壊滅的な何かのお話
短編エピソードふたつ。
学院時代のラズと友人たちのお話。
どちらも友人視点です。
「―――― ?」
ふと見やった廊下の奥、その左手側にある部屋からぼんやりと灯りが漏れているのが見て取れた。
珍しい、と思う。
あそこにあるのは厨房だ。灯りが漏れているということは、そこに誰かがいるということなのだろう。
簡易的ではあるけどひと通りの設備は揃っているそこを、わざわざ使用する人間なんて皆無と言っても過言じゃない。そもそもここにいる人間の大半は、何かを自分で作ってまで食べようという気力が薄い。むしろ空腹を放置して、たまに飢えかけてる。
まぁ、どうでもいいけど……とすぐに興味を失くして歩き始めた僕の鼻先を、甘い匂いがかすめた。
薄い論文を片手に休憩室のドアを潜った瞬間、はい、と何かを突き出された。
目の前のにっこりとした笑顔の男から、「ちょうど良かった」という台詞と共に渡されたのは、手のひらに乗るサイズの小さな包み。微かにする甘い匂いに、僕はその中身を何となく悟る。
「クッキー……?」
「当たり。焼きたてだから、あったかいうちに食べた方がおいしいよー?」
「……ていうかさ、何で僕が君からこんなのを貰わなきゃなんないの」
訳が判らない、と目の前の笑顔を胡乱気に見返すと、「えー、ラズに渡しといてって頼まれたんだもーん」と間延びしまくった声が返ってきた。……たまに意味もなく叩きたくなるよね、コイツ。
……いや、ちょっと待って。
今の答えだと、僕の疑問何も解決してないからね?
「ラズからコレを貰う意味も判んないから」
「お裾分けだって言ってたよ?」
包みの中身と同じものらしきクッキーを口に運びながら、黒髪の男 ―――― 闇の王が首を傾げた。
嘘のような、本当の話。
僕の目の前にいる黒髪の男、名前はセレナイト。“闇を統べる王”なんていうご大層な二つ名の付いている闇の精霊だ。
そしてその向こうで、カップを片手にクッキーを口にしている金髪の男がフィライト。こっちはこっちで“光を司る王”なんて呼ばれている光の精霊。
…………目の前の光景見てると、ホントに何の冗談かと思うよ。笑えるぐらいに似合わないね、アンタ達とクッキーの取り合わせ。後で他の奴らへの話のネタにして笑ってやろう。
「お裾分け、ねぇ……?」
どう見ても手作りの焼き菓子を見やって、僕は小さく息を吐いた。
「どこの誰が作ったんだか判んないものを貰ってもね……」
「いやいや、作ったのラズだから」
「…………は?」
待って。今思考回路止まったから。
思わず間の抜けた声も出ようというものだ。
キレイに固まった思考を何とか立て直して、今言われたことをもう一度脳裏で反芻する。
………………やっぱり今変なこと聞いたよね、僕。
「コレ、作ったの誰だって?」
「ラズ」
「何その面白い冗談」
いや、ある意味笑えない冗談?
