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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
51/130

050話.ヤクザ、追及する

 通商門へと近づくにつれて、ぽつりぽつりと建物が増えていく。

 風に揺れる麦畑の中に、農民のものらしき質素な土壁の家が見えた。何代にもわたり補修、改修を続けてきたのだろう、壁面は所々風合いが違い、雨が伝う経路には黴や苔が模様のように根付いている。建築物としての美しさはなくとも、そこには人々の暮らしが透かし見えるようだった。

 家の数が増え、その隙間が詰まればもう街だ。道の端にはいくつもの倉庫を抱えた問屋らしき商店が並び始める。店の入り口には麦わらや鍬のミニチュア、靴下みたいな薄っぺらい革靴が吊るされて通りを賑わしていた。

 最初は呪いか何かのように見えたけれど、どうやら看板の代わりらしい。識字率が低すぎて、看板に文字を書いても意味がないのだ。扱っている商品を吊るしてない店にはちゃんとした鉄看板が掲げられていたけれど、それもやはり商品や店の象徴をモチーフにしたものだった。

 それらは、中々に楽しい異世界の風景ではあったのだけれど。

 荷台に座る伏見としては、あまり歓迎出来るものではなかったりする。

 アクィールの通商門は他の祭祀門と比べ寂れているとファティから聞いていた。けれど、祭祀門は都市に四つしかない外界との出入口だ。人が居ない訳はなく、さっきから何台もの馬車とすれ違っている。

 つまりは、人の視線に晒されるのである。

 先ほどから、好奇の眼差しは刺さる針のようだった。

 車内にいる三ツ江とお嬢は随分マシだろうけれど、伏見は荷台に座っているのだ。遮るものもなく、どうも居心地悪くて仕方がない。きっと、動物園のパンダはこんな気分だったのだろう。

「……ファティちゃんよう。せめて座ってくれねぇかな」

「えー? こんなに楽しいのにですか?」

 落ちるところまで落ちたテンションの伏見とは反対に、ファティは元気そのものだ。さっきからなんかテンションがおかしい。

 町中なので速度は落としている。風を切る感触が楽しい訳ではないのだろう。

 どちらかと言えば、人々を見下ろす高さの方がお気に召したようだ。

「いいですか伏見さん。ここは当家が管理する通商門で、わたしのことを知ってる人もちょっとはいます。つまりですね?」

「……つまり?」

「知ってる人を見下ろすのは気分がいいです」

 こんなに腹黒くなってしまって……。

 いや、もしかするとこちらが本性なのだろうか。

 ひとしきり景色を眺めて満足したのか、ファティが伏見の隣に座り込む。

「……顔と名前だけで商売が出来るのが、一流の商人なんですよ。せっかくの機会ですし、通商門の皆さんに顔を覚えてもらおうと思って」

「そりゃ、親父さんの受け売りかい」

「まぁ、そうですけど」

 不満げに答えるファティの頬にはわずかに赤みが差していた。なんのことはない、ファティだってそれなりには恥ずかしかったのだ。伏見の視線に気づくと、ファティは照れたように笑う。

 道はやがて、踏み固められた土から石畳へ。

 アクィールの祭祀門から始まる大通りだ。

 門とは言うが、城塞のような扉がある訳ではない。代わりに通行者を遮るのは簡素な木の柵だ。契約商業都市・アルカトルテリアにおいては所有権が絶対視される。他者の所有物を破壊出来ないこの都市では、こんな柵でも十分に門の代わりとして機能するのだ。

 祭祀門の左右には徴税所が儲けられ、馬車を停めては荷を確かめその二割を通行税として徴収していた。

「……どうして伏見さんは隠れようとしてるんですか?」

「どうにも税務署ってのは苦手でね……」

 ヤクザとしての習性、というか。

 警察署の次くらい……いや、もしかしたら警察よりも苦手な相手かもしれない。

 当然と言えば当然だ。ミカジメ料を取ってその店の安全を保障するのがヤクザなら、税金を取って国民の安全を保障するのが国家である。業界最大手の商売敵――という訳だ。

 もっとも、その大元締めが伏見の隣に座る少女なのだから笑えない。

 本来ならば一割から二割の税を取られるはずの徴税所をコネで通り抜けて、軽トラは祭祀門の下へと差し掛かる。

「ほら、見てください伏見さん。祭祀門に入りますよ」

 促されて、伏見は祭祀門の内側を見上げた。女の腕のように白く、小さな鱗が棘のように密集した蛇の腹が、トンネル状に空を遮っている。しばらくも走らないうちにその凹凸が見えなくなって、暗がりの向こう、出口の明かりだけが眩しく輝いていた。

