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ロードテール  作者: ooi
一章 開門
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1話 日常とははかなく散るものとはいうが、ここまで簡単に壊れなくてもいいと思う

 よろしくお願いいたします

 ひりつくような寒さ。

 乾ききった風があまりにも無遠慮に東都大学の受験生たちの間を流れていく。

 校舎の少しくすんだ白い壁に張り出された白い紙に、黒い数字の羅列。人々はその数字を見ては喜び、ない数字に絶望と深い悲しみを抱いていた。


 しかし、そんな中で一人、無表情で合格発表の紙を見つめる少年がいた。

 手元の紙の番号は、合格発表の紙に記されている。が、少年は少しも嬉しそうではなく、また、悲しみの感情も浮かべてはいない。ただ、何の感情もなくその紙の張られた板を眺めていた。


「卯月! 受かったか?!」

「あ、修平か。受かったよ」


 人ごみをかき分けてやってきた、ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべた茶髪の青年、木原(きはら) 修平(しゅうへい)は、先ほどまで無表情で合格発表のさまを眺めていた卯月(うづき) (ゆき)に駆け寄り、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「俺も受かっていた! ほら、あそこ! 200235! あるだろ!」

「あるな。よかったじゃないか」


 卯月はそっと笑みを浮かべてそう言う。事実、幼馴染であり、友人である木原が同じ大学に合格したことは喜ばしいことであったし、素直によかったと思えた。

 だがしかし、次の木原の言葉に、卯月はそれ以上の言葉を継ぐことはできなくなった。


「これでやっと、野球がまたできる!」


 ここのところ、受験勉強ばっかでずっと体を動かせていなかったからな! と、屈託ない笑顔を浮かべる木原に、卯月は顔を引きつらせそうになる。


 じくり、と卯月の左足首が痛んだ。もう、半年も前に完治したはずの、うっすらとしか後の残っていない傷跡が、木原の言葉とともにかゆみにも近い痛みを広げる。


「……ああ。そう、だな。大学でもがんばれよ」


 依然として人懐っこい笑顔を浮かべる木原に、卯月は笑顔を顔に張り付けて言った。

 卯月にそう声をかけられた木原は、ぱぁっと輝くような笑顔を浮かべ、「おう、頑張る!」と返事をした。


 そうして、卯月と木原は別々の受付へと向かっていく。

 卯月は学業奨学金希望の合格受付へ、木原は運動部推薦の合格受付へ。




 木原と別れた卯月は、必要書類をできるだけ早く回収しようと、足早に受付へと向かう。帰りまで木原と一緒にしたくなかったからだ。

 初春独特の弱弱しい太陽が白く廊下を照らす。そこに暖かさなどはなく、外気が入り込む底冷えする風が吹き込む廊下で、卯月は小さく白い息を吐くほかなかった。


 受付という名前の折り畳み式の長机が二つ置かれただけの玄関を通り抜け、スーツを着た教職員に案内され、卯月は入り口すぐ隣の「入学書類受取所」という張り紙のある教室に足を踏み入れた。

 前日かその少し前くらいに清掃したのであろう書類受付と化した留学支援室には、書類の挟み込まれたクリアファイルがいくつかと、何やら緑色の表紙の冊子が机の上に整理整頓された状態で積み上げられていた。

 卯月は、教職員の指示に従うままに書類の束を回収し、持ってきた学校指定のカバンの中に入れていく。受験生らしいお守りも、ゲン担ぎの一つもないそのかばんの中は、あまりにも空虚だった。


__いっそ、合格しなければこんな気分にならなかったのだろうか?


 一瞬そんなことを思いながら、卯月は小さく首を横に振る。

 学費は親に負担してもらっているのだ。こんなことを考えてはいけない、と、気分を紛らわすかのように手に取った緑色の表紙をぱらぱらとめくる。どうやらこの冊子には入学後の日程や部活動の紹介などが書かれているらしい。

 しばらくその冊子を眺めていた卯月は、ポップな星に囲まれた「入学式後には部活動紹介があるよ!」という文字列を見つけてその冊子を閉じた。


 ちらちらと脳裏に8か月も前のことがよぎり、左足首の傷が、運動できないわけではないが、本気で部活動に打ち込むにはあまりにも大きな枷であるその傷が、小さな痛みでその存在を主張する。