……どっちでもいいか。ああ、やっぱり変なこと聞いた。
ラズ ―――― 正確な名前は、ラズリィ・ヴァリニスという。
僕にとっては友人兼同僚ってところで、今僕の目の前にいる闇と光の王を使い魔として従える、“世界最強の魔法使い”とも囁かれてる子供だ。
確か、今年十四歳? それぐらいだったと思うけど。
まだ子供と呼んでもまったくもって差し支えない年齢ではあるけれど、実力だけ見れば多分誰にも引けを取らない。純粋な魔法使いとしての実力だけを取れば、おそらくゼルティアス ―――― 学院総代よりも上だろう。
まぁ、今の段階で経験値とかその辺を加味して総合的に見れば、ゼルティアスの方に軍配が上がるだろうけどね。人を出し抜くの得意だから、あの狸。
だけど、数年後はどうなるか判らない。あの子供は未知数だ。底が知れない。
本人にその辺の自覚はこれっぽっちと言っていい程にないんだけどさ。それこそ全部が冗談みたいな話だ。
……で、ここで特記すべき事項がひとつ。
“世界最強の魔法使い”。
それだけでもラズが有名になるには十分だけど、『学院』の中でラズの名がこうまで有名になったのには別の理由がある。
魔法とは、全然関係ない理由 ―――― ぶち切れた運動神経で有名なのだ、あの子供は。
……普通なら笑うとこなんだけどね。
あの子供の場合、笑えない。本気で笑えない。何せ日常生活の中でもウッカリと死に掛けるぐらいの運動神経の持ち主だ。それで学院の規則まで変わったっていうんだから、その運動神経の無さは推して知るべし。
使い魔二人が『学院』内部で堂々と姿を見せてるのだって、全部あの子供をフォローするためだ。それも生死のフォロー。絶対に普通じゃないよね。
間違っても常識で計っちゃいけない。
それが、ラズリィ・ヴァリニスという子供に下した僕の判断だ。常識で計ろうとすると馬鹿を見る。
で、だ。
普段からラズの傍にいて、フォローを入れまくっているこの二人だけど…………僕の気のせいじゃなかったら、『料理禁止令』とか出してなかった? 夕飯作る、っていうラズの発言を間髪入れずに却下してる場面を見たような気がするんだけど。
「よく覚えているな、そんなこと」
「記憶力の良さが自慢でね。で?」
淡々と言う金髪に答えを促せば、「特別に許可した」としれっとした声が返って来た。
「特別?」
「ホラ、今日学院総代サマの誕生日でしょー?」
「あぁ、そうらしいね……って、ちょっと……」
何か嫌な予感がするよね、その前フリ。
……なんて思ってたら、案の定。
「誕生祝いにお菓子作りたい、って言うから……まぁ、お菓子の方ならまだ被害も少ないだろうし、いいかなぁ……と」
「今さらっと被害とか言わなかった?」
言ったよね? 間違いなく。
何で料理で被害なんて単語が出て来るんだか。
「ていうかさ、被害が出るようなシロモノをお裾分けしないでくれる?」
あまつさえ誕生日プレゼントにするとか…………まぁ、あっちはあの狸の手に渡るだけだし、いいか別に。
手の中の包みに視線を落としながら呆れた声で言ったら、「あ、違う違う」と黒髪がひらひらと手を振った。
「被害って、そういう意味じゃないから。味は大丈夫だよー。普通においしいって。保証する」
黒髪の言葉に、金髪も頷いた。そういえばアンタ達、さっきから普通に食べてるよね、それ。愛の成せる技かと一瞬思った。
被害って……何かラズがすごいもの作り出すのかと思ってたんだけど?
僅かに眉を寄せた僕に、黒髪が更に続ける。
曰く、
「ラズ、料理は上手いんだって」
「……何かの冗談? それ」
言っとくけど笑えないからね?
というか、冗談だろうと言いたくなる。……今言ったけどさ。
僕の切り返しに、黒髪がまたひらひらと手を振った。
「いやいや、気持ちは判るけどホントだよー。ね? フィル」
「あぁ。割と何でも作るし、客観的に味は美味いと思うが」
話を振られた金髪が頷いた。……へぇ?
「ふぅん……。だったら何でアンタ達はラズが料理しようとすると止めるのさ? 上手いんならやらせとけば?」
壊滅的な何かを作り出すから料理を禁止してるのかと思ってたけど、そうじゃないんなら別に問題はないんじゃないの?
そう思って口にした質問に、黒髪と金髪は瞬間的に揃って沈黙した。何なのさ。
「あー……、何というか、ねぇ……?」
「何さ?」
「…………料理をしている最中に、死にそうになるんだ」
「は?」
何か今また変なこと聞いたよね。
…………料理してて、死に掛ける……?
