後を追っていった。




