04
補講授業は、内容的には魔法使いのタマゴたちが学ぶ授業内容と大差ない。
それをより実践的に学ばせる ―――― というよりは、確認的な意味合いが強いんだろう。
本当に教えを理解しているかどうか、その力を間違いなく使いこなせているかどうか……ライセンスを持つに相応しいかどうか。そんなことを確認するための場。
まぁ、その辺は理解できなくもないし、別に不満はない。
というか、いっそ懐かしいよね、この雰囲気。
…………って、いや、別に補講が懐かしいとかそういう意味じゃなく。
さ、さすがに補講授業なんて、懐かしく思うほど受けてないよ!?
…………懐かしさはともかく。
補講授業一日目は、どうにか無事に終了しました。
……うん、無事に。何でか『非常識』とか『ありえない』とかそういう言葉を何度か貰ったけどね! 怪訝な視線とか胡乱な眼差しとかも貰っちゃったけどねっ? …………何でだ。
階段教室、昔とまったく同じように滑って転んで落ちたことなんて、それに比べればちっちゃいちっちゃい。だって日常茶飯事。大きな怪我もありませんでした。せいぜいすり傷とかたんこぶぐらい…………って、オレ頑丈だよね。今更だけど。
そして、そんなこんなで補講2日目。
担当教官が、小範囲の水の結界をその場に張った。
簡易的なものだから、そう強固でも複雑でもない…………いや、違う、嘘です。何でか構成がものすんごく複雑ですこれ。……あれ?
加えて、結界の中には何故だかガラス細工の置物が。
……え、何だこれ。
ワケが判らず首を傾げたオレの目の前で、担当教官はちょっと意地悪げな笑みをそのカオに浮かべた。
どういう方法でも構わないので、結界の中のガラス細工を取り出してみせること。
要約すれば、どうもそういう課題らしい。
何でガラス細工……と思ったら、「あんまり力技で攻めると、中にあるガラス細工が壊れるので気を付けるように」とあっさりと注釈が入りました。……うわぉ。
「属性による得手不得手は考慮しよう。だが、相性の悪い属性であっても、やり方次第では攻略可能となっている」
多分、そのやり方次第、ってのは結界の構成を読み解け、ってことなんだろうなー……、とぼんやり思った。
普通に攻略しようとしたんじゃちょっと無理だけど、構成の要となっている部分、その一点を突けば結界はその効力を失くす。要は力の使いよう、ってことだ。
……それでか、効果が簡易的な割に構成が複雑怪奇なまでに入り組んでるの。
「うーわー……、よりにもよって水とか……俺に対する嫌がらせかね、これ」
目の前にある水の結界を半眼で眺めやりながら、レイがボソリとそう呟いた。
レイの属性は『火』だから、水とは確かに相性が悪い。属性間で最悪の組み合わせと言ってもいいぐらいだ。
「まぁ、何とかするしかないんじゃない? 構成の方突っつくとか」
レイの隣でノイエがあっけらかんとそう口にする。レイがちょっと嫌そうに顔を顰めた。
「構成読むのあんま得意じゃないんだけどねぇ、俺。壊す方が得意。力技万歳」
「あはは、知ってる知ってる。アンタ面倒臭くなると絶対力技に出るもんね」
「だってその方が手っ取り早いっしょ」
…………何だろう、その微妙なカンジの危険思想。てか、どういう会話だこれ。絶対って……え、100%力技?