__野球、俺もやりたかったな……


 少しだけそう考えてから、卯月は小さく首を横に振る。


「足が治りきるまで、野球はやらないって決めたからな……」


 残る未練を振り切るための誓いを思い出し、卯月は深くため息をついた。

 怪我をしてしまった左足は、力をこめると痛む。それが、本気で野球に打ち込むには邪魔になってしまうのだ。


 プロを目指していた卯月にとって、打ち込めない野球は野球ではなかった。

 決して、野球を二度としたくないという気持ちなわけではない。むしろ、したかった。だが、友人と遊びの野球をするたびに、前までできていたことができないというジレンマと、支えてもらっていた両親に対しての無力感に苛まれ、いつの間にか野球をしたいにもかかわらず、するとなるとどうしても気分が悪くなるという状況に陥ったのだ。


 緑色の冊子をカバンの中にねじ込んだ卯月は、さっさと部屋から出ていく。これ以上いたところで何も得るものはなく、むしろ木原と出会ってしまう可能性が高いと判断したからだ。


 卯月は、友人である彼が嫌いだった。無自覚で人を誑し込み、そして無自覚で卯月のささくれた心を逆なでしてくる。そこが、心の底から嫌いだった。


 だけれども、彼と疎遠になることはできなかった。

 というのも、嫌いになり始めたのが比較的最近であり、さらにはそれがあくまでも卯月自身の嫉妬や卑屈にまみれた感情からであったことを十分に理解していたからだった。

 野球ができなくなり、将来の夢への道が急遽閉ざされたという苛立ちと無力感が、野球を続けられている木原への嫉妬心につながり、そこから彼の「無自覚」に嫌悪感を覚えている。だからこそ、卯月は木原のことが「嫌い」であったし、木原のことを嫌う「己」が嫌いだった。だから、卯月は木原と離れることはできず、依然として「親友」であり続けるほかなかったのだ。


__いや、こんなの建前か。


 己の思考を鼻で笑い、卯月は一人悲しそうな笑顔を浮かべる。


 卯月自身「無自覚」で人を誑し込む木原を放っておけないという気持ちがあった。

 木原は、とかく他者が木原自身に対して向ける感情に鈍感であったが、それに反比例するように他者が抱く感情や心の揺れ動きに敏感だった。

 見ず知らずの人のちょっとした動作からその人が「何かに困っている人」であると推測、もとい判断できる木原はいつの間にかその人を助けてしまう。卯月の友人曰く、「ギャルゲーの主人公みたいな性格している」木原は、他者を積極的に助けてしまうがゆえに、トラブルに巻き込まれやすかったのだ。


 だからこそ卯月は木原を放っておけなかったし、「嫌い」なのにもかかわらず「疎遠」になりきることもできてはいなかった。



 卯月はカバンの取っ手を握り、足早に受付を通り抜ける。子供の進学を祝う保護者などが校門の前にずらりと並んでいたその集団に、卯月は一瞬だけ足を止め、見知った顔を探した。


 白髪交じりの私服がダサい中年男性か、柔らかな笑みをいつも浮かべている茶髪のおばさん。もしかしたら、いつもつんけんした態度をとっている女子高校生が来ているかもしれない。


 当然、そんな平凡で懐かしい影は一つたりとも見つかることはなかった。プロ野球の選手を目指していた卯月は、高校入学と同時に親元を離れ、一人暮らしを始めていた。県どころか地方をまたいだ場所で生活している卯月の家族は、彼の合格発表を見に来ることは叶わなかったのだ。


 大学入試に落ちてしまったのか、母親らしき女性に慰められている涙を浮かべた少女とすれ違う。隣の少年は合格したらしく、笑顔を浮かべて家族写真を撮っている。

 見当たらない影とその雰囲気に少しだけ陰鬱な気分になった卯月は、足早にその集団を過ぎようとして……そして、もっと早く帰らなかったことを後悔した。


「あ、卯月! 一緒に帰ろうぜ!」

「……!」


 たたかれる肩とかけられる聞き覚えのある声。振り返れば、無邪気な笑い顔。卯月は思わず表情を凍らせる。だが、そんな卯月をよそに、木原は嬉しそうに声を出す。


「俺さ、監督と会ったんだ! 明日からすぐ野球ができるって!」

「そうか。よかったな」


 卯月は凍り付いた表情を必死に正し、事務的に返答する。だが、妙なところで無自覚を発動させた木原は、卯月のその変化に気が付けない。そして、卯月も「嫌だ」の一言を、「止めてくれ」の一言を言うことができない。

