まさかの仕事 75
「……その知識の出どころは問わん。二つ、頼みがあるのだ」
「頼みですか?」
聞き返すと、マルクスは重々しく頷く。
「うむ。一つ目は、我が国の研究者と話をしてもらいたい。こちらが研究中のものもある。それについて、助言できることがあればしてもらいたい。一歩でも研究が進めば儲けものだからな」
「なるほど」
頷いて答える。そして、マルクスは二つ目を口にした。
「二つ目は、定期的に我が国の騎士団をラーシュの村へ派遣する。その際、村人たちと一緒に訓練を受けさせてもらいたい」
そうマルクスが言われ、頷く。
「はい。分かりました。もし可能なら、毎回一人か二人は聖職者を派遣してもらいたいです。そうすれば、負傷者を出さずにすみますので」
こちらからも条件を一つだけ提示してみた。それにマルクスが首肯する。
「分かった。報酬は騎士一人の訓練につき銀貨一枚。一ヶ月で百人ずつ派遣するつもりでいるが、問題ないか?」
そう言われて、思わず目を剥く。一ヶ月で騎士百人という鍛えられた人員が手に入り、その上、月銀貨百枚。つまり、大金貨一枚の稼ぎになる。即答で了承しそうになったが、まだ早い。そんな甘い話はない筈だ。
「……ちなみに、我が村では魔獣を狩って素材を行商人に売り、利益を得ています。この訓練によって狩った魔獣は、我が村の利益でしょうか。それとも、参加した騎士の人数分で分けるべきでしょうか?」
確認をすべき点を確認する。国王の要望に対してそんな質問も時には無礼に当たるが、ここは曖昧にはできないと判断していた。
それに、マルクスは不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど。確かに、職業適性は商人だな。交渉が天職のようだぞ」
そう口にしてから、マルクスは顔を上げて話を続けた。
「安心せよ。村の産業を奪うようなことはせぬ。そもそも、こちらから騎士の訓練を要請しているのだ。その訓練で得られる魔獣の素材など、そちらで好きにするが良い」
あっさりと、マルクスはそう答える。これは第一王子を含め、複数の王族が耳にしている内容だ。しかし、それでも思わず聞き返してしまった。
「え? 本当ですか? 大丈夫ですか? 騎士百人なら、それなりの魔獣を狩ることができますよ?」
その質問に、マルクスが眉根を寄せる。
「我は問題ないと口にしたのだ。魔獣の素材は、全てラーシュの村のもので良い。なんなら、素材の解体も手伝わせるが良い」
マルクスが不機嫌な様子でそう言った。はっきりと言った。なんなら、勢いで解体の手伝いもさせて良いと言ったぞ。ふはははは。ちゃんと聞いたもんね。知らないぞ。一割でも利益を寄越せと言っていれば、どれだけの利益になっていたことか。
「……ラーシュ。その満面の笑みを止めなさい。感情が顔いっぱいに現れているわよ」
と、リネアに指摘された。慌てて両手で口を隠す。いかん。思わず笑みを浮かべていたらしい。
笑みを隠して周りを見ると、皆こちらを見ていた。イリーニャは笑っていたが、他はあまり笑っていない。
同じように周りを見て、リネアが深く溜め息を吐いた。
「……お父様?」
リネアがそう口にすると、皆の視線がそちらに移動する。遅れて、マルクスも怪訝そうな顔を向けた。それに、リネアがもう一度小さく溜め息を吐く。
「……分かっていらっしゃらないでしょうけど、ラーシュの村は魔の森の中にあります。ラーシュも毎日魔獣が出ると言っていましたが、それは毎日、赤猪や黒狼が出て、数日に一度は大牙猿すら出るということです。恐らくですが、その素材を売るだけで、月々大金貨数枚分にはなるでしょう」
「……むぐ」
リネアの冷静な分析に、マルクスは返事ができなかった。その様子を見て、レオンが軽く咳ばらいをする。
「……残念ながら、陛下がこのようにお決めになったのだ。ただの口約束ではない。ラーシュ君。それでは、我が国の騎士団の訓練、お願いするね」
「はいっ!」
レオンからのナイスアシストに、笑顔で返事をする。これでもう完全に撤回されることはなくなった。テーブルの下でガッツポーズをしていると、話についてこれていないミケルとロルフが顔を見合わせる。
「き、金貨が何枚だって?」
「分からないけど、いっぱい貰えるんじゃないか?」
二人がそんな会話をしている中、アーベルは静かに話を聞いていた。
「よし、イリーニャ。乾杯しよう」
笑顔でそう言うと、イリーニャは笑顔になって頷く。
「は、はい!」
嬉しそうに笑うイリーニャに微笑みつつ、果実酒の入ったグラスを手に取った。まさに祝杯である。生きるか死ぬかも分からぬ村だったのに、僅かな間に飛躍的進歩を遂げたのだ。
「乾杯!」
そう言ってから、グラスを口に運ぶ。かぐわしい香りの赤い液体が口の中に流れ込んだ。
その時、マルクスから声を掛けられる。
「……まぁ、良かろう。それで、ラーシュよ。お主の村は名をなんという?」
そう聞かれて、若干テンションを下げて口を開いた。
「あ、グランドールと名付けました。グランドール村です。はい」
そう答えて、グラスをテーブルに置く。
色は同じだったが、僕とイリーニャのグラスだけ果実を絞ったジュースだった。なんてこったい。