レイの台詞も十分にアレだけど、ノイエもそこ笑うところと違うと思う。
「受験番号、一番から前へ!」
そんな会話をしているうちに、担当教官がそう声を上げた。
あ、そうそう。補講期間中はこういう風に受験番号を呼ばれることが主で、名前を呼ばれることはほとんどないんだって。オレも今回初めて知ったけど。
受付で渡された受験票の番号がそのまんま受験番号になってる。ちなみに、オレは二十一番。一番最後の番号です。これ、どうも受付順に付けられてるらしい。オレが一番最後に受付した、ってことだね。
一番、と呼ばれて前へと進み出たのは、中年の男の人。
厳つい、どちらかというと魔法使いよりは武人であるようながっしりとした体躯のおじさんは、属性が『水』だったらしく難なく結界を無効化し、中にあったガラス細工を取り出した。
次々と担当教官の声に応えて、課題をクリアしていく受験生達。
ちょこっとだけ時間は掛かってたけど、ノイエも問題なく課題をクリアしてたからぱちぱちと拍手を送ったら「ありがと」と頭を撫でられた。……何で皆してオレの頭撫でるかな……。この身長差がちょっとだけ憎い。
だけど中には、力加減を誤ったのかガラス細工にピシリをヒビを入れちゃった人とか、上手く結界を壊せずにタイムアップになっちゃった人とかもいた。どちらも属性が『火』の人だったから、まぁ仕方ないとこもあるかな、ってことで。教官もその辺は考慮するって最初に言ってたし。
同じく属性『火』のレイは…………うん。勢い余って中のガラス細工まで熔かしかけてたけど、どうにか無事に課題をクリアしてた。いや、アレを無事に、って称していいのかどうかは結構疑問だけど。だってホントに潔いまでに力技だった。
でも、水の結界を無効化するぐらいの火力を有してるのは、素直にすごいと思う。相性の関係上、かなりの実力がないと火で水の結界なんて壊せないからね。生半可な力じゃ、弾かれて終わりだ。
いや、『火』の人がみんな力技で攻めてたワケでは当然なくて、中には上手く構成の方を突いて結界を無効化してた人もいた。複雑怪奇な構成を読み解くなんて、難読な書物を目の前にしてるようなもんだから、オレとしては考えただけでウンザリするような作業だけど。いや、だって何か眠くなるというか、何というか……すみませんごめんなさい。
見てると、オレが初めて見るような構成でもって魔法を練り上げてる人とかもいて、結構楽しいというか勉強になる。オレが眠ってた三十年の間に、新しい魔法とか開発されてるのもあるだろうしなー。うーん……、『学院』戻ったら、いっぺん勉強しなおした方がいいかも……。
「最後、二十一番!」
「うぁ、はい!」
ちょっと考え事してたら、いつの間にかオレの番が来てた。慌てて返事をして前へと進み出る。
目の前、新しく張り直された水の結界へと視線を固定した。……うーん、やっぱり構成が複雑怪奇。これ、解けないこともないけど、正直面倒だなぁ……。
「…………よし」
少しだけ首を傾げて考えた後、オレは顔を上げる。
うん、決めた。この際オレも力技で行ってしまおうと思います! レイのことをどうとか言えた義理じゃないね! …………いや、もうそれもこの際置いておこうと思います。
い、一応多少の保険も掛けるけどね!?
目標、オッケー。
……ってことで。
『―――― 水楼』
ポツリ、と小さく口にする。
短縮形の呪文。
ふわり、と空気の流れがほんのちょっとだけ変化した。耳を掠める、くすくすという精霊の笑い声。どうするの、と問い掛ける声。
……あぁ、そうか。そのまんまじゃ、あの中へは水の力なんて運べないよね。ということは……結界の水の力、そのまま使わせて貰った方が良いかな。うん。
力の流れを、ほんの少しだけ調整する。くすくすと笑う精霊の声が、無茶苦茶ね、と楽しそうに言った。無茶苦茶だわ、と。
何でだ、と内心でツッコんだのとほぼ同時に、呪文の効果が現れたので、とりあえずそのツッコミの答えは脇へと置いておく。……気になるけどね!
「今……」
「いや、まさか ――……」
「ありえないだろう、そんな……」
背後から小さな呟きがいくつも聴こえた。驚いたみたいな響きを宿したそれに、何だろう? と内心で思ったけど、今は目の前の課題に集中することにします。だってコレ失敗したら結構シャレにならない……!
もう一度、目の前の結界を捉えて瞳を眇める。
結界を成してる水の力を少しばかり転用させて貰ったから結界そのものの効力は弱まってるけど、構成はそっくりそのまま残ってる。
それを、一から読み解く気力は、ない。
…………と、いうワケで。力技、行きます!
『踊れ、踊れ、赤き力の源と成りしもの。自由の加護在りしその力をもって、終焉への道を指し示せ。―――― 舞え、風炎』
ぶわり、と。 オレの声に応えるようにして、炎が生まれた。確かな熱を持ったそれは、意志あるもののように渦を巻き、あっという間に水の結界を呑み込んだ。
……あ。
どれぐらいの力が必要か即座に目算が立たなかったから、フルで呪文を唱えたりしたワケですが。
これは……ちょーっとやりすぎたかもしんない。火力が思ったよりも強い。あれ、どうしよう……って、無計画にも程があるなオレ!
ちょっとばかり内心で慌てたオレの焦りを煽るように、背後から他の受験生たちのざわめきが聴こえてきた。
「馬鹿な!」とか「ありえないだろう……!」とかそんな声が聴こえたような気が…………いやいや、今は背後より目の前の課題! うん。集中集中。えーっと、力の配分を調整! ぶっちゃけ燃えすぎです!