「何その因果関係」
「だってあのコ、包丁持ったまんまコケるんだよ?」
「危ないどころの騒ぎじゃないよねそれ」
死ぬよ、それは。
ラズの断絶状態の運動神経と、加えて微妙な運の悪さを考えたら間違いなく死ぬ。断言できるのがどうかと思うけど、断言する。
「煮えたぎった鍋に突っ込んで行こうとしたこともある」
「どれだけ不注意なの、あの子供」
それも下手すれば死ぬよ。良くて大怪我。大惨事。
呆れた僕の視線に、黒髪が真面目くさった表情で告げた。
「見てる俺達の方も死にそうになるからねー……」
「だから、普段ラズには料理禁止令を出している」
淡々と金髪がそう締め括った。
…………。
とりあえず、アレだ、うん。
「…………まぁ、賢明な判断だと思うよ」
敢えて、それだけコメントする。他に言い様がない。
ああ、そうだ。
ご愁傷様、とでも言っておこうか?
今更、ラズの運動神経と不注意がどうにかなるとも思えないからね……。
『学院』時代、ラズの友人視点。
ラズの料理は、出来上がるものはマトモだけれど、出来上がる過程がマトモじゃないというお話。
*************
「ねー、誰か絆創膏とか持ってない?」
寄宿舎の談話室に入ってくるなり、レディがそう訊いた。
……あれ? それって、ラズのセリフじゃねぇの?
レディの口から飛び出すにしては珍しい類の問い掛けに、俺は「は?」と手元の本から顔を上げた。隣でラズも、きょとんとした表情でレディを見上げてる。
絆創膏……って、アレだよな。怪我した時にペタッと貼るアレ。
……やっぱそれラズのセリフじゃね? 怪我するのはヤツの専売特許だろうに。
「どしたー?」
「ん、ちょっと指切っちゃって。ホラ」
言いながらレディが、ひょいっと俺たちの目の前に自分の指を突き出した。
見れば確かに彼女の白い指にすぱっと赤い線のような傷が刻まれてて、そこから止まりきってない赤色がじわじわと滲み出している。そう深くはなさそうだけど、普通に痛そうだな、コレ。
「うっわ、結構派手にやったなー。この前のラズ程じゃないけど」
「ええ、この前ざっくりとあわや指を切り落としかけてたラズには全然及ばないんだけどね」
「ちょっ!? 何でそこでそれを持ち出すの!」
会話の流れがおかしくない!? と隣で喚く同期生は意図的に無視しておく。
はい、おかしくないおかしくない。おかしいのはお前の運動神経と絶妙微妙な運の悪さって話だから。
や、それはさて置き。
絆創膏、だっけ……?
「俺は持ってねぇけど……ラズなら普通に持ってんじゃね?」
あれだけ普段怪我しまくってるんだ、それぐらい持ってるんじゃねぇの?と隣に視線をやれば、レディがポンと手を叩いた。
「あ、そか。しょっちゅう……いや、毎日怪我してるもんね。―――― というわけでラズ、ちょーだい?」
「…………持ってない。てか、素で失礼だ、二人とも」
お? その返答は、ちょっとばかり予想外。
絶対持ってると思ったのになー、と思った俺と同じく、レディも意外なこと聞いた、みたいなきょとんとした表情で僅かに首を傾げた。
「え、ないの? もしかして使い切っちゃったとか?」
あー、そっちの可能性もあったか。
「使い切るも何も、元から持ってない! それに今日はまだケガもしてないっ!」
むぅ、と頬を膨らませてラズが怒鳴った。
怒鳴ってるんだけど……うん。その膨れっ面じゃ迫力なんてものはあろうはずもない。というか、十五にもなろうかという男が、そんな表情がフツーに似合っちゃう辺りどうかとおにーさんは思うんだが……その辺どうよ?
いや、似合うんだけどな? 何の違和感もなく似合う辺りが違和感というか。まぁ、別にいいんだけど。
思考が変な方向に逸れかけてたその時、また別の声が頭上から降って来た。
「―――― まだ、とか自分で言っちゃう辺りが君だよね」
呆れたような、人をちょっと小馬鹿にしたような声。 顔を上げれば、薄いブルーの瞳と目が合った。
……うわぉ。コイツが談話室に顔を出すのも珍しいなー。
「あれ? セファ……??」
ラズがあれっ? って表情で相手の名前を呼んだ。珍しい、って顔にでかでかと書いてあるのが見えるようだ。
いや、まぁ、確かに珍しい。
集団嫌いっつーか、人嫌いなコイツが、人気の多い談話室に来るなんて年に数回あるかないかだぞ?