「暗いけど大丈夫ですか?」

「心配いらねぇって。まぁ見てな」

 伏見の言葉を最後まで待つことなく、槍のような光が祭祀門の内側を走り抜けた。

 ハイビームだ。車内の三ツ江が付けたのだろう。急な光にファティが目を回し、よろけた身体を伏見が掴んで支える。

「伏見さん、コレは……」

「こりゃあ一点物だ。こっちで作ろうとすりゃあ何年かかるか分からねぇぞー」

 ハイビームの詳しい仕組みなんて伏見にも分からない。いずれ研究を進めれば届くかもしれないけれど、何十年、下手したら何百年後に完成する技術だ。一度故障してしまえば修理も出来ないだろう。

 せめて懐中電灯の代用品でも作れないかと思案しては見たのだが、結論としては無駄だった。こちらのランプ、ランタンには光に指向性を持たせるための反射板が既に備え付けられており、そこから先に進めない。反射板の形を調整するくらいしか出来ることがないのだ。その程度の工夫ではすぐに模倣されて儲けも少ないだろう。

 この世界において伏見達しか持ち得ない輝きを前に、ファティは目をきらめかせていた。けれどそれも祭祀門の暗闇が終わるまでだ。出口から光が差し込み、視界が開ける。

 トルタス村の麦畑が、一面に広がっていた。

 伏見ら一行にとっては、約二週間ぶりのトルタス村だ。

 青かった麦も今では重く頭を垂れて実り、刈り入れのおこぼれを狙う小鳥やネズミが畦道に並んでいる。アルカトルテリアと比べればささやかだけれど、村人たちにとっては待ち望んでいたはずの収穫期。

 ゴブリンの襲撃で命を落とした村人たちに代わって、刈り入れに精を出すのはアルカトルテリア側で用意した人足だ。伏見らがトルタス村に斡旋した子供たちの姿も見える。軽トラに気付くと、子どもたちが跳ねるように手を振った。

 アルカトルテリアから流れる川は麦畑の手前で池のように溜まり、材木を束ねて作った筏をいくつも浮かべている。その上に立つ船頭が川底に竿を突き、緩やかな流れをさかのぼっていくのだ。そうしてアルカトルテリアに持ち込まれた材木は様々な形に加工され商店に並ぶ。森林資源に乏しいアルカトルテリアでは貴重品だ。当然、買い付けには熱が帯びる。

 ほんの二週間前、村人の三分の一が失われたというのに。

 交易、営みはそれらを感じさせないほど盛んに行われていた。

「なんつーか、たくましいもんだなァ」

「……だって、やらないと生きていけませんから。大都市の恩恵から離れている生きてる人たちは、みんな強いです」

 そんな風に、ファティは言うけれど。その言葉には強さがない。

 悔やむように村の風景を眺める少女の横顔を、伏見は見上げた。

 ――この村には、シルセという女の子がいる。伏見達がトルタス村を助けた際、きっかけになった少女だ。聞けば、ファティとこのシルセという女の子は友達なのだという。

 この村は、ファティらアクィール家を陥れるために利用されたのだ。少女に何一つ責はなくとも、襲撃の爪痕を見つけるたびに何かを思わずにはいられない。この災害の原因、その一端に少女は関わっているのだ。

 本当なら、大人として少女の気がまぎれるような言葉を投げかけてやるべきだったのだろう。

 お前のせいじゃない。計画を立てたマトロが悪い。そんな言葉を思いはしたけれど、結局、伏見が口にしたのは別の言葉だ。

「そういや一つ、聞かなきゃならねぇんだがよ。ここ、トルタス村はエルフの村と唯一交流を持ってるって、そういう話だったよな?」

「そう、ですけど……」

「じゃあ、だ。――アルカトルテリアの祭祀座を預かるアクィール家、その一人娘であるお嬢ちゃんが、こんなちっぽけな村の女の子と仲良くしてるってのは、それが理由かい」

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