ぐるり、と渦を巻いた炎は、オレの想像以上の火力を発揮したりしたものの、効果自体はオレが狙っていた通りのものになった。
最初に存在していた水の結界が、炎の勢いに押され消滅した。次の瞬間には、あれだけ燃えさかっていた炎はまるで幻のように消え失せる。炎の残滓が、ふわりと頬を撫でていった。
後に残されたのは、ガラス細工と ――――― その周囲に張った水の簡易結界。
パン、と手を叩けば、残ってた水の結界も即座に消え去った。オレはゆっくりと身を屈めて、ガラス細工を拾い上げる。うん、大丈夫そう。どこも壊れてない。……あー、良かった。
ほっと息を吐いて、オレは顔を上げ振り返った。
「はい、終わりましたー……」
…………って、あの、何で今度は沈黙してたりするんですかちょっと。
んでもって、何でそんな穴が空きそうなぐらいの視線を寄越してくれるんですかちょっと……!?
振り返って、全員分の視線が刺さりそうなカンジにオレ見てたら吃驚するよ! 引くよ! 何事かって思うよ! ってか、実際何事ですか、これ!?
「……二十一番」
「う、は、はいっ!?」
低くオレの番号を呼んだ担当教官に、オレは慌てて返事をした。いや、あの、視線痛い視線怖い!
見据える視線の強さに無意識のうちに一歩後ずさったオレに、担当教官は低い声で先を続けた。
「今何をしたのか、判りやすく説明しなさい」
「……はい?」
質問の意図がよく判りません、教官。
え、オレ今何を訊かれてるの。
「え、あの、何って……」
「……今、君は何の魔法を使ったのかね?」
「防御系の水の魔法と、攻撃系の火の魔法です、けど……?」
いや、うん、ごめんなさい。非常に怖いです。視線が本気で刺さりそうです。え、オレ何か変なこと言った!?
「え……えぇぇっと……、結界とガラス細工の間に別の水の結界張ってから、火の攻撃魔法で外側の水の結界を焼き尽くしまし、た……?」
えっと、うん、要約すればそういうことだと思う。
だって、火の攻撃魔法だけ使ったら、オレは間違いなく中身まで燃やし尽くしてただろうし、それは力技じゃなくてむしろ破壊技だし。
だから、一応先に中身を保護してみたんだけど。
火の魔法に耐性のある、水の結界。けど、元々ある結界に阻まれて、外側からは水の力を送り込めなかった。なので、それなら……と元々の水の結界を構成してた水の力を転用させて貰ったワケなんだけど。……そういやこの作業してる最中に、無茶苦茶だとかどうとか水の精霊に言われたっけ? …………どういう意味だ、それ。
ホントはそのまま水の力を全部変換して結界そのものを無効化できれば話は早かったんだけど、さすがに構成が維持できなくなるほどの力は転用できなかった。あの複雑怪奇な構成のどこかでガードが掛かってたみたいだ。
中身を結界で護りつつ、外側を力技で破壊。
……で、今に至るワケです、としどろもどろに告げたオレの目の前で、何故か教官は頭を抱えてしまった。え、何? 何事!?
「うーわ、見間違いじゃなかったんか、アレ。本気で二種類の魔法を使ってたとは……」
「え、何? 普通違う属性の魔法って、同時にポンポン使えるものだっけ?」
「いや、無理っしょ。常識の範囲外」
「そうよねぇ。しかも他人の魔法の有効下で自分の魔法新たに組むとか……どんな反則技よ」
「清々しいぐらいに常識を足蹴にするちびっこだなぁ……」
後ろから何か聴こえた……!
それぶっちゃけ暴言じゃね? と思える会話。
聞き覚えのあるそれは、レイとノイエの声だ。言いたい放題だな、二人とも! 二人ってか、特にレイ。常識足蹴になんてしてないよ!?
後ろの会話が気になるものの、目の前で頭抱えちゃった教官を放っておくわけにもいかず、ううう……と内心で唸ってたら、ざわざわとしてた背後からポツリと呟く声が聴こえてきた。
知らない人の声。
「さすが属性『非常識』……」
届いた言葉に、思わずオレは「はいっ!?」と後ろを振り返った。
いやいやいやいや、待って待って。
何だ、さすがって!属性『非常識』って!
ていうか、誰だ、そんなの広めたの……!