セファ、ことセファイド・エンデという名前の少年は、ラズの顔にでかでかと書かれた文字を難なく読み取り、「ま、たまにはね」と言って肩を竦めた。
そして。
「リッツェン」
「何?」
「あげるよ、それ」
素っ気ない口調で言いながら、レディの手のひらにポンと何かを落とす。反射的にそれを受け取ったレディが、ん? って表情で摘み上げたそれは、一枚の絆創膏だった。
「あ、ありがとー……って。エンデが絆創膏持ってるのが意外よ。本気で」
「……俺も」
意外っていうか、変っていうか、似合わないっていうか。
正直にずばっと感想を漏らしたレディに続き、俺も至極正直に同意の声を上げた。すると、対するエンデの視線がちょこっとだけきつくなる。
とはいえ、本気で怒ってるわけじゃないのは見て取れるので、慌てることもなく落ち着いてその視線を受け止めることもできるけど。
本気で怒ってる時のコイツの視線、怖いなんてもんじゃねぇよー? 凍るよ。凍り付くよ、瞬間的に。絶対零度の視線だもんよ、あれ。
それに比べたらまだまだ温かみのある視線で、器用に方眉だけ上げてこちらを見やったエンデは、小さくひとつ息を吐いて口を開いた。
「失礼だね、君たち。そもそもよく考えてみなよ」
「何を?」
「ラズの怪我が、絆創膏だけで済むような軽いものである確率は?」
問い掛けを、脳内で反芻して判断を下す。
この間、おそらくコンマ数秒。
「割と低いな」
だって、ラズの怪我だろ?
何でか知らないけど、何もないとこで転んだり滑ったり頭から突っ込んだり、ってのを得意とする奴の怪我だろ?
日常的に、大怪我になってもおかしくないカンジの惨事を巻き起こしてる奴のこと、その時にこさえる怪我が絆創膏程度で済むんなら儲けもん、って話だよな。
うん、だからやっぱ可能性的に低いわ、それ。ラズの場合包帯とか血止めの薬とか普通にいるだろよ。
……とりあえず、隣で「何それっ!?」と喚いてる人間は無視だ無視。
俺と、俺の正面でうん、と納得の表情で同意の首肯を返したレディを順番に見やり、エンデはフン、と鼻を鳴らした。
「それなら、仮にラズが絆創膏を持ってたとして、肝心な時にそれが使い物にならなくなってる確率は?」
「限りなく高いわね」
レディ、即答。
うん、でも俺もそう思うー。
俺とレディの反応を見て、エンデは淡々と「そういうことだよ」と締め括った。
つまり、あれか? 確率の問題。
ラズは怪我が多いけど、その怪我が絆創膏で事足りるようなものである確率が割と低い。イコール、持っててもあんまり意味がない。まぁ、ないよりマシだろう、ってレベル。保険的な何かだな。
で、例えラズが絆創膏を常備してたとしても、そのラズが池に嵌まったりした日には、常備してる絆創膏が使い物にならなくなってるだろ、って話で…………イコール、ラズが持ってたらホントに意味がない。
トータルイコール……ラズじゃなくて、周囲の人間が絆創膏とか、そういうグッズを持つようになった、と?
うっわぁ……。
状況を察して心なしか遠い目になった俺の横で、「…………ねぇ、オレ、泣いてもいい……?」とラズが言った。
その呟きがちょっとばかり哀れっぽかったので、俺はラズの頭をとりあえず撫でておいた。
うん、泣くな。
泣いてもお前の運動神経とか運の悪さは今更どうにもなんねぇから。
学院時代の一場面。リュカ視点。
さりげなくひっどいこと言ってますがデフォルトです。
ラズ本人よりも、周囲にいる人間の方が そういうグッズを持ってますよ、って話。




