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異世界ヤクザ千明組  作者: 阿漕悟肋
衰退森林都市・アウロクフト
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049話.ヤクザ、脅される

「兄貴、ちょっと揺れましたけど大丈夫っスかー?」

 車を停めて、三ツ江は窓から荷台の二人をうかがった。

 伏見もファティも、どうやら怪我はないようだ。伏見に促されて、三ツ江がハンドルを握りまた車を走らせる。

 悪路に加えて、荷台にはシートベルトもないのだ。ゆっくりと、路面状況を確かめながらアクセルを踏み込んでいく。出せる速度は精々時速三十キロ前後。それでも、馬車に比べれば実に快適な道のりだった。

「それでお嬢、なんの話でしたっけ」

「えっと。これから、伏見さんたちは何をするのかなって」

「これからっスかー」

 まっすぐ前を見たまま、三ツ江はお嬢の質問に思考を巡らせる。

 三ツ江は伏見と同じく千明組の構成員だ。若頭である伏見の下、一応若衆頭を務めている。異世界に来てからも愛用している真っ赤なジャージがトレードマークだ。いつもこの服を着ている……というよりは、組の屋敷の外にアパートを借りていたせいで着る服がないのである。

 その隣、きっちりシートベルトを着けて助手席に座っているのがお嬢――千明組組長の愛娘だ。

 彼女は千明組の構成員ではない。父親は確かに千明組の組長なのだが、籍を入れていないのだ。偶然屋敷に顔を見せた所で、この異世界転移に巻き込まれてしまった。

 現役のJKなのだが、こちらではさすがにセーラー服を着ていない。ミュセ――アルカトルテリアでは一般的な、一枚布を巻くように着付ける衣服――をドレスのように着こなしていた。

 ゆるく縛っていた長く重い黒髪も、今はアップにまとめてかんざしで固定している。野暮ったい眼鏡も外して、女の子らしくこの異世界を満喫しているようだ。

 どこか垢ぬけて見えるお嬢の質問に三ツ江は珍しく考え込んで、それでもなんとか答えを絞り出す。

「……これから、何するんスかね?」

「えぇ……」

 何も考えていなかったようだ。




「や、別にヒマなわけじゃねぇっスよ? 街の方では腕時計やら研究やらするみたいですし、村の方では日本の米とか豆とか作るみたいですし。キャバの方ももうすぐオープンするんで、やることはいくらでもあるんスけど」

 三ツ江達が向かっているトルタス村では、未精米だった米や大豆、その他家庭菜園から採取した日本の農作物をこちらでも生産するべく実験農場を建設中だ。米が作れれば白飯やぬか漬けが作れるし、自家製味噌から麹を手に入れることが出来れば味噌、醤油や日本酒など、和食には欠かせない食材を確保できる。

 一方、アルカトルテリア内では元の世界の工業製品を作るべく研究が始まっていた。時計を手始めに、様々な商品の生産体制を構築すべく技術者や識者を集めているのだ。知識があり、現物があろうとも生産は容易に進まない。この世界の技術レベルと擦り合わせつつ、十年、百年単位で生産、資金調達、研究のサイクルを回す。

 千明組が経営者であるキャバクラ「さくら」だって馬鹿には出来ない。千明組にとって唯一の「元の世界での財産を使わない」商売だ。女性が酒を供するスタイルはいずれ模倣されるのだろうが、競合店が居ない今では利益情報共に多くを望めるだろう。

 けど、だ。

「なんつーか……クエスト目的が分からねぇんスよ」

 異世界にやってきたのはいい。いや良くはないし意味も原理も分からないのだけれど今は置いておく。

 当面の目的である安全な生活は確保された。あとはなるべくリスクを負わない方法で事業を拡大するだけだ。不安要素はなくはない――けれど、千明組の組員が慎ましく暮らす程度の資金はすでに得ている。

 そして、もう一方の目的については。

「ぶっちゃけるっスけど、お嬢は日本に帰りたいっスか?」

「そんなの……!」

 三ツ江の問いに、お嬢が身を乗り出す。

 当たり前じゃないですか、なんて続けるつもりだったのに、言葉は出てくれなかった。

「正直、俺は別に帰れなくてもいいんスよ。そりゃ、うン十万突っ込んだソシャゲのアカウントとか惜しいっスけど」

「向こうで何やってたんですか!?」

 唐突な廃課金発言につい食いついてしまったけれど、大事なのはそこじゃない。

「いやぁ、ああいうのって強キャラ持っとかないとフレンドに悪いじゃないっスか。だからついつい……」

「別に自分で稼いだお金なんですから私は文句いいませんけど……いえ、そういう話じゃなくて!」

 気持ちを落ち着けるように、お嬢は胸に手をやって、フロントガラス越しの風景を見やる。

 自分の着ている服を除けば、軽トラの車内は全て日本にあったものばかりだ。箱ティッシュとか、吊るしてあるキーホルダーとか、ダッシュボードを賑わすぬいぐるみとか。けれど、助手席のドア一つ向こうには見慣れぬ異世界が果てもなく広がっている。

