焼き菓子 80
「お姉様が待っているわ」
そう言って、リネアは颯爽と店の中へ入って行く。後に続いて入場すると、石造りの美しい店内が視界に入った。外観と同じく、落ち着いているデザインなのに豪華で品がある。照明一つを見てもそれが理解できるほどだった。
「……流石は王族。変わった店だけど、確実に高級店だね」
そう告げると、リネアは前を歩きながら答える。
「お姉様のお店だからよ」
「な、なるほど」
王族らしい発言に思わず頬が引き攣った。
「あら、リネア。来たのね」
ふと、奥から声がした。その声にリネアが顔を上げ、手を挙げる。
「アイラお姉様、おはよう」
リネアがそう言うと、奥からドレスを着た女性が歩いてきた。淡い金髪と黒い目、白いドレスの美女だ。後、特徴を口にするならナイスバディーとだけ言っておこう。凄い。
「おはよう、リネア。皆さんも、ようこそ」
アイラと呼ばれた美女は優雅にお辞儀をし、そう口にする。
「貴方達が、私の妹を助けてくれたラーシュ達ね? 私はアイラ・ティル・テオドーラ。テオドーラ王国の第一王女であり、リネアの姉よ」
丁寧な自己紹介に、自然と背筋が伸びる。
「……僕はラーシュ・リーン・フォールンテールと申します。今はグランドール村の村長をしております。そして、こちらが従者のイリーニャ・リリヤ。奥にいる人がアーベル、ミケル、ロルフの三人です」
そう答えると、アイラは目を細めて頷く。
「よろしく。とても品のある子じゃない? それに、とても可愛らしいわ」
アイラがそう言って微笑むと、リネアが不満そうに口を尖らせた。
「私と話している時と態度が違うのよ。普段はもっと傍若無人なんだから」
リネアがそう告げると、アイラは楽しそうに笑った。
「リネアにそんな態度がとれる子には見えないわね? むしろ、貴女が高圧的に接したりしているんじゃない?」
笑いながらアイラがそう言うと、リネアが両手を顔の高さに挙げてわなわなと震わせだした。
「そんなことないです! むしろ、私は優しくしてあげているのに、ラーシュったら!」
プリプリ怒り出したリネアを見て、僕はわざと不敵な笑みを浮かべる。
「あ! ほら! 見てください、この顔!」
「え?」
リネアがこちらを指差して訴え、アイラがこちらに顔を向ける。
「ど、どうしたの?」
驚いたふりをすると、アイラが半眼でリネアを見た。それに、リネアが信じられないものを見たような顔をする。はっはっは。ラーシュ君は外面が良いのだ。
「ドラス」
「む、むむ? いや、これは困りましたな」
ドラスに助けを求めるリネア。それにドラスが困っていると、アイラが助け舟を出した。
「ほら、いつまでも立って話していないで、こちらにお座りなさい。リネアも」
「むぅ」
リネアは拗ねて変な声を出したが、言われるままにアイラの近くに腰かけた。椅子はソファーである。一人掛けの大きなソファーが少し低いテーブルに六脚ずつ置かれている。そのソファーにアイラ、リネア、僕が座ると、アイラが戸惑うアーベル達にも座るように促し、六脚が埋まった。イリーニャが自然と僕の隣に立つ形になったので、リネアが近くのソファーを指差した。
「ドラス。ソファーを一つ頂戴」
「はっ!」
リネアに声を掛けられ、ドラスがイリーニャ用のソファーを持ってくる。それに恐縮しつつイリーニャが腰かけ、アイラが口を開いた。
「……それでは、改めて御礼を言わせて。皆、リネアを助けてくれて、ありがとう」
アイラにそう言われ、会釈を返す。
「いえ、こちらも多くのことで助けていただいています」
そう答えると、リネアが胸を張る。その様子を見て苦笑し、アイラはこちらを見た。
「今日は、皆さんの話を聞いてみたいと思ってここまで来てもらったの。その代わり、美味しいお菓子をご馳走するわ」
「ありがとうございます!」
即答で御礼を告げると、アイラがクスクスと笑う。
「それじゃあ、準備させるわね」
アイラがそう告げると、店員が次々にお菓子と飲み物を運んできた。流石はテオドーラ王国の王都という素晴らしい甘味の数々である。単純に高級な砂糖を使っているというだけではない。工夫を凝らした素晴らしい菓子の数々だ。
これには、初めて甘いお菓子を食べたアーベル達も驚愕しっぱなしとなった。
「……これは……」
「あ、甘い! 甘いぞ!」
「すごいな、これは……っ!」
三人が目を白黒させる様子を見て、アイラはお代わりを準備してくれた。イリーニャも美味しいお菓子にニコニコである。
「ラーシュ様、とても美味しいです」
「甘いし、ふわふわだね。カステラみたい」
そう呟くと、リネアが目を瞬かせた。
「あら? 食べたことがあるの? まだ王都でもここでしか食べられないアルアムという卵を使ったお菓子よ?」
リネアにそう言われて、首を左右に振る。
「いえ、これとは違うものです」
「へぇ? ハーベイ王国のお菓子かしら。どのようなものか、興味があるわ」
そう聞かれたので、曖昧に答えておく。
「作り方はあまり知りませんが、上のところに小さな砂糖の塊が載せてありましたね。指先よりも小さな塊が幾つも載っていて、齧るとふわふわの食感に加え、その砂糖がカリカリとしていて美味しいです」
そう答えると、アイラとリネアが顔を見合わせた。
「……それは面白いわね」
「本当ですね。それに、この高級なお菓子が更に高級なものになります。恐らく、他の貴族も放っておかないでしょう」
二人はそんな会話をしつつ、アルアムというお菓子を眺めた。ほほう。これは商機かもしれない。地球の知識を使ってお菓子のアイディアを売れるんじゃないだろうか。
そんなことを考えつつ、アイラによるお茶会も終わりを告げる。
「今日は楽しかったわ。また、王都にきたら是非お茶会をしましょう」
「はい、ありがとうございます!」
アイラの言葉に喜んで返事をする。ミケルとロルフも満面の笑みである。リネアも苦笑しているが、何も言わなかった。
別れの挨拶をして、リネアと王城に戻る。
「……お姉さんはどうして王城で会わなかったんだろう?」
改めて、そう質問した。すると、リネアが肩を竦めて答える。
「色々あるのよ」
「色々? え? もしかして、王位継承権で争いが……」
心配になって尋ねると、リネアは噴き出すように笑った。
「違うわよ。アイラお姉様も、クリスティアナお姉様も、ちょっとお父様が苦手なの」
「え? そうなの?」
驚いて聞き返す。それに、リネアは困ったように笑った。
「お父様は悪気は無いんだけど、アイラお姉様が結婚して出ていっちゃったし、クリスティアナお姉様も婚約して自分用の宮殿に住んでるから、たまに王城で過ごしている時は話しかけ過ぎちゃうのよ」
「……なるほど」
そう答えると、リネアは息を漏らすように笑う。
本当に、ただの仲の良い家族のようだ。国王という肩書はあれど、マルクスは娘とあまり会えなくなって寂しいのだろう。その結果、色々と構い過ぎてしまい、鬱陶しがられている。恐らく、そのせいで余計にマルクスは寂しさを感じ、アイラ達に構い過ぎてしまうのだ。
本人は悩んでいるかもしれないが、こちらからすれば微笑ましい限りである。
「仲が良いね」
それだけ言って笑うと、イリーニャがそっと僕の背中に手を置いた。振り向くと、少しだけ寂しそうに笑っている顔が目に入った。