 そんな状況下でも木原は楽しそうに話をする。


 両親が来ていて恥ずかしかったこと。監督に期待していると言われたこと。同級生らしい女の子を助けたこと。どうやら不良がいるらしいこと。

 いっそ嫌味を言っているのかと思えるほどのすがすがしい発言に、卯月の胃袋はズキズキと痛む。


「__でさ、って、卯月、今日調子悪いのか?」

「あ……いや、大丈夫。ちょっと考えごとをしていただけだ」

「そっか。で、野球部の先輩なんだけどさ、すっげぇかっけえんだよ! みんなで掛け声を合わせてランニングしたり、バットで素振りしたり!」

「……普通の部活じゃあないのか?」

「確かに! でもかっこよかったんだぜ!」


 太陽のようなまぶしい笑みを浮かべる木原に、卯月もつられるようにして笑顔を浮かべる。そして、それとほぼ同時に、卯月は彼のことが嫌いであるという事実に矛盾のような感情を心の奥底に沈ませていた。


「あのさ、修平。お前、親が来ているのだろう? 一緒に帰らなくていいのか?」


 あまりにいたたまれない気持ちになった卯月は、なおも野球部のことを話そうとする木原にそう聞く。すると、木原は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた後、無情にも言った。


「親父に今日は卯月と一緒に帰るって言ったって言わなかったっけ?」

「あ、そうだったのか……」


 思わず卯月は少しだけ残念そうな声を出してしまい、はっとして明るい口調に戻し、そして話題を変えようと言葉を紡ぎ……


「そういや、美鈴も安須も東都大学受けていたよな。あいつらはどうだったん……」

「この薄情者どもー!」

「お前らなぁ、置いていくんじゃあねえよ?!」

「ぐぇっ?!」


 卯月は後ろから突撃してきた二人の人物によって、すべての言葉を紡ぎきることはできなかった。

 卯月の背を思いっきりしばいた短髪の青年は、安須(あず) 豊久(とよひさ)。卯月の幼馴染であり、友人の一人だ。そして、木原の右手を思いっきり引っ張ったツインテールの少女が松里(まつさと) 美鈴(みれい)。木原の友人だ。


「二人とも、入試はどうだった?」


 松里に手を引っ張られながら、木原は笑顔で二人に質問する。すると、二人はニッと笑ってピースを前に出した。


「モチロン受かったぜ、俺はバスケ部推薦!」

「受かったわよ。当然一般入試ね」


 二人はそう言うと、木原と話を始める。卯月は少しだけほっとし、そして会話の中心から外れていく。


 安須の馬鹿話に、ツッコミを入れる松里。笑顔でそれらを聞きながらたまに話を振る木原。卯月も、たまに返事をしたりと何とか心が苦しくなる会話を避けることができていた。


__ああ、このまま話が終わってくれ。


 卯月はそう思っていたが、その望みは思わぬ形でかなえられた。


「……ん?」


 地面を見ていたためか、卯月は少し遠くの電柱の陰に何やら半透明の丸い物体をみとめた。


 三人は話に夢中なのか、気が付く気配がない。


 歩きながらもその半透明の物体を観察してみると、何やら小さくうごめいていることに気が付いた。

 見た感じの材質的に、ビニール袋のような物体ではない。どちらかと言えば、ゲルのような、やや濁った透明のその存在。小さくびくん、びくんとうごめきながら、透明の個所に何やら赤く丸い物体を表したり、引っ込んだりとゆったりとした動きをしている。


 気になってのぞき込むように観察し__


「うわぁぁぁああ?!」

「何?!」


 卯月は思わず悲鳴を上げた。

 卯月の悲鳴に、三人は驚いたように会話をやめ、卯月の方を見る。そして、卯月の視線の先にあるものに気が付いて、驚愕に目を見開いた。


 ゲルのような物体。

 その中の、濁っていると思われたその部分。それは、何やら短い毛のようなものが密集していた。

 そして、赤い物体。それは、半融解した()()の崩れた肉体であった。


 つまるところ__ゲル状の物体の中には、すでに息絶えたであろうネズミが取り込まれていた。

卯月ウヅキ ユキ 

年齢:18歳 性別:男

身体特徴:左足アキレス腱に怪我

特技:野球(昔)

趣味:なし

備考:家族が北海道に転勤しており、現在一人暮らし。


誰にも話していない特技:円周率を100ケタまで言えること

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