 聞いてもいいことなのか、臆病になりながらも、お嬢は尋ねた。

「……ご家族に会いたいとか、思わないんですか?」

「んー。組に入る前から縁を切ってるんで、まぁいいかな、と。兄はちゃんと真っ当に働いてるんで、多分大丈夫っスよ」

 あっさりした物言いに、言葉を失った。

 運転席でハンドルを握る男はヤクザなのだ。時折テレビで流れるヤクザ関連の報道を見れば、彼らが生きづらいことくらいお嬢にも分かる。ただ、ソシャゲのアカウントよりも先にこっち言及しろよとは思わないでもないけれど。

「ツレとかもしぶとい連中なんで心配いりませんし……あー、向こうに残してきた組員の連中とかはちょっと気になるっスけど、それくらいっスかね。こっちの方が、向こうよりはやりやすいっスよ」

「――――」

 向こう。

 そう、既に向こうなのだ。その事実に今更戸惑う。

 あの懐かしい日本の暮らしも、住み慣れた家も、毎日うんざりしていた学校も。

 全ては向こう側で、自分が今いるのはここだった。

「もちろん、お嬢や組長が帰りたいっつーんなら止めないっスよ? だから聞かなきゃならねぇんスけど……お嬢は日本に帰りたいっスか?」

 本当なら、もっと早くに考えるべきだったのだろう。

 言われて初めて、お嬢は帰るべき理由を指折り数えていく。

 母は――強いを越えて女傑みたいな人なので、きっと自分が居なくてもやっていけるだろう。

 友達は、学校は、好きだったTV番組は、一度は行ってみたかった夢の国は――。

 いっそ不思議なくらいに。

 理由になりそうなことをいくら挙げても、脳裏に浮かべた指は一つとして折れることがなかった。

「……私、屋敷に遊びに行ったとき、眼鏡かけてたじゃないですか。三ツ江さんは覚えてます?」

「もちろん覚えてるっスよ? 度がすっげぇ弱いやつっスよね」

 本当によく見ている。そんな風に思ったけれど、一つだけ三ツ江は間違えていた。

「あの眼鏡、度は入っていないんです。髪の毛も、本当は短くして、ちょっとだけでも色を抜いて……」

 制服をちょっと着崩して、週末は町へ買い物へ。ブランドのバッグやお財布は使い分けなきゃいけないから二つは欲しいし、スマホのカバーは可愛くておしゃれなのがいい。待ち受けは友達との自撮りをアプリで加工して、流行りのゲームを入れておく。

 女の子なら、当たり前のコト。

「目立たないように、真面目で普通の子でいたかったんですけど。絶対にバレちゃうんですよ、ヤクザの娘だって」

「そりゃあ……」

「普通、引きますよね。だってそうじゃないですか。怒らせたら何されるか分かんないし。クラスメートも、最近じゃ先生だって私と目を合わせなかったんですよ。だから、真面目で普通の子だってアピールしなきゃいけなくて……」

 それも、今は「向こう」だ。

 あの邪魔っけな眼鏡も必要なくなった。ヘアスタイルだって自由に選べる。ミュセはちょっとコスプレっぽいけれど、肌触りやシルエットは割と気に入っているのだ。

 だから。

「だから、私も案外、この世界気に入っているかもです」

 三ツ江は黙って、お嬢の言葉を聞いていた。

 気まずそうに眉根を寄せて、こめかみにはじんわりと汗をかいている。

「……あれ、三ツ江さん?」

「いや、その。今更言うのもアレなんスけど……」

 そろそろと手を挙げて、三ツ江は素直に告白した。

「ぶっちゃけ、それ多分俺のせいっス。親父にお嬢を守れって言われて、知り合いの女の子とかにお嬢の周辺を見張って貰ってたんスけど……お嬢?」

「……全部吐いてください」

「や、親父にはお嬢にバレねぇようにやれって……」

「三ツ江さんには怒りませんから。吐け」

 エアコンも入れてないのに、車内の空気はどんどん冷たくなっていく。

 フロントガラス越しには、アクィールの通商門が見えていた。